両親の方向性
迎賓館の一室で姫様の両親はとても居心地の悪い思いをしていた。いや、世間一般的に言えば、とてもとっても丁寧な対応をしてくれていて歓迎もしてくれている。その上、いや当然の帰結として、お茶も供されているが茶葉もお茶請けも立派なものだ。今から晩餐会なのにこんなに出して大丈夫なのか? と心配になるほど気合の入ったものだ。
自分たちへのこの歓待ぶりは間違いなく陛下や宰相からの厳命だろう。迎賓館付きの侍女たちも対応が良い。もちろん、それができなければ迎賓館付きの侍女になんてなれないのだろうが。国賓クラスの招待ってここまでするのか? と思わされるような対応だった。
本来なら自分たちは国賓、と呼ばれるほどの扱いを受けるはずもなく。婚約の打診が絡んでの対応だと理解できない方が問題なほどの対応だ。
本気なのだと理解はしていても、ここまで露骨に対応が変わってくると改めて娘への入れ込み具合を感じざるを得なかった。
これには不安を感じてしまうのは間違いなかった。
両親は二人になった途端、額を突き合わせている。
部屋付きの侍女たちには席を外してもらったが、どこで誰が話を聞いているかはわからない、慎重な対応は当然の事だろう。
部屋で聞いた内容は報告されると考えるのが一般的だ。
「ここまでさせるとは、陛下も本気のようだ」
「そうですわね。露骨ですが、本気を見せるのにはちょうどよいと思われているのかもしれません」
「そのようだ」
揃ってこの国の対応の認識を統一すれば、後は娘のことだ。
「あなた。二の姫は大変な思いをしながら生活していたようです。できるなら連れて帰りたいと思います」
「そうだな。私もそう思う。今まで頑張ってきてくれたんだ。もういいだろうと思う。しかし、二の姫の気の回し様は驚くべきものだな。前からああだっただろうか? そうではなかったと思うのだが」
「はい。国にいる頃はのんびりとした子でしたわ。馬と戯れたり散歩をしたり。侍女に本を読むように勧められても図書室へ行く事も少なかったと聞いています」
「私もその報告は聞いている。侍女たちも姉と違うからずいぶんと気をもんでいたようだ」
「ええ。そんなあの子が。心配ばかりして」
「それだけ、ここでの生活が大変だったのだろう。今はだいぶ違うようだが。それでもこれ以上の苦労はかけたくない。ここでの生活環境が良いものなら連れて帰るのは考えものだったが。その心配は不要のようだ」
「ええ。ええ。本当に。十分です。あの子が今まで頑張ってくれたのです。これ以上は大人の務めでしょう」
「しかし、陛下の話は本当のようだな。話を変えて誤魔化していたが」
「はい。あからさまだったので聞かれたくないのだと感じました。深く聞くのはやめましたが、なぜそんな事ができたのか? なぜなのでしょう? 二の姫に何があったのでしょうか?」
「まあ、他の方に迷惑をかけるようなことはしていないし。悪事を働いているようでもないが」
「はい」
「とにかく、今は帰ることだけを考えよう。この事についてはっきりさせるのは帰ってからでも良いだろう」
夫の言葉に妻は眉を寄せる。
「良いのですか? 問題を先送りにしているだけのようですが」
「まあ、そうだな。確かにそうだ。だが帰れば時間はある。そこでゆっくり聞けばよいことだ。すべて今しなければならないことではない」
「承知いたしました。確かにそうですわね。帰れば時間はあります。今は全員で力を合わせる時ですものね」
「そうだな。まずは晩餐会だ。そこで少し様子を見てみよう」
「承知しました。それはそうと、二の姫の今までしたと聞いた事。いかが思われますか?」
「やはり、気になるのか? どう? とは?」
「事実なのでしょうか? 気になって仕方がないのです。本人に聞くのは後で良いとしても。国では、あんなにのんびりしていた子が陛下が認めるほどの事をできるでしょうか? 優秀だといえば聞こえはいいでしょうが。わたくしには、あの子がそんなことができるとは思えないのです」
「なにが言いたいんだね?」
「それは、どなたかが」
「誰かの入れ知恵か、手柄を盗んだか?」
「そんな事を考えたくはありませんが。わたくしたちは、あまりにもあの子の事を知りません。手を離れて年月が経ちすぎました」
妻は娘の事が理解できず考え込んでしまっている様だ。
そう思うと連れて帰りたいと思うのが親心だ。
「そうだな。それを思えばやはり、連れて帰るのが一番いいだろう」
「はい。そう思います。わたくしたちを許してくれるでしょうか?」
「許す? 何をだね?」
「わたくしたちの生活は、あの子の犠牲の上にありました。二の姫は気にしなくて良いと言ってくれますが、本来なら手元において少しずつ大人になる準備をするはずなのに。急速に大人になってしまったようです。子供の頃の楽しみを、お友達と関わる楽しみも知らずに大人になろうとしています。申し訳なくて」
「そうだな。甘えすぎていたのかもしれん」
そういうと母親は静かに涙を零していく。
妻の涙に夫は言葉がない。母とはかくも子供の将来を心配するものか。そう実感する父親だった。
両親は今後の相談や陛下の考えを推察していると、娘の今後を不安に思い、重苦しい気持ちを抱える事となった。
【帰国しよう】と娘には軽く言ったし帰国の意思に変わりはないが、そんなに簡単に帰れるはずもなく。
それは両親がよく分かっていた。
妻は夫に尋ねずにはいられない。
「あなた。連れて帰りたいのは本心です。ですが、二の姫には簡単にあのようにおっしゃいましたが、本当に帰国したいと交渉されるおつもりですか?」
「そのつもりだ。まあ、難しいだろうがな」
夫はあっさりと妻の不安を肯定していた。娘には心配させないように軽く言ったが実際は難しいだろう。そんな簡単に話が進むなら娘はこの国に来てはいない。だが、今まで無理をさせてきたのだ。これ以上は負担をかけたくない。楽しい子供時代を過ごさせたいのだ。
子供の事を交渉するのは自分たちが親が行うべきで、娘にこの事は黙っている予定だ。
本来なら留学の時にこの交渉をするべきだったのだ。娘に甘えてしまったツケが今回ってきているのだろう、そう実感してしまう両親だった。
「相手はあの陛下だ。そんな簡単に二の姫を手放さないだろう。それに婚約の打診もある。ついでとばかりに、今のうちから自分たちに慣れてほしいとか、関係を良好にしたいとか学校に通っているから人脈の基盤を作って、とか。帰さない理由はいくらでも作れる。加えて姫は交友関係も増えてきているらしいし。何よりも不安なことがある」
「どのような?」
夫の話を聞いていた妻は不安を煽られたのか少し表情が優れない。
その顔色を見ながら夫は申し訳なく思っていた。自分も不安があるから妻に話してしまった。その事を後悔するが今の状態では相談できるのが妻しかいないのだ。
妻も不安を共有してくれるつもりなのだろう。話を聞く事に躊躇いを見せる様子はなかった。
「姫は護衛隊長とも関係は良好らしい」
「それが? なにか?」
「もし、殿下との婚約を断れば代わりにその隊長とどうか? となるかもしれない」
「まさか? ありえるでしょうか?」
その隊長は公爵家の跡取りだという。跡取りという事はいずれは公妃、ということだ。
もちろん殿下との婚姻が成立すれば皇太子妃、ゆくゆくは王妃となる。どちらも両親には想像がつかなかった。あの二の姫が、と思う気持ちでいっぱいだ。
しかし、妻は懐疑的だった。殿下の後に公爵家の跡取りを推すだろうか? その疑問が浮かび上がって消えない。
本来なら身分が釣り合わないと断る口実にすることは多い。曲がりなりにも二の姫は【姫】なのだ。そこは間違いがない。
殿下と合わなければ公爵家、となれば身分的には下がる形だ。そこを無理やり押してくるだろうか?
だが、父親は最悪の想定をしていた。
「あの陛下だ。保険をかけていてもおかしくはないだろう。確かに公爵家なら身分は下がる形だ。だが、二の姫は長子ではない。身分的には問題ないだろう、と言う事はできる。まして今までの付き合いがあって気心がしれているから。と言われれば、【二の姫】なのだ。却って十分と言えなくはない」
「そのような。そこまでして二の姫に拘るでしょうか? こちらであれば相手は引く手あまたでしょうに」
「だからこそだ。今まで好条件を出されても首を縦に振る事はなかった。その陛下が自ら打診してきたのだ。その事にこそ意味があるだろう。それに宰相も同意している。国の責任者が揃って同意しているとなれば。意味は分かるだろう?」
「はい」
妻は声が震えていた。言葉少なに答えているが前途多難であることを再認識したようだ。
「それに、困っている事がある。我々はこちらに伝がない。姫には誰も付いていなかった。それは正しくもあり、間違ってもいる。今まで人脈が作れなかった事は今後の根回しに響くだろう。誰かに橋渡しをお願いもできない。今までの情報を集めることもできない」
「そうですね。姫の今までの様子を聞くこともできません」
「その場での判断では良かったのだろうが。こういったときは困ったものだ」
「姫付きの方たちに話を聞けましょうが、どうしても主観が入った話をされるでしょうし。どうなさいますか?」
妻は思案顔だ。どこから手を付ければいいのか分からなくなっている。
「今夜の晩餐会で考えてみよう」
改めて今夜の晩餐会での方針が決まったようだ。





