婚約って、なに? 美味しいの?
いつも読んでいただいて、ありがとうございます。
親の心情は難しい。
何度も書き直しをして時間がかかりました。
お付き合い頂ければ嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
室内に沈黙が訪れる。
両親の内心はネグレクトの事も気にかかるが、横領の話よりも農家の話よりも陛下の真意のほうが気にかかる。今、陛下が切り出そうとしている話の内容は間違いがなく自分たちが招待された理由のメインになると理解できるからだ。
夫婦揃って陛下の語り出しを待っていたら、とんでもない、驚きの内容でしかない爆弾が投擲された。
「婚約? 二の姫とですか? どなたと?」
「勿論。私の息子とお願いしたいと考えている」
陛下は長年温めていた交渉をやっと開始できるとニッコニッコだ。この人がこんな笑顔は珍しいな、とは後ろに控えている宰相の内心だ。
対して両親の方は切り出された内容に理解が追い付かない。驚きと共に父親の声が裏返る。そして父親から婚約の話が出るのなら当然息子との婚約だろうとあたりを付けるものだが、その発想が出てこなかったらしく当たり前のことを確認していた。会談の場で失礼極まりない行為だが、その点について言及される事はない。
予想もしていなかったのだろう。驚きすぎて思考が追いつかないのも無理はないな、と後ろに控えている宰相は分析していた。
この席は異例の対応が取られている。
なにせ室内の護衛は誰一人としていない。本来なら両国の護衛が最低でも一人づつ付くものだが、それもなかった。この場にいるのは、それぞれの国でツートップを務めるものだけ。この対応のお陰で陛下も気兼ねなく婚約の交渉ができるというものだ。
婚約の打診をかける、本来なら陛下一人で決めることではない。議会にかけ国同士の釣り合いを考え、自国にメリットがもたらされるか、危険性はないかなど、その判断を行うものだ。
だが、今回の婚約については陛下の独断である。本来なら咎められる行為。だが幸か不幸か、今回の打診については宰相が賛成している。だからこそ進められる話だ。そして、この話が進むのなら陛下は議会が反対しても押し切る自信があった。たとえ反対が出たとしても宰相も賛成しているのだ。
反対できる者など数が少ないだろう。ただ、話がまとまらないうちに反対が出ると面倒なので、ある程度形がついてから形式上だけでも議会にかけようと考えている陛下である。その意見に宰相も賛成していた。
反対派だと面倒な宰相だが、意見の一致となるとこれほど心強い味方はいないと改めて実感する陛下だった。
宰相の方も、以前は自分も反対していただけあって反対に回るであろう面々の考えは理解できる。そして姫様の真価は時間をかけないと理解されないと分析していた。
侍女や護衛隊からの報告を見ると、自分にはできない事だが、困っている人にためらうことなく手を伸ばせること、打開策を示せる提案力、なによりも宰相のなかで評価の大部分を占めているのは、相手が誰であろうと発言できる胆力だった。
いくら他国の姫と言っても自国との国力差がわからないほど愚か者ではない。陛下の機嫌をそこねれば自分にも自国にも何があるかはわからないのに、その危険性を認識しながらも提案をする力強さ、諦めない粘り強さを持っている。それは宰相自身も持っているものだが、自分には今までの陛下との関係性がある。その関係が発言する根底にある。だが、同様のものが姫様にはないのだ。その状態で発言する勇気など自分にはないだろうと自己分析していた。その一つをとっても姫様は自国にとって有益な人間になってくれるのは間違いないだろう。
宰相は今までの姫様否定はどこへいったのか、肯定派へと派閥変更を行っていた。筆頭や隊長のように信奉してしているわけではないが、自然と姫様の後ろ盾になっている。その事に宰相本人は気がついていなかった。
そうなると、初めの邂逅で姫様の有益さを見抜いた陛下は流石というほかないだろう。
父親の方は意外な内容に驚いていたが驚くだけでは話は進まない。
先程から娘がやけに褒められるなと思っていたら婚約の交渉が控えていたからかと納得し、この話の理由を考えていた。二の姫に申し訳ないことをしたからと言って、この話を持ちかけてくるような陛下ではないだろう。他にも理由があるはずだ。人質として囲うには大げさすぎるし国益としての相手としては自国は弱すぎる。要するに相手側にはメリットがないのだ。
陛下は即断で返事がもらえるとは考えていなかったが断られるとも考えていなかった。
相手との立場を考慮しても自分たちが有利なのは間違いないが、それでも娘の将来の事で一生を左右する、不安を覚えるのは無理もないだろうという事と、相手側には有益な話だろうという自信はあったので、断られるとは考えていなかった。
両者の思惑が交錯しすぎて重い空気が室内が支配している。
両者そろって沈黙を保っていると母親が口を開く。
「陛下。なぜ娘を? 二の姫を選ばれるのです? この国の殿下であれば相手は引く手あまた。娘では分不相応ではありませんか?」
「母君は反対ですか?」
母親の言い分に陛下は鷹揚に答え余裕の対応を見せる。このくらいのことで目くじらを立てるわけにはいかない。嫁いでも安心な国であることを示さなければならないのだ。それには信用と寛容さが物を言う。母親もそのことをわきまえているのだろう。陛下からの対応を心配してはいなかった。
「正直に申し上げれば不安が先に立つ、といった感じでしょうか。先程のお話もありますし」
後半は言葉を濁す。そっちにも非があるよね、と言いたいらしい。陛下としてもその点を否定する気はない。どちらかというと留学という名目で預かっておきながら配慮に欠けた部分があったのだ。その話に父親も追い打ちをかける。
「娘が行動を起こさなければそのままだったという可能性も考えられます。今後も同じ事がないとは言い切れますまい」
「ご心配は尤もだ」
陛下は父親の心配と不信感を大きな頷きを以て肯定する。
交渉時に傾聴の姿勢を見せる事は大事だ。人間は否定されると敵意を抱きやすい。何事も肯定することから話が始まるのだ。
陛下は重々しく、二度も頷きながら姫様の周囲について語りだす。
「ご心配は尤もだ。今後同じことがないように姫の周囲は人事を変更している。まずは姫に新たな護衛をつけている」
「二の姫にですか?」
「勿論だ。お預かりしているのだ。遅まきであっても万全を期するべきだと思っている。加えてその護衛隊の責任者は私の甥だ。馬鹿なことをする人間は少ないと思っていただきたい」
当然だろう。陛下の親戚を前にして何ができるというのか。どんな賄賂も効かないだろうし。そんなことをした時点で反逆を疑われるだろう。
母親はわざわざ娘にそんな護衛をつけたのかと驚いている様子だった。自国では考えられないことだ。
陛下はそのまま話を続ける。
「その他にも侍女の総入れ替えを行った。新たにつけた侍女たちは宰相が厳選している。その侍女達を束ねるのは我が国で最も評判の良い女性だ。その者は教師としても優れておりましてな。数々の名家と言われている家の子女たちを教えてきた。その中には私の親戚も含まれている。その娘もすばらしい女性に育ちましてな。そのためか望まれて隣国に嫁ぐ事になったのですよ。ご存知ですかな?」
「ええ。存じております。王妃となられておりますね。心根の優しい方とか」
隣国の王妃の噂は聞いていた。陛下の従妹で仕草の柔らかい優しい女性らしい。国政に口を挟む事はないが、自然と人が従う威厳と優しさを兼ね備えた方だと有名だった。婚姻の時の競争率は陛下の従妹と言う点を除いても激しかったらしい。
「それは良かった。ですので実力は問題ないと思っていただければ。姫も同じ道をたどってもらえると思っている」
陛下は自信を持って発言していた。宰相も頷き無言で肯定している。
両親の方は陛下の発言内容に言葉が少なくなっていく。陛下の話を聞いていくうちに相手の本気具合を感じ取っていた。
自分の関係者を姫につけているのだ。囲い込んでいるのは間違いないだろう。そこまでさせる価値が娘にあるというのだろうか。
重い沈黙が室内を支配する様子に変化は見られなかった。
陛下はその空気を一新したいと考えている。このままで良い方向へ考えることはできないだろう。
それに色よい返事がすぐに貰えるとは思っていなかったが、ここまで否定的な反応を返されるとは思っていなかった。肯定的な反応があると思っていたのだ。
自国は他に並ぶものない強国だ。縁戚であることは周辺諸国にとって優位を築けることは間違いない。正直に言えば息子も隊長も縁談は困っておらず二人は引く手あまたなのだ。それが陛下の自信にも繋がっている。
断られる理由があるはずがないと。
両親は困っていた。この場で返事を求められるはずはない。どれだけ小さいと言っても一国の姫だ。条件も整えずに内定させるなどありえない。だが、相手はそれを翻させるだけの国力を持っている。内々に、と言われれば断りにくいのが現状だ。
父親はこの場で方向性だけでも、と求められたら断りにくいと考えていた。
娘は今まで苦労を重ねてきたのだ。長男とも帰国させる方向でと決めてきた。こんな話が娘に降ってくるなど、考えもしなかったのだ。
正直に言えば自国は取るに足りない小国。娘は見向きもされていないだろうと、形だけはそれなりに遇されているだろうが、それだけだと考えていたのだ。
それなのに娘は何をしていたのか。陛下、殿下、宰相と国内の中枢と関わって、挙句の果てに離宮を預かるなど。
【貸している】と言っているが、実際に運用しているとなれば後宮に入ることを想定して練習させているのと何ら変わりはない。要するに離宮を貸したと言っている時点でそこまで計算されているということだ。
そうなればこの国の貴族たちもその事に気が付かないほど愚かではないだろう。それに護衛にも親戚をつけているという。品定めに違いない。身近な人間からの報告を重視していると思われる。
そこまで思いいたると、やはり陛下の本気具合が窺い知れる。本気なのだと圧力を感じる。だが、ここで簡単に頷くことは出来ない。
父親の自分に断り切れるだろうか? それに娘はこの事を知っているのだろうか?
そんな思いが湧き上がってくる。長男との話もあるが娘の心情も気にかかる。ここで大変な思いをしていたのだ。そんな国に一生居たいと思うだろうか?
父親は兎にも角にも娘に会いたいと思っていた。なによりも陛下の話よりも、まずは娘の安全と現状を確認したいと思ったのだ。
でなければどんな話であっても受け入れることはできないと判断した。娘が望むなら逃げられる未来を作ろうと考えていた。
陛下は両親の返事を待っていたがそれは無理なようだとも判断していた。両親は話を聞いていないわけではないが落ち着く様子がないのも明白だった。
上の空と言う訳ではないが落ち着かない様子を感じた陛下は両親の反応を待つことにする。
話が切れた途端、両親から反応があった。
「陛下。とにかく娘に会わせていただきたい」
親としては当然の反応だと後ろに控えていた宰相は思った。





