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3.朝露の君

 平治2年(西暦1160年)に、ボクは蛭ヶ小島(ひるがこじま)というところに幽閉された。


 ずっと一人きりだったんだけど、モリちゃんが忍び込んでくるようになって、梶原景時ことカゲトキが屋敷の中で遊んでいくようになって、引きこもり出してから5年目には一人っきりじゃなくなっていた。

 この辺りは、また折に触れて語るつもりだ。


 訪ねてくる人は、モリちゃんとカゲトキ以外には、伊東のお屋敷からご飯を運んでくる年配の下働きの女性位だった。

 外に出ることは出来なかったので、本当に人付き合いは限られていた。



 ある頃から、時々すごく若くてキレイな人がご飯を運んできた。

 その人が家に入ってくるだけで、ボクはドキドキしてしまった。


 普通に下働きの女の人と同じ身なりだったんだけど、立ち居振る舞いもキレイで、本当に全身非の打ち所がない美人だった。

 長くて美しい髪。背が高く、少し華奢な体形。

 でも、出るべきところはちゃんと出ている。

 そして、何といっても白くて艶々(つやつや)と輝くような肌が目を奪う。



 ある日、勇気を出して話しかけてみた。

「あ、あの、あなたのようなキレイな方が、ボ、ボクのような者のご飯を用意してくださるなんて、う、うれしいです」


「まあ、お上手ですね。ヨリトモさま」


「えっ? どうしてボクの名前を?」


「あっ、申し訳ございません。

 そうですね。下働きの女が、あなたの本名を口にするのは失礼でした。

 三郎様」


「いえ、そのようなことは、ボクは気にしません。

 それよりも、その名前を知っていることに興味をひかれます。

 そして、あなたの口調。間違いなく身分のある方ですよね」


「身分が高いとか、そんなことはございません。

 私は、八重やえと申します」


八重やえ

 まさか、伊東祐親(いとうすけちか)殿の三女で、朝霧あさつゆの君との別名もある八重姫様ですか?」


 きれいな女性は、少し頬を染めながら微笑んだ。

 ズッキューン

 ハートを射抜かれる音がした気がした。


「さすがですね。

 切れ者であるとはうかがっていたのですが、私の素性をすぐに見破るとは驚きました。

 すごく頭のいい方なんですね」


 切れ者だとか、誰が言ったんだろう?

 ボクは、モリちゃんとカゲトキ以外、ずっと誰とも会っていない。

 幽閉される前の京都の情報がここまで伝わるはずはないから、二人のうちどちらかか。


「い、いや、その、あの……

 ボクなんて、大したことはないです。

 それよりも、朝霧の君とお話しできるなんて光栄です。

 朝霧の中を咲き誇るつゆ草のように、美しい笑顔ですね」

 ボクは、うつむいてしまって八重姫の顔を直視できなかった。

 でも、その美しい顔は(まぶた)に焼き付いていた。


「まあ、本当に素敵な言葉をおつむぎになるのですね。

 つゆ草のように、短い間だけでも美しくあれたら、素晴らしいことですわ」


※つゆ草は一日でしぼんでしまうはかない花ということから、万葉集にも歌われる古くから日本人に親しまれた花の一つ。



 そう、これが八重姫との出会いだった。

 えっ? 政子ちゃんとの出会いの話じゃなかったのかって?


 まあ、あと少しだけ付き合ってほしい。

 八重姫との出会いがなければ、政子ちゃんとの出会いもなかったんだから。




 八重さんと出会ってから、数年経った。

 いろいろとお話しする関係になった。


 八重さんによると、ボクのことは伊豆界隈では結構話題の中心らしかった。

「ヨリトモ様って、ここに来る前は京都でお過ごしだったのですよね。

 京都って、伊豆とは違って華やかなんですってね?」


 ハハーン。京都の話に興味があって、ボクの所に忍び込んだんだな。

 京の都にいたとしても目立つくらい美しい人だけど、中身は田舎に住んでいる純朴な女の子なんだ。

 ここは、期待に応えないと。


「いやー、そんなんわれたら困ってまうわー。

 ホンマに、大したことあらしまへんでえ」

 忘れかけの京言葉で返してみる。


「ヨリトモ様、すごーい。

 貴族みたいな話し方ですね。

 私にも、京言葉を教えてください」

 おおっ、通じた。


「お安いご用の助ですがな」

 とか言いながら、怪しい京言葉を教える。

 なんせ、京都を去ってから長い。大部アクセントとか違う気がする。

 でも京都の人間なんか近くにいないから、ちょっとくらい間違っていても、誰も分からないし。

 そうやって、ドンドン仲良くなっていった。


 ボクは、それまで若い女性とお話しすること自体ほとんどなかったので、八重さんに本当に夢中になってしまった。

 八重さんは、週に1,2回しか来ない。

 寝ても覚めても、八重さんのことが頭に浮かぶ。

 ああ、八重さん早く来ないかなあ。毎日来てくれたらいいのに。とか考えていた。


 それで、ちょっとモリちゃんが拗ねることもあるほどだった。



 承安3年(西暦1173年)、今から7年前のことだ。

 蛭ヶ小島に住み始めてからだと、13年目だね。


 伊東祐親(すけちか)が、京都の警護のために関東の地を離れた。

 任期は数年が通例だ。


 お互いに監視の目が緩んだことで、一気に恋の炎が燃え上がってしまった。

 八重さんはボクの望み通り本当に、毎日来てくれるようになった。



 ある日、八重さんが来てから雨が降り出した。

 その日は、カゲトキもモリちゃんも来ていなかった。

 二人っきりで、双六をして遊んだ。


※平安時代の双六

 この頃の双六は、現代の双六とは違い、奈良時代に中国から伝わったバックギャモン(西洋のボードゲーム)そのままだったと考えられる。

 サイコロを2個振って、15個の駒を先に全てゴールさせた方が勝ち。

 奈良時代に、賭博として流行しすぎたせいで朝廷が禁止したという記録も残っている。



 双六(現代ではバックギャモン)では、どの駒を動かすかとか、相手の駒の動きをブロックしたりとか、戦術的な思考が必要になる。

 だから京の都では、みんな必死で必勝法を編み出したりしていて、実は素人相手だと運ゲーではない。


 でも、そんなことを坂東武者の娘である八重さんが、知っているはずもなかった。

 ボクは、コッソリ勝敗をコントロールして、八重さんをムキにさせて遅くまで付き合わせてしまった。

 ゆっくりしていたら雨も止むかもというのもあったし、少しでも長く一緒にいたかった。


 そこまでは狙っていなかったんだけど(本当だよ)、夜に八重さんが帰ろうとしたら、外はすごい雨だった。


「こんなにひどい雨では、帰れませんね」

 八重さんが、ポツリとつぶやいた。

「えっ? じゃ、じゃあ、泊っていくしか無いってことでしゅか?」

 ボクは、相当てんぱっていて、嚙みまくってしまう。

「ヨリトモ様さえ、よろしければ」


「ええええっ、ボ、ボクは、よろよろ、よろしいでしゅけど。

 あ、あの、寝具が一つしかないので、ボ、ボクは、畳の上で寝ます」


「それでは、お風邪を召してしまいますわ。

 一緒に寝てください。

 ヨリトモ様。エッチなことは、なさらないと信じておりますわ」


「ひゃ、ひゃ、ひゃい」

 まともに返事もできない。

あとがき


2022年の大河ドラマでは、八重姫はガッキーが演じるようです。

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