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2.勝利の酒

 ボクの名前はヨリトモ。

 オヤジの名前はヨシトモ。

 ともる灯りを共に弔うトゥモロー。

 君とボクとはズットモ。

 そんなボクを、みんな笑っていいとも。

 とか、ヒップホップじゃないから。


 まあ、オヤジはボクが14才の時に亡くなったけど。



 というわけで、ボクは生まれて初めていくさに勝った。

 ボクは何もしていないけどね。

 蜂起するにあたってのお金は、ボクが出したことになっている。

 本当はボクの乳母である比企尼(ひきのあま)の息子、比企ひき能員よしかずが持ってきたお金だから、スポンサーは比企家だったわけだけど。

 幽閉されて引きこもってたんだから、お金なんか持ってるわけないよね。


※比企家

 現在の埼玉県の辺りを治めていた豪族



 ボクの奥さんの政子ちゃん達女子集(おなごしゅう)が、荷車に積んだ酒樽を中庭に運び込むと、みんなに酒をふるまい始めた。

 みんな酒を飲んで、ドンチャン騒ぎが始まった。


 ウソだろ?

 みんな、オールで夜寝てないはずなのに。


 さっそく、北条ほうじょう時政ときまさ父ちゃんにつかまる。

「さあさあ、ムコ殿。

 飲んだ、飲んだ。ワシは酒を飲めない奴は、男と認めんからな」


 ゴクゴク、プハーッ


 さすが、政子ちゃんが用意してくれた酒だ。美味い。


「ヨリトモ兄貴。ワシの酒も飲んでくだされ」

 次男の義時よしとき君も、マスに入ったお酒を手渡ししてくる。

 また1合。

 うっ、酒の味を感じなくなってきた。


「ヨリトモ殿。良い飲みっぷりではないですか。

 私の酒もぜひ」

 長男の宗時むねとき君からも1合。

 いかん、もうフラフラしてきた。

 でも、気の弱いボクは、酒を断れない。



 ボクはその後も、しこたま飲まされて記憶を失った。

 目が覚めたら、次の日だった。

 蜂起したのが8月17日で、今日は8月19日だ。


 翌日みんなも、一日中寝ていたらしい。

 みんな当たり前に、あれだけ酒を飲んだせいでつぶれていたことに安心した。

 ただ、全員酔いつぶれていたので、もしも平兼隆たいらのかねたかの一味の残党が攻めてきていたら、危なかった。




 政子ちゃんが、ご飯を用意してくれる。

 いつもなら女中さんがしてくれるんだけど、今日は屋敷中に二日酔いの荒くれ者たちが転がっていて、その人たちの世話で一杯いっぱいみたいだ。


 お米オンリーのご飯だ。

 現代目線だと、薄めのお粥だけどね。

 北条家の前にお世話になっていた伊東家ではあわのご飯が多かったので、一気にぜいたくな気分だ。

 味噌をおかずに、一杯食べる。お茶も飲む。

 二日酔いの酔い覚ましにちょうどいいかも。


※この時代には未だすり鉢がないので、味噌は豆の形のままだった。

 だから、みそ汁もまだ無い。

 味噌は、おかずであり、おつまみだった。



 目代を倒したから、これからは北条家が直接伊豆地方のお米を年貢として集めることが出来る。

 そのためには、今後も戦に勝ち続けないといけないんだけどね。

 なにせこれは、平家、ひいては大和朝廷に対する反逆行為だから。


 ただ、伊豆の田舎でちょっと暴れる奴らがいるくらい、京都の人たちはどうでもいいだろう。

 三善みよし康信やすのぶの情報によると、平清盛たいらのきよもりおじさんは、福原に遷都しようとして、それにかかりっきりらしい。


 確かにボクは源氏の棟梁だけど、20年も伊豆に引きこもっていた忘れられた男だ。

 伊豆目代を倒したくらいなら、いちいち討伐されたりしないだろう。

 最終的には、そこそこ有力な伊東家まで倒すつもりだから、その時は鎌倉に立てこもる予定だけど。



 地方豪族は、武力を持って武士と呼ばれ始めていた。

 本来は、貴族というだけで税を集めて優雅に暮らしていける人たちが、それを脅かす人を抑えるために武装集団を雇いだしたのが始まりだ。

 でも彼ら貴族は、関東地方まで出張ってくることは無い。

 関東では実質的に武士がその地を治めているんだけど、税は貴族のモノだ。

 武士は貴族から、給料をもらう。


 武士である平家が貴族の巣窟である京都の朝廷の中に入り込んでいったので、武士のみんなは改革を期待していたみたいなんだけど、平家も貴族になってしまった。

 そして、平兼隆(かねたか)のような平家に従順な武士に、目代のような役職を与えて甘い汁を吸わせていたわけだ。

 今回は、その目代である平兼隆(かねたか)を成敗したことになる。



 北条家も平家には従順な一族だった。

 だから、ボクを幽閉する見張り役が北条家に代わっても、特に問題は無かった。


 でも、時政(ときまさ)父ちゃんからすると、平兼隆(かねたか)には徴税権があって、自分たちには無い。

 客観的にみると、平兼隆(かねたか)には騎馬100名を超える軍勢がいるが、北条家は数十名だ。

 そりゃあ兵力の多い強そうな方に頼むだろうなという所だが、父ちゃんからしたら横取りされた気分だろう。


 そういえば、酒を飲んでるときに時政(ときまさ)父ちゃんが聞いてきたっけ。

「ムコ殿。目代を倒した以上、伊豆の税はワシが集めていいんだよな?」


「そりゃあそうでしょう。

 本来、その土地を治める者が徴税するのが道理のはずです」

 ボクは、貴族の生まれってだけで全国から富を集めてぜいたくな暮らしをする貴族が嫌いだったので、そう答えた。

 よく考えたらボクも、源氏の棟梁ってだけでチヤホヤされたことも、ある気がするが……


「ムコ殿よう、源氏といやあ平氏と並ぶ名門だ。

 その棟梁であるアンタが、お墨付きをくれたんだ。

 これで、大手を振って伊豆はワシのモンだって言えるぜ」

 どうせ、ボクがお墨付きをあげなくたって言うんだから、いいんじゃないの。


 でも後に、このお墨付きを時政(ときまさ)父ちゃんが言いふらしたおかげで、全国の武士がボクの味方をしてくれることになる。




 ご飯も食べて落ち着いたボクは、報告する。

「政子ちゃん。勝ったよ」


「よかったですね。ヨリトモ様」


「ボクが関東地方で生きていくために、一番ボクを恨んでいる平兼隆(かねたか)をやっつけることが出来て、本当に良かったよ」


「ウフフフ、そうですね」

 政子ちゃんが、ショートカットの髪をふわりとさせながら微笑む。

 可愛いなあ。干支で一回り位、年下なんだもんな。

 こんな良い娘と結婚出来て、ボクは幸せ者だ。




 政子ちゃんと出会ったのは、5年前のことだった。


 ボクは、その時までに15年間も、狩野かの川の中洲に建てられた掘っ立て小屋に幽閉されていた。

 その中州は、ヒルがくので蛭ヶ小島と呼ばれていた。

 今から、20年前にそこに住み始めたわけだ。


 ボクの住んでいた場所は、平家から監視を命じられていた伊東祐親(すけちか)の軍勢がずっと取り囲んでいた。


※狩野川は伊豆の市内を流れています。

 それで、幽閉開始の時点で頼朝は北条の領地内にいたとか、蛭ヶ小島は伊東家から逃げ出してからとか、意見の分かれるもとになっています。

 今から800年以上も前のことですから、はっきりしないことの方が多いです。

 筆者は、幽閉の当初にヒルの湧く粗末な家に住むのは当然で、頼朝を買っていた北条氏がそのような家に住まわせるはずが無い派です。

 つまり、狩野川の流域に伊東家の領地が食い込んでいたという考えです。



ここから先も歴史に詳しい方は、寛容な目で見ていただけると助かります。

歴史にあまり興味ない方は、フィクションとして楽しんでいただけたら幸いです。


ヨリトモがヨシツネに負けちゃったり……

なんて歴史改変は、今の所しないつもりです。


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