方向性の幕間
両親は私との話し合いに一段落をつけると、休息のために宿舎に引き上げた。
二人は到着してから、息つく間もなく陛下との会談だったので気の休まる暇もなかっただろう。その上話し合いの内容は思いもよらぬものばかり、驚きの連続だったと思う。
ぜひとも思う存分休んでいただきたいと思う。
そして驚いた事に両親の滞在先だ。
離宮に、私がいるのだから当然そうだろうと勝手に思っていたら、別に用意してあるらしい。その話を隊長さんに聞いた時は耳を疑った。
というか、私もうっかりしていたのだが、部屋の用意に問題ないかを確認したら、隊長さんから報告を受けて新事実に驚いてしまったという感じだ。迂闊だった。離宮に滞在すると思いこんでいたのに部屋の用意を忘れていて、慌てて確認したら迎賓館と聞かされて驚くしかない。まあ、離宮の管理をしている筆頭なら、私が頼まなくても用意はするだろうし報告も上げるはずだ。それなのに報告がないという事は、滞在先が別になる、そこに気が付けなかった私が問題なのかもしれない。
しかも、迎賓館の滞在許可が出るなんて、陛下の本気具合が感じられる。
一般的に私の国クラスの滞在先は離宮に一室とかそんなもんじゃないの? なんて思ってしまうのだ。
「陛下は随分と私の両親に気を使ってくれているようだわ。ありがたいけど申し訳ないわね」
私は護衛に来てくれた隊長さんに話しかける。自分の驚いている気持ちが溢れ出していた。隊長さんは返事もせず困ったように私を見ていた。
いつもなら応えがあるのに、なにもないのだ。私が疑問に感じないはずがなくて、どうやら言いたい事があるようだ。
「なにか言いたいことがある?」
「そう見えますか?」
「見えなかったら問題だわ」
私の端的な返事に隊長さんは苦笑いで頬をポリポリとかいていた。そんなに見抜かれるとは思っていなかったようだ。
こんなにわかりやすければ、鈍感な私でもわかろうというもの。
「で、どうしたの?」
「姫様にご相談したいことがありまして。姫様のお答えは予想しているのですが、できれば」
「色よい返事がほしい? 私に相談したいということは私の事ってことよね? この状況で返事をしなければならない事って、そう多くはないと思うのだけど?」
「予想されている内容で合ってはいると思うのですが、少しだけ予想外の事もあるかと。そちらが本命でして」
隊長さんの歯切れの悪い返事に戸惑う。隊長さんは言葉を濁すことはあんまりしない。この態度からすると殿下のことで間違いないだろう。
そういえば今回の件、殿下の気持ちは話題に登ってなかった。立場上、父親である陛下が右といえば右を向くしか選択肢のない殿下だ。気持ちにまで考えが及ばなかったが、なにか思うところがあるのだろうか? この話、殿下が困っているなら私と【婚約なかったこと同盟】を組めるかもしれない。
私はほのかな期待を抱きつつ、その逆の可能性も忘れないようにしながら隊長さんに先を促すと、それにのっとり隊長さんが斜め上の事を言いだした。
「ごめんなさい。もう一回言ってもらっていい?」
「大変申し上げにくいのですが、殿下が姫様のご両親の旅費を負担されると陛下へ相談されたようで、陛下も快諾されました」
「私の覚え間違いでなければ、確かこの国では未婚の女性の親族が会いに来るとき、旅費を負担すると婚約の申し込み、みたいな扱いになるって何かで読んだ気がするのだけど違ったかしら?」
「はい。そうなります。間違いありません。ですが、勘違いを訂正させていただきますと、殿下はその慣例をご存知ありませんでした。姫様がご両親のことを心配されていたので、少しでも姫様の気持ちが楽になればとの気遣いからだったようです。純粋に姫様のことを思ってのことでして。そこだけは誤解なさっていただきたくはないかと」
慣習を私が知っていて殿下が知らないとはどういう事だ? と思うが終わってしまったことをグチグチと言っても仕方がない。
問題はこの事をどうするか、ということだ。
殿下も気をきかせたつもりなのだろうが、なんてことをしてくれたんだと小一時間問い詰めたくなる。なんなら体育館の裏に呼び出したい案件だ。
殿下の心象を心配してか隊長さんが悪気はないよ、との念押しにも、なんとも言えない気持ちになる。確かに気遣いなのかもしれないけど、私にとっては迷惑以外の何物でもないだろう。本当に、本当にどうすれば良いものか。それに両親はこの話を知っているのだろうか? 知っていれば先程の話で出てくると思うけど、出てこなかったので知らないのだろう。
「隊長さん。父たちはこの話を知っているのかしら? さっきは何も言っていなかったけど」
「ご存じないかと。宰相閣下には私から説明をするので話を進めないようお願いしてあります」
「よく承知してくれたわね」
「私から説明したほうが印象がよいと思われたのでしょう」
「そう」
隊長さんの真意がどこにあるのか。この口ぶりでは隊長さんも私の婚約話を勧めたいのだろうか? でも、私に婚約の意思がないことは説明しているし。だけど隊長さんはこの国の人だし。私に都合がいいことを求めるのは間違っていると思うし。難しい。
私が顔をしかめ難しい表情をしていたのだろう。隊長さんは話を無理に進める気はないと明言してくれた。嬉しいことだが宰相やその気の陛下はどうする気だろう?
「それは助かるけど。いいの?」
「いいか悪いかの明言は難しいところですが。話を無理に進めてもお二人のためにはならないかと。婚約そのものはできても、その後の関係が良くなければ」
「まあ、そうね。婚約は結婚の約束だもの。その後の生活が良くなければ。ねえ」
「はい。ですので。無理に進める考えはありません」
「どうするの?」
隊長さんはどこまでも正直だった。
「迷っています。殿下のお気持ちを私がお話しするわけにはいきませんので。ですが殿下の成長は感じられるかと。それも姫様のおかげです。このまま、いい関係性が作れればと考えております」
隊長さんからの言葉に含みを感じている。ようは成長したから殿下のいい面もみてね、って事だと思う。そうなると隊長さんは婚約してほしいと思っているのだろうか? でもさっきの言い方では今後も考えてだったし。実際はどうなんだろうか? ヤブをつついてなんとやら、不都合な話は聞きたくないし。このままふんわりしていたほうがいいだろうか?
私が困惑というか、誤魔化そうかと考えていると隊長さんが先回ってきた。
「姫様。私は姫様の意思を捻じ曲げようとは思っていません。先程も申し上げましたが婚約後の生活がいいものでなければ意味はないので」
「そうね」
つまり私が【うん】といわなければ婚約へは進まないという事だ。これは隊長さんだけの考えだが、今のところは大丈夫ということなのだろう。
隊長さんは私の考えを尊重するけど殿下も大事にしたいということか。今後は殿下押しも考えられることも頭に入れておこう。
こうなると父の言う通り帰国が妥当な気がする。四面楚歌ではないけど、離宮内も婚約押しとなれば私はいたたまれない。
となると、帰国の意向を今ここで隊長さんに言って良いものか? まだ正式に決まってもいないし、父も陛下に話をする前に隊長さんに話されても困るだろう。
私は黙っている事実に罪悪感を覚えるが話してもメリットはないので言葉を飲み込む。隊長さんはどこまでも誠実に対応してくれているのに私はそうではないのだ。
自分が卑怯な気もする。
この所、話すことができずに飲み込むことが多くなっている。消化不良を起こしそうだ。
私は知らず知らずにため息を吐いていた。自分の事なのに自分に決定権がない、という事は思ったよりもストレスだ。そのため息に隊長さんが申し訳無さそうな顔になり謝罪する。
「申し訳ありません。姫様。思いもよらぬことで心労が絶えないことになりまして」
私のため息を別な方向性のものだと考えたらしい。いいよ、とも言えないし苦笑いで誤魔化していた。
勘違いさせて申し訳ないが事実も言えないので、このまま勘違いしてもらうしかない。
最近の生活は落ち着いていたと思ってたけど、両親の来訪に婚約問題と胃の痛いことが続いている。
どうにか無事に終わってほしいけど不安しか感じられない。
まずは今夜の晩餐会だろう。
そこを乗り切ろう。





