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ボクはヨリトモ ~最弱の自分が最強の武将~  作者: 御堂 騎士
第四章 平和への遠い道のり
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断章11.天狗の紆余曲折

 治承4年(1180年)5月10日、突然平清盛が軍を率いて京都に帰ってきた。

 心にやましいことがあるワシは、物々しい格好でやって来た清盛にちょっとビビりながら応対する。

「後白河院様。ご無沙汰しております。

 お変わりありませんか?」


「うん。元気にやっておるぞ。

 ところで、急にどうしたのじゃ?

 戦争でも始める気か?」


「ええ。場合によっては。

 後白河院様におかれましては、何か心当たりがあるのではありませんか?」


「心当たり? さて、思いつかんが」


「ならば良いのですが、これから八条院までご同行いただきます」

 ゲゲゲッ、まずいぞこれは。

 源頼政か以仁王もちひとおうが、寝返りおったか?


「うん。妹の所に行ってどうするのかな?」


「しばらく、そこで暮らしていただきます」


「ワシは、ここで不自由なく暮らしておるのだが」


「後白河院様が良くても、我々が困りますので」

 有無を言わせぬ雰囲気で迫ってくる。

 ここは、尻尾をつかまれないように無用の言葉は慎むべきだろう。


「そうか。それで今回は、ワシの頭を押さえつけるためなのか、ワシを反逆者から守るためなのか。

 どちらなのかな?」


「ほお、反逆者の話はしておりませんが、やはり心当たりがおありですかな?」


 うっ、失言じゃったか。

 だが、ここで冷静でいてこそ、ワシの本領発揮というところだ。

「まあ、ワシほど政変の渦中におった者は、おらんじゃろうからな。

 そのたびにこうやってどこかに連れていかれて、幽閉されたり脅されたり。

 これほどの回数を経験しておるのは、古今東西ワシ以外にはおるまい。ワッハッハ」

 笑って見せる。


「それは、これまでに私共が何度も後白河院様を幽閉したことをおっしゃっていますね。

 確かに私に対して警戒される気持ちは分かります。

 しかし、幾度そのような目に会われても元気に生きておられるではないですか。

 運もあるとは思いますが、命を大切にする平家がらみが多かったからこそ、命を拾われているのだと思います」


 確かに、こいつ(平清盛)はヨリトモの奴の命も救っておるし、優しい一面もあるのかもしれんな。

 だが、『命を大切にする平家』というのは、どうにも承服しがたい。

 こいつらが権力を握るために、一体どれほど多くの血が流されてきたことか。


「まあ、今回も無事に生き延びられるように、千手観音様にお祈りしておくとしよう」

 ワシは、祈りの言葉を心の中でつぶやく。


※この祈りの言葉は、南無阿弥陀仏という念仏だったかもしれません。

 阿弥陀仏は如来で、観音が修行を終えて至る境地が如来とされています。

 9世紀中頃に天台宗の円仁えんにんが唐から念仏を持ち帰りましたが、1175年に法然が『浄土宗』を思い立つまでメジャーではありませんでした。

 その後、念仏は一気に普及し、鎌倉時代に念仏を批判した日蓮は執権の北条家から命を狙われるほどでした。

 後白河法皇の十三回忌には、法然上人が念仏を唱えたという記録が残っています。



 八条院まで行く道すがら、経緯を尋ねてみた。

 どうやら、以仁王もちひとおうの書いた『平氏追討の令旨りょうじ』が平家の手に渡ったらしい。

 すでに以仁王もちひとおうは八条院から逃げ出した後で、現代の大津市にある園城寺おんじょうじにいるということだ。



 八条院では、平家の軍が園城寺おんじょうじ攻撃の準備をしていた。

 攻撃軍の大将の一人に源頼政がいて、ワシは驚く。

 こいつが裏切ったのか? しかし、首謀者と言ってよいだろう。

 どういうことだ?




 一週間後、攻撃のタイミングで源頼政は以仁王もちひとおうと合流して戦ったようだが、以仁王もちひとおうは戦死、頼政は戦いに敗れて自害したと伝わってきた。

 以仁王もちひとおうの檄文が日本各地の源氏に届けられたものの、計画の露呈が早すぎて準備不足のまま戦うことになったのが原因だ。


 まさか、これほど簡単に鎮圧されるとは予想外だった。



 当然、清盛はワシの関与を疑った。

 だが、高倉天皇も安徳天皇も選んだ治天の君(ちてんのきみ)がワシである。

 『平氏追討の令旨りょうじ』の中では、その二人の天皇の正当性が否定されていた。

 つまり、今回の謀反は平家だけでなく、ワシに対する反乱なのだと力説して追及を逃れた。



 ただ、以仁王もちひとおうが逃げ込んだ園城寺おんじょうじは、ワシの味方として知られている。

 女とは言え、八条院(暲子あきこ)は強い武力に守られている。

 高倉上皇が、それらを恐れていることに平清盛がキレていると伝わってきた。



 平家と対抗しうる源氏の頼政が倒れてしまい、もうワシには手札がない。

 仕方ないので、ノーコメントを貫いて怖がらせておくことにした。


 そのことが裏目に出る。

 清盛は6月2日、都を京都から福原(現在の兵庫県神戸市の南西部)に移すと宣言した。


 ワシは、その日のうちに出発させられた。

 まったく、老人扱いがなっとらんな。


 福原は、完全に平家に支配された街だ。

 貴族は、肩身の狭い思いをしながら暮らしている。

 治天の君(ちてんのきみ)のワシでさえ、蔑ろにされている。

 全く外部とも連絡が取れず、京都や滋賀の有力者たちとも途絶した。




 もはやこれまでかと観念しかかった時だった。

 夏になって、ヨリトモの奴が伊豆目代を襲ったということが伝わってきた。

 当然、平家はヨリトモとそれを後押しした北条家を叩き潰しに軍を動かし、ヨリトモたちは敗走したそうだ。


 まあ、そうだろう。

 北条家がどんなレベルの武力を持った奴らかは知らんが、あのヨリトモを頭目にして蜂起したところで成功するわけがない。


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