交渉は現実的に 2
「では姫様。」
「ええ、お願い」
やっと商人の感想が聞けるようだ。
「姫様。まずは月並みな感想から」
頷いて先を促す
「美味しかったです。特に黄色の柔らかい優しい味の」
「茶碗蒸しの事?」
「茶碗蒸しというのですか?」
「ええ、そうよ。今日のメニューは、ご飯、生姜焼き、お浸し、お味噌汁、茶碗蒸し、酢のもの、フルーツ寒天になっているわ」
商人の感想に合いの手を入れる。
ついでに料理名も伝えておく。
しかし商人は知らないらしい。苦い顔をする。
「私の知っている料理名が一つもありません」
「そんなこともあるわよ。世間の全部を知っている訳ではないでしょう?」
「確かにそうですね。姫様。茶碗蒸しも美味しかったのですが、果物が入ったのは」
「フルーツ寒天ね」
「フルーツ寒天。あれは衝撃的です。果物はそのまま食べるものと思っていました。数種類の果物を入れて固めるとか、考えた事もありません。それにそれぞれの味が邪魔することもなく一つになっていました。その上、一緒に口に入れる事で味が複雑になった味わいがあります。それと汁物ということで、たぶんお味噌汁で合っていると思いますが… 味噌、姫様がお求めになっていたものですね。あれが、あんなに味わい深い物になるとは考えられませんでした。溶かして入れるのを見ましたが、溶かすことで味そのものが変わってしまうんですね。優しい味でした。一口飲むと、また次が欲しくなる。そんなスープは飲んだ事がありません」
商人は一息で話していく…
ノンブレスとか、商人、苦しくないのかしら…。
そんな事を考えている間に商人の感想は続いて行く。
料理名が合っているときは頷いて肯定することにしよう。口を挟みにくいので決めておく。
「メインのお肉、生姜焼きだと思うのですが。ありがとうございます。合っているのですね。あの肉は初めてです。肉そのものに味があって、肉には塩胡椒と、思っていたので肉だけでおいしいなんて…有り得ないと思いました。肉そのものも柔らかくて食べやすかった。肉は固いものと思い込んでいたので。でも、何より私の価値観を変えたのは米です。私も米は何度も食べたことがあります。味をつけたり、魚貝と一緒に食べたこともあります。それなのに、何の手も加えていない米だけが美味しいなんて、信じられません。その上他のものと食べるとさらにおいしくなるのですよ。止まらなくなります。食事をして止まらないなんて今まで体験した事がないですし、考えたこともありません。どういうことなんですか? なんであの料理が作れるんですか? 姫様は誰かに習ったのですか?」
商人はだんだん興奮してきたのか身体が前のめりになって来る。
顔が私の目の前に来ている。
「商人、ちょっと落ち着いて。美味しかったのも、気に入ってくれたのも良くわかったわ」
「商人、座れ」
私は商人の顔を両手で押し戻す。私が困っているのを見た管理番が、商人を座る様に促し腰を降ろさせる。
商人も興奮していたことに気がついたのだろう。管理番を気まずそうに見て謝っていた。
「あ、ああ。すまない」
「なんにせよ気に入ってくれて良かったわ」
少し興奮の収まった商人に話しかける。
商人も興奮していたことに気がついて、少し恥ずかしいのか視線がさまよっている。
その様子が少し面白かった。
私がクスクス笑っていると恥ずかしそうな商人は話を変えて来る。
「姫様、そういうことなので、姫様の提案を受け入れさせていただきたいのですが…。如何でしょうか?」
「ありがとう。そうしてもらえると私も嬉しいわ」
「では、具体的なところを…」
「そうね、細かいところを詰めていきましょうか?中途半端が一番良くないわ」
「…」
私が商人に同意をすると商人が急に黙って私を見た。私はその意味が分からず見返す。
黙っていた商人は私から視線を逸らさず口を開いた。
「姫様、やはり9歳は間違いなのでは…」
「商人、またそれなの? 私は子供よ」
商人的にこのくだりは外せないらしい…。





