56.深まる溝
京都からの早馬が、梶原景季の書状を運んできた。
それによると、義経は病に臥せっていたそうだ。
景季は義経に対して、ボクへの叛意は無いのかということを質問し、鎌倉に従わない行家討伐の依頼をした。
義経からの返事は、叛意などあるはずがない。もし疑うなら、いつでも鎌倉にはせ参じる。
鎌倉の御所に入ってしまえば、自分の命はヨリトモ様の自由になるはずだ。
今は病気で元気がないし同族の行家と対立するのはしんどい、といったところだ。
「まあ、病気の時は気分も下がり気味だからなあ。
仕方ないんじゃないかな」
ボクが軽く言うと、カゲトキが強くいさめてくる。
「ヨリトモ様。甘いです。
奴のことですから、きっと仮病に決まってます。
行家征伐の命に従わないのなら、直ちに配下を置いて単身鎌倉にはせ参じよと命令してください」
カゲトキは、無防備な義経が鎌倉入りしたとたんに討ち取る気満々みたいだ。
「鎌倉は、そんな命のやり取りをする場所じゃないんだけどな。
大体カゲトキは、義経を犠牲にしないようにするって言ってたじゃないか」
「命のやり取りをする気は、ありませんよ。
ただ、呼ばれたら鎌倉にはせ参じると言ったようですから、その言葉が本当かどうか確かめようってことですぜ。
当然、関東の武士たちは平家との戦いのときに良いところを持っていかれて怒っている奴が多い。
そんな奴らがウジャウジャいる鎌倉に来るってことは、本当に命預けますってことですから。
それでこそ、信用もできるってことじゃないですか」
前回も、カゲトキが物騒な雰囲気を漂わせていたから義経の鎌倉入りを止めたんだ。
ボクが来いと言えば、義経はやってくるだろう。
そうしたら、間違いなく殺されるな。
「とにかく、カゲトキが何もしなくても、ここには義経の命を狙う輩がたくさんいるってことなんだから、呼ぶはずがないよ。
ボクは、義経を信じているから」
さすがにこの言葉にモリちゃんが反応する。
「しかし、義経様は『関東地方において、ヨリトモに恨みを持っている者は、義経について来い』と高らかに宣言したわけでしょ。
いくら何でも、信じるわけにはいきませんよ」
モリちゃんがボクの意見に反対するなんて、めったにないことだ。
ちょっとひるんでしまう。
ただ、ボクが意見を変えなかったので、カゲトキもあきらめたようだ。
会議は、そのままお開きになった。
鎌倉には呼び出さないし、京都での活動に何か注文を付けたわけでもない。
ただ放置するだけになってしまった。
文治元年(1185年)秋になった。
あれ、元暦2年(1185年)じゃなかったっけ? と思った人は鋭い。
夏に改元されたのだ。
後鳥羽天皇が決めたのではなくて、後白河法皇が東大寺の大仏の開眼供養に気をよくして新時代になるんだと言って改元したらしい。
あほらしいけど、鎌倉は京都の元号にならうように約束したのでボクたちも今は文治の時代と言うようにしている。
自分が権力を握っているということを示すために、新しい元号も決めたそうだ。
ことほど左様に後白河法皇は、権力欲が強いみたいだ。
政治的な手腕は疑わしい義経を京都に置いておくのは、少し不安だ。
義経は、少ない兵力で平家をやっつけたことで京都では英雄扱いらしい。
まあ、今後も戦争が起こるとするなら、義経くらい強い奴と手を組んでおいた方が良いのは明白だ。
だから朝廷は義経を取り込むのに必死みたいで、義経に官位を与えたらしい。
鎌倉幕府に属する武士は、鎌倉からその地位を保証されることになっている。
京都の朝廷から官位を受けないように、みんなには言って聞かせたはずなんだが、義経には伝わっていなかったのか受けてしまったらしい。
それにしても、朝廷もせこい。
当代一の英雄だと持ち上げて、ボクに対抗できるようにと官位を与えるんだろうに、あまり上位の官位を授けると自分たちの地位も危ないと思ったのか、申し訳程度の官職だ。
義経の方も、これくらいの下位の官職なら問題ないだろうと思った気配がある。
でも、朝廷から官位を受けたこと自体が問題になるんだ。
この件について、カゲトキは鬼の首を取ったように責め立ててくる。
「ヨリトモ様。これを許したら、御家人たちのタガが緩んじまうぜ。
別に命を取れとは言わねえが、許さないっていう意思表示は絶対に必要だぜ」
確かに、それは言える。
「とりあえず、京都を出るように勧告するのがよさそうだな。
京都を離れれば、朝廷の影響も少なくなるし」
ボクの言葉を聞いて、カゲトキが嬉しそうだ。
「それが良いぜ。じゃあ早速使者を送ろう」
「そうだな。じゃあ、文官のチカ坊か二階堂行政さんにお願いすることにしよう」
「おいおい、この期に及んで文官を行かせるなんて正気かよ?」
「平和的に話し合いをするには、文官が最適だろ」
「お前、最近義経に会ってないだろ。
あいつは厳しい戦いを重ねて、もはやお前の知っている義経じゃないぜ。
そんな奴に、今のお前は間違っている、京都から出て頭を冷やせって勧告するんだろ。
悪いことは言わねえ。戦える奴にしとけ」
「チカ坊は文官だけど、結構戦えるみたいだけど」
「そいつ自身が強いだけじゃダメだ。
いくつもの修羅場をくぐった奴じゃないと、義経に近づくだけで弁慶に斬られてお陀仏だ」
「そ、そんなに危険なの?」
「あいつは、戦場では鬼神と呼ばれるほどの男だ。
そいつが、権力争いの陰謀渦巻く京都の中で大人しく収まっているんだ。
義経の屋敷に忍び込もうとして行方不明になった奴は、片手じゃ足りないと言われてるんだぜ。
相当の奴を送り込まないと、音信不通になって終わりだな」
うーん。確かにあの弁慶って人は近づくだけで殺されそうな迫力だったけど、義経もそれに影響されたんだろうか?
「だからと言って大軍を送るわけにもいかないだろ。
大体ボクの弟なんだから、ボクの使者をそんなにぞんざいに扱うはずないよ」
モリちゃんが、ちょっと遠慮がちに話に入ってくる。
「いや、この前に使者をした梶原景季さんでさえ、お屋敷に入るときはちびりそうなくらいの威圧感を感じたと言ってましたよ。
この前に鎌倉の手前で引き返してから、もはや兄弟だからと言っても特別扱いはしてもらえない気がします」
「そうかあ。でも困ったな。
強くないと危険だし、武を前面に出すと戦いを誘発してしまうし」
「それならば、私が行きましょう」
横に控えていた武者たちの中から、一人の大男がすっくと立ちあがった。
土佐坊昌俊さんだ。
「ああ。そいつなら、元僧兵だから弁慶とも話が通じるかもしれねえ。
いいかもな」
カゲトキは、彼を使者にするのに賛成のようだ。
ボクたちの参謀役である大江広元もうなずいているので、まあ適任なんだろう。
彼に行ってもらうことにした。




