殿下との相談
宰相から話を聞いたその足で、殿下の私室を訪ねる隊長の姿があった。
本来なら来訪の予定を伝え時間の調整を行わなければらないのだが、気が逸った隊長はそのまま訪ねていたりする。
突撃する習慣は親戚ならではだろうか。
常日頃から殿下の手本となるよう。慎重な対応を心がけている隊長の行動とは思えないほどの性急さだった。それだけ気が逸っていたのだろう。
「殿下。宰相閣下から聞きましたが、姫様のご両親の旅費を負担されたいとか」
「もう耳にされたのですか? そうです。僕から宰相に相談しました。父上の許可もあります。これで少しは姫の気持ちが楽になってくれると良いのですが」
「もう陛下にも話されたのですか? その事を姫様に相談されましたか? 勝手に決めては後々困った事になるかもしれませんよ?」
「どうしてでしょうか? 今回は僕の個人的な部分から出すように頼みました。国庫の方には問題ないはずです」
殿下は小首を傾げながら信頼している従兄弟に告げる。個人的な対応をしているので国レベルで迷惑をかける事はないと思っているようだ。
これが殿下の立場でなければ問題はなかったのだが。残念ながら簡単な話ではなかった。
隊長は従兄弟が少しずつ成長しているのを実感している。今回も姫様の事を考えての行動だろうと予想はできた。
だが、問題は二人が注目を集める立場だと言うことだろう。国のトップというべき位置にいる二人だ。一挙手一投足に注目が集まる。殿下は生まれてからその位置にいるので気にしたことがない。そんなものだろうと思っている。
対する姫様は自分が留学生という事もあってこの国での噂になること、注目を集めることに対しては神経質なほど気を使っていた。反感を集めないようにと気を配っている。
そんな姫様の両親が来る。その上旅費を殿下が負担した。慣例もあって、その事がどんな噂を招くか。
姫様は慣例を知らないので今は何も言わないだろう。だが、事実を知れば、どう思うか。
考えなくてもわかる。姫様は【考えたくもない】そう言うだろう。
殿下の行動はまだ噂にはなっていない。撤回するなら今のうちだろう。
隊長にとっては姫様も殿下も大事な二人だ。二人が傷つく事がないようにするつもりだった。
そして今回の件は殿下の勉強不足が目立っている。殿下は知らないのだろう。婚約の打診に関する慣例を。もし知っていてこの行動を起こしているのなら、それはそれで問題だと思わざるを得ない。それとも本気で姫様との婚約を望んでいるのだろうか?
隊長は慎重に話を持っていくことにした。
もしも殿下が姫様に好意を持っていてこの話を持ち出したのなら、姫様の気持ちを確認するべきだと進言しようと考えている。
殿下は従兄弟の話から自分がなにか気づかずに問題を起こしているのではないだろうかと察していた。
自分は良かれと思って姫に内緒で費用負担をしようと思っていた。人に気をつかう姫のことだから自分が負担するというと気を使って断ると思ったからだ。
「従兄上、姫はいつも人に気を配っています。僕が費用を負担すると言ったら必ず断るはずです。心配いりません、そういうはずです」
「姫様ならそう言うでしょう」
「ですので、姫に内緒にしておいたほうがよいかと思いました。負担をかけたくないのです」
「そうですね。殿下の立場でなければそれで良かったと思うのですが」
「僕の立場では問題があるのでしょうか? 従兄上の話し方ではそう感じるのですが?」
殿下は素直だった。自分では理解できないことを素直に確認して問題の修正を図ろうとしている。隊長はその様子に共感と好感を覚え、問題点と行動を起こす前に自分がどうするべきだったのかを教えていた。
「殿下。このような話はお気に召さないと理解してはいますが、どうぞお聞きください」
「はい」
「未婚の女性の両親を自費で招くということは婚姻の意思を表しています。今回の話であれば、殿下は姫様と婚約したいと言外に言っている事になります」
「え??」
殿下は信頼する従兄弟の話に一気に耳まで赤くした。そんな事は意識してはいなかったのだろう。思いもよらぬ話に狼狽えている事が伺える。
殿下のその様子を見た隊長は、殿下が婚約を意識していなかった事を理解したと同時に、姫様の事は少なからず好感を持っていることを感じられた。
「殿下は姫様のことをどう思っていらっしゃいますか?」
隊長はそのものズバリと聞いていた。従兄弟という立場だからこそ聞ける話だろう。
殿下は隊長の言葉に視線をウロウロさせ手を盛んに動かしている。思っていない話を持ち出され驚いたのか、それとも自分の気持を人に話すのが恥ずかしいのか。どちらともいえない感じだった。
隊長は殿下をじっと見つめながら殿下の反応を待つ。殿下は視線を彷徨わせた後正直に話すしかないと観念したのか、自分の返事を待っている隊長を見て心情を吐露した。
「従兄上。僕は姫の事は好ましく思っています。今、僕が人の話を聞く事ができるようになったのも自分が間違っていた、という事も。全部姫から教わりました。周囲が僕を認めてくれるようになった事も姫のおかげだと思っています。とても感謝しているのです。でも、その、婚約とか、そんな事は考えていなくて。今回のことも姫の気持ちが軽くなればいいと思っていただけで」
「そうですか」
隊長は殿下のシドロモドロの独白を聞いてそうだろうと思っていた。殿下は自分の現状が変わったことに手一杯で将来のことまでは考えてなかったと理解している。
だが、殿下の言葉の中に婚約を否定する言葉は聞かれなかった。好感を持っていると明言もしている。その好感が友人としてのものなのか。それとも恋愛的なものなのかわからないが、少なからず好意を抱いていることは理解できる。
だが姫様の方はどうだろうか。以前、自分は小国の姫でこんな大国の后に収まるのは分不相応だ、と言われていた。自分は相応しくないと。今回の話になった時もその考えは変わっておられないようだ。
本来なら人から羨まれる事だし、大体の国の人間はこの立場を望むことだろう。
隊長の思考は止まらない。
姫様は相応しくないと言っていたが、本音としては面倒だと考えているのではないかと思っている隊長だった。
そしてその考えは間違っていないのだ。
隊長はとにかく今後をどうするか考え始めていた。
仮に殿下が旅費を負担するとしても、姫様の両親が到着してからの対応になる。逆を言えばその時までに対応を決めていれば間に合うのだ。
「殿下。旅費について負担する意向は変わりませんか?」
隊長のこの質問は殿下の真意を問うた。殿下に婚約の意思があるのか聞いているのと同義だ。
殿下の耳は赤いままだ。今までこんな事を聞かれたこともなければ話に出たこともない。要は耐性がないのだ。聞いた相手が親しい隊長と言うのも大きいだろう。気心が知れているので感情が素直に出てしまう。
今度は視線が四方八方へと彷徨い、言葉を発せず口もハクハクしている。隊長は答えを急かさず殿下の様子を見守っている。
殿下は上を向いたり下を向いたりしながら考えた結果一つの答えを出す。
「正直に言うとわかりません。姫の事は好ましいと思っていますし、感謝もしています。嘘ではありません。ただ結婚となると、よくわからないのです。従兄上はどうですか? 姫の事をどう思っていますか?」
「私ですか?」
隊長は殿下からの質問に戸惑う。自分がどう思っているかなどと聞かれるとは考えてもいなかった。
どう返答するか、隊長の眼の前には子犬のような目をした殿下が自分を見上げている。昔からこのじっと自分を見る目に弱かった。殿下が自分に正直に話をしたのだ。自分も正直に答えるしかないだろう。
隊長は年下の従兄に対して誠実であろうとした。
「私も姫様の事は好ましく思っています。私は部下という立場ではありますが、それでも私にはっきりと苦言を言える人物は少ないでしょう」
「従兄上もそう思われるのなら、やはり姫は素晴らしい人なのでしょう。でも結婚と言われても」
最後はしょんぼりと下を向く。答えを出せない自分を不甲斐ないと思うのだろう。だが、いい加減な答えを出すよりは好ましい返答だと思える。それに殿下の答えは終わっていなかった。
「それに姫はどう考えているでしょうか? 僕が姫の立場なら嫌だと思います」
「なぜですか?」
殿下からそんな答えが出てくるとは思わなかった隊長は意外だった。
殿下は下を向いたまま言葉を続ける。
「姫は僕に良い感情を持っていないと思います。僕は嫌なことを言ったり、したりしています。デビューのときも初めて会ったときも。姫から見たらいい思いはないと思います。姫は僕の立場上嫌だと言えないだけじゃないのでしょうか」
「殿下」
自分自身のことを客観的に見ることができるようになった事は良いことだ。そんな考えを持つことができるようになったからこそ、姫に少しでも何かを返せたら、と思って今回の事を思い立ったのかもしれない。
傍目には自信のあるような殿下だが、その内面はコンプレックスだらけだ。自分の父親は国王として名を馳せているからだろう。その父親と比べて自分は何もできないと思うからこそ、卑屈にもなれば自信もなくなるのだ。その評価を正確に判断するのなら、殿下は客観的に自分を分析できる、大きくいえば俯瞰的に見ることができるのだろう。それは決して悪いことではないはずだ。今も、自分のことだけではなく姫様のことまで言及している、この考えを潰すことがないようにしなければならないと隊長は考えていた。
隊長は今後、自分の立ち回りが大きな意味を持つことに確信を持っていた。





