閑話 侯爵令嬢の思い出
わたくしは、この国にある侯爵家の長女であり、侯爵家にとって初めての子供でした。
初めての子供という事で、当たり前のように跡取りの男子を期待されていたようです。わたくしが生まれた時、父は母に何も言わなかったと聞いていますが、がっかりしたのは間違いないようで母は父に何度も詫びていたと聞いています。
わたくしはその話を両親から聞いたことは一度もありません。ですが口さがない使用人はどこにでもいるものです。使用人のうわさ話をわたくしは聞いてしまいました。
聞いてしまった以上は無視もできず、両親にその話を聞いてみようと思いましたが【長子が娘でがっかりした】と事実を聞いてしまうと悲しくなるだろう、そう思い確認する事ができませんでした。代わりに、わたくしが産まれてからずっと仕えてくれている乳母に聞いてみました。
乳母は両親はわたくしが【生まれるのを楽しみにしていた】【とても喜んでいた】と話してくれましたが、男の子が必要ではないのか? と確認したら神様の采配だと、わたくしが生まれた事には意味があるのだから、と答えてくれました。そして、それ以上の事は教えてくれませんでした。
わたくしは乳母の言葉を聞いても自分に自信が持てず、この家に恥じない娘であるように、わたくしが生まれてよかった、と思われるように努力をすることにしました。
習い事や勉強を努力する事で自分の存在価値を示したかったのです。まだ学校に通える年齢ではありませんでしたが、入学してからも成績が一番であるように努力をしました。
そんな努力の日々を送っている頃、わたくしは殿下に引き合わされました。
年齢が同じであること、殿下には劣るものの侯爵家の人間であるわたくしなら、殿下に対し過剰なまでの遠慮をする必要がないだろうとの配慮だったようです。
殿下に初めてお会いする時、父は仲良くするようにとは言いませんでした。【失礼のないように】との注意だけされていました。その時のわたくしは殿下と無理に仲良くしなくても良いのだと嫌な事はイヤだと言ってよいのだと思っていました。母も同様の意見だったようです。その時のわたくしには意味が分かりませんでしたが、自分の気持ちで行動して良い事だけは分かり、両親の言葉に安心した事だけは覚えています。
殿下にお会いする機会は多くはありませんでした。
両親が無理に仲良くする必要はないと言ってくれたおかげでしょうか、わたくしは殿下の前では無理をする事なく普通に接する事が出来ました。殿下は不愉快に思われるかと思いましたがそんな事はなく、わたくしたちは普通の子供が遊ぶように、庭でボール遊びをしたり、図書館で本を読んだりしていました。その当時のわたくしは同年代の子供が周囲に少ない事もあって、殿下と過ごす事は楽しいだけの時間だったのです。
当時の殿下は小さな紳士でした。わたくしにも優しく、お茶菓子が出た時などもわたくしに先に選ばせてくれたり、お皿にとってくださったり、アレコレと気を遣ってくださっていました。遊ぶ時も必ずわたくしの意見を聞いて下さったものです。
子供だったわたくしは殿下が大好きになりました。殿下と遊びたくて父に宮殿に連れて行って欲しいとお願いした事もあります。父はわたくし達が仲良くなったのは意外だったようでした。
殿下と過ごす中で光栄な事に妃殿下にもお会いした事があります。初めてお会いした時、急にお会いした事とあまりのお美しさに驚いて、ポカンと妃殿下を見上げてしまった事を覚えています。挨拶も出来なかったわたくしに微笑みながら頭を撫でてくださった優しい方でした。
その妃殿下が亡くなった時、わたくしはとても悲しかった事と妃殿下と仲良くされていた殿下が心配で、失礼にも殿下の私室に忍び込み殿下と二人、手を握り合いながら泣いていました。すぐに侍従や父に見つかりましたが叱られる事はなく、わたくしたちの気が済むまで見守ってくれていて、父の優しさを感じました。
殿下との時間を過ごしますと、隊長様とご一緒する機会が度々ありました。
隊長様はわたくしに関心がなく、多くをお話することはありませんし優しく接してくださる事もありませんでした。ただただ淡々とされている印象でした。まだ子供のわたくしは、楽しくないなら来る必要はないのでは? などど失礼な事を考えていました。今でこそ、その時の隊長様が失礼なく過不足なく、わたくしの、子供相手をしてくださっていたのがわかりますが、その時のわたくしは周囲には優しく、わたくしを優先してくれる大人や殿下しかいませんでしたので、隊長様が冷たく怖いという印象しかありませんでした。
殿下は隊長様をとても慕っており、わたくしにも優しい方だと話してくださっていました。なぜ、わたくしに、そのような話をしてくださるのかも分かりませんでしたが、その言葉に同意する事はどうしても出来ませんでした。
ですが、入学してから殿下がおっしゃっていた、隊長様の優しいと言っていた事と変わってしまった理由は分かったような気がしました。
本当に入学がきっかけだったと思います。
わたくしも入学してからわかりましたが、隊長様も学校に入学されてから多くの経験をされたのだと思います。
わたくしは入学してから多くのお友達ができました、ですがそのお友達と思っていた方たちは違いました。本当のお友達ではなかったのです。ご自分のご両親にわたくしと仲良くなるように言われていた方たちだったのです。その事を知った時のわたくしは、言葉にならないほどのショックを受けました。
わたくしにお友達はできないのだと、いないのだと悲しさで胸がいっぱいになりました。
幸いな事に、その後は少しだけお友達を作ることができました。それでも身分の差を覆すことはできません。お友達ですが遠慮の見え隠れするお付き合いでした。初めの方たちよりは仲良くできていると思っています。
そしてわたくしがショックな事があったように、殿下にも何かきっかけがあったようでした。わたくしには何も話してくださいませんでしたが、わたくしの知る紳士な殿下はいなくなってしまいました。
急激に変わってしまったのです。
傲慢で、我儘で周囲の話や忠告を聞く事もなく独断で物事を進めるようになりました。わたくしは子供の頃からの付き合いがあるためか、そこまでではありませんが、他の方たちは言葉にもなりません。耳を覆いたくなるような話を聞くことが増えていきます。
何度か殿下にお話をさせていただきましたが、変わる事はありませんでした。それは隊長様も同様の様でした。
隊長様もわたくしも、次第に殿下の事を諦めるようになっていきました。態度を改めてくださらない殿下を諦めてしまったのです。
殿下に何があったのでしょうか。





