待たされる客
客間にはふて腐れた男性と、それを呆れながら見つめている男性がいた。
そのほかにも護衛騎士が二人ほどいる。
この場にはいないが、離れの周囲と窓、客間の入口、それぞれにも騎士が配備されていた。
この離れには不似合いな程の警備体制だが、今回は仕方がない。
国の権力者がいるのだ。それも二人。厳戒態勢にもなろうというもの。
配備に姫の許可は必要ないので許可は取っていないが、仮に確認したとしてもあの姫なら、何も言わず首を縦に振るだけだろう。
ふて腐れている男性は、もう一人の男性に恨み言のように、ブツブツ文句を垂れ流していた。他にすることもないので、文句を言う位しか思い着かないのだろう。
「せっかく早く来たのに、客間に追いやられるとは思っていなかったぞ」
尽きない愚痴を、淡々と宥める相手はもちろん宰相だ。
子供みたいな所があるので、放置をすると拗ねてしまう可能性がある。
そのため律儀に返事をする必要があるのだろう。
「仕方がありません。支度が整っていなかったのですから。30分ぐらいなら許容範囲ですが、2時間は早すぎですよ。早いです、と申し上げましたが? 迎える側を責めることはできませんよ」
「わかっているが、楽しみにしてたんだ」
陛下は素直に心境を吐露していた。やや強い口調が本気度を表している。
城下で発信されている新しい料理。それは今までと一線を画しているらしい。
評判は上々。
それにより料理屋も数軒できているらしい。
その情報も聞いていたせいか、陛下の期待はうなぎ昇りだった。だからこそ、今日も早く来たのだろう。
今日の料理をするのは姫だ。
発案者が作ったのは?城下ではどんな料理が?と考えているのだろう。
「後少しじゃありませんか。慌てなくても、良いと思いますが」
「わかっている」
待たされている、と思うとさらに機嫌が悪くなりそうなので、意識を別な所に向けるように仕向けた。
「隊長も招待されている、と言っていましたが、どちらかと言えばホスト側のようですね。姫様の手伝いをしていましたし」
「そうだな。あれも姫と仲が良いようだな。どう思う?」
「そうですね。先程も姫様を庇うように陛下の前にいましたし。珍しいと思いました。あまり、他人に興味を持たれる方ではないので」
「そうだな。私もそれは思っていた。随分と姫を気にしているようだし。あれは成人したばかりだったな」
「はい。殿下と5歳違いですので」
そうか、と呟きながら陛下は護衛の騎士たちを外に出してしまっていた。
客間には陛下と宰相だけになる
隊長は陛下の甥に当たる。陛下には初めての甥だったので、目をかけてきていた。
今年成人したばかりなので、経験を積ませるために隊長職を命じたのだ。
後々はそれなりの要職に就くのは決定事項だ。隊長自身もそれは理解しているはず。
今までの教育なのか、本人の資質なのか、他人を観察する習慣がある。周囲の人間は何を考えているのか、どう動くのか、その観察を冷静にしている事が多い。
そのため、他人には冷めた視線しか向けない人物だし、興味を持つことも少なかった。
しかし、姫は例外のようだ。
陛下としては、その観察力を姫に発揮するために、今回の護衛の任務だったのだが。
隊長は思いの外、姫を気に入っているようだ。
先程の陛下の前に立った事が、何よりの証拠だろう。
陛下の甥でなければ、許可なく目の前に立つ事など赦されるはずが無い。
隊長自身もその事をわかっているはずだ。
冷静に観察できるのか、姫の事を感情を交えずに報告する事ができるのか。
隊長の今後に関わってくる内容にもなるだろう。
「姫様は何かと波風を立ててくださいますね」
隊長の今までとの違いと今後を思い、宰相は困った様子で呟く。
陛下もそれには同意をしていたが、そればかりではないと、プラス面も口にした。
「良いこともあったぞ。ネズミもみつけてくれたし。我が国の新しい文化にも貢献してくれている」
「ネズミはともかく、文化は確かにプラスですね。新しいものは経済を動かします」
「そうだな。そう思うと、やっぱり姫は我が国に取り込みたい。いや、息子の嫁にほしい」
「陛下。本音が透けて見えますよ。もう少し取り繕ってください」
「しかしな、本気だぞ。あの才覚はよそに取られると面倒にもなる。育ち方次第では手強くなる。取り込むべきだろう。まだ9歳、いや、もうすぐ10歳か」
「そうですね。もうすぐ誕生日です」
陛下は確認するように宰相に問い掛けていた。
「10歳はデビューの歳だな」
「何を考えていらっしゃいますか?」
何となく嫌な予感がした宰相は顔をしかめた。
取り繕う必要がない空間だけに遠慮がない。
「エスコートは息子にさせよう。顔合わせにもなるし、ちょうど良い機会だろう」
「本気ですか?殿下がどう思われるか?」
「幸い婚約者はまだ選定していない。姫のエスコートをしても何の問題もないはずだ」
「そうですが。姫はまだマナーもダンスの練習も始めてはいません」
「時間はまだある。姫の練習の進み具合で日程を調整しよう」
「今年のデビューは姫様ありき。姫様次第、ということですか?」
「そうだ。そのために筆頭を付けただろう?進捗を確認しておくように」
陛下の口ぶりでは決定事項のようだ。
姫様の知らないところで、デビューの予定とエスコート相手が決まっていた。
今回は宰相の努力も通じなかったようだ。





