嵐の予感
今、絶賛ダンスの練習中だ。
練習会は順調に続いていて、おかげさまで少しずつだが相手の足を踏む回数は減ってきている。非常に喜ばしいことだ。
練習会はいつものメンバー。当たり前の事かもしれないけど、練習会を休む生徒はいなかった。全員真面目だと思っていたが、主催が殿下で、その中に隊長さんもいるわけで、この二人を前に休む勇気があるのなら鋼の心臓を持っていると思う。因みに私が姪っ子ちゃんや次男くんの立場なら休めないし、何があっても、這ってでも参加すると思う。
そんなくだらない事を考えても、当然のごとく私の気分は晴れなかった。
普段の私なら少しでも上達を実感して大喜びなのだが、今は上達以上に両親の到着が気にかかり気分を重くさせている。そのせいか、どんよりと肩に重しが乗っている様に重かった。
「姫様。ご気分が優れませんか?」
「元気がないみたいです。大丈夫ですか?」
私のパッとしない様子に令嬢がわかりやすく表情を曇らせ、元気印の姪っ子ちゃんが心配そうに私を覗き込んだ。
姪っ子ちゃんの元気っぷりに少し癒やされる、本当に私の癒やしだ。
2人が私の心配をしてくれるのは嬉しいけど理由を話す事ができない。ここには殿下もいるし次男くんたちもいる。それに令嬢は殿下の婚約者候補第一位だったはず。殿下との婚約を望んでいるとは思わないけど、それでも内容的に憚られるし、殿下の前で【この人と婚約したくないから悩んでます】とは言えないだろう。
こんなときは順当に事実だけを話そう。
「今度、両親がこちらに来る予定になっているのだけど、忙しい中に時間を使わせるのが申し訳なくて。ここに来るまでに距離もあるから往復にはかなりの時間がかかってしまうし。その間、国の業務が停滞してしまうわ。それが申し訳なくて」
私は悲しそうな顔をしつつ来てほしくない理由の一部を述べてみた。
理由の第一位は婚約問題だが、国政が滞るのも心配な理由の一つで間違いない。
その説明を聞いた二人は対照的な表情だ。令嬢は納得顔、姪っ子ちゃんは悲しそうな表情だ。
「姫様は、いつでも国民と国の事を考えておられるのですね」
「姫様。時には自分の事を優先されても良いのではないでしょうか?」
返事も対照的だった。
令嬢は納得で姪っ子ちゃんは悲しそう。二人の気持ちはありがたいものだった。その気持ちに感謝しつつも覆らないものはどうしようもないと愚痴をこぼす。
姪っ子ちゃんは変わらず私を励ましてくれた。相手の身分に関わらずその人の気持ちに寄り添う事ができる姪っ子ちゃんは優しい気持ちを持っていると思う。
「姫様。お気持ちは理解できますが、ご両親様がこちらに来られるのは決まっているのですよね? お久しぶりに会うのは嬉しい事なのでは? 会う事が出来るのならよろしいのではないでしょうか? 姫様が申し訳ないとばかり思っていらしては、ご両親様も寂しい気持ちになるのではないでしょうか?」
「そうね。本来ならそうあるべきだと思うわ。私がただの留学生で親がお金を出していてくれているなら、それでも良いと思うの。でも私は責任ある立場の一人。国に責任があり私の身に付けるもの、食べるものは国民の税金で賄われているわ。その私が、ただの子どもとして親に会いたいと口にする権利はないと思うの。個人の感情ではなく国と国民に責任ある立場の者として、その考えを優先する必要があると思っているわ。それに費用もかかるし。私に会いに来るだけで費用もかかって国政は滞る。何も良いことはないでしょう?」
と、口は偉そうなことを言っていた。
いや、この言葉に嘘はない。私は仕事もせず教育を受け、人よりも良いものを使わせてもらっている。それらはすべて税金だ。その恩恵を受ける代わりに私は国民と国に利益をもたらす責任を持っている。
そんな事を考えていたら、はたっと気がついた。そう考えると殿下との結婚は国に何よりの有益なものをもたらすのではないか、と。政略結婚の一つは自国よりも優位な国に嫁ぎ自国に便宜を図ってもらう。順当な内容だ。
そうなると、私の嫌だ攻撃は我儘?
思い浮かんだ思考を振り払う。責任はあるし利益をもたらす必要があることも理解しているし、いずれは政略結婚をしなければならない、と理解しているけど、犠牲を払うライン位は選んでも良いはずだ、と気がついた事実に蓋をして気持ちの上で言い訳を始める。
だが、その言い訳は行動にも出ていたようだ。無意識に頭を振っていた。
その様子を見ていた令嬢たちは私が悲しんでいると思ったようだ。
「姫様。言われていることは正しいと思います。でも、そこまで」
「そうです。両親に会えるのは嬉しい事だと思います」
令嬢が痛ましそうに姪っ子ちゃんは悲しそうに私を見る。私は苦笑いを溢した。
今の言葉に嘘はない。私の信条は嘘をつかない事だ。少し盛っているけど考えている内容も話した言葉にも嘘はない。 ただ、ちょっと、ちょっとだけ盛っただけだ。
私に同情させて申し訳ない。少しだけ後ろめたい。
「姫。姫がそんな事を気にする必要はない」
私が令嬢と話していたら横から殿下が口を挟んでくる。
突然話しかけられて驚いたが、殿下と次男君がいつの間にか話をしている私達の横に立っていた。
殿下たちが来ていたのに話に夢中で気が付いていなかった。迂闊だ。
だけど迂闊な事を口にしていなくて良かった。【殿下と婚約話が出ている】って話していなくて本当に良かった。聞かれるリスクを考えて話題を選んだ私を褒めてあげたい。
頭の中では冷静に現状を分析していたけど表面上は令嬢と共にポカンとしていた。
私と令嬢は急に口を挟まれて、ただただ驚きと共に殿下の方を向いていた。【気にする必要はない】って、どの事を指しているのだろうか?
私は殿下の言う意味がわからず理解しようと頭を捻っていた。捻っても答えが出てこないので素直に聞く事にする。
「殿下? 気にしなくてよいとは?」
「姫。姫はもう長くご両親に会っていないと聞いている。長年会っていない姫に会いたいと思うご両親の気持も姫の気持ちも当たり前の事だと思う。だが姫の国政の状態や費用を気にする気持ちもわかる。だから、ここは俺に任せてほしい」
「はい?」
任せるって何を? 殿下がこの話を私の代わりに断ってくれるのだろうか? それなら有難いけど、そうなれば遠回しに殿下自身が婚約を断った事になるし全てが丸く収まる。だけど、殿下はそんな話(婚約話)が出ているなんて知らないはずだと思うけど。知っているのだろうか? それとも別な事について言っているのだろうか? どの話だろう?
私は何について話しているのか意味がわからず聞き返したのだが、殿下は別な意味に取ったようだ。
「ありがとう姫。心配しないでほしい。宰相と話してこよう」
「殿下?」
私は更にわからず問い返すが、殿下は【任せてくれ】とにこやかな笑顔と先に帰らせてもらう、という言葉と共に颯爽と練習室を出ていった。
私の曖昧な返事は了承の意味に取られたようだ。失敗した。失敗した事は理解したが殿下の行動は分からない。
「えっと、どういう事?」
後に残された私と令嬢たちには疑問しか残らず、頼みの綱とばかりに隊長さんを見るが隊長さんも困惑していた。
つまり、隊長さんも殿下の行動の理由を知らない事になる。
殿下はどこに何をしに行ったのだろうか?
なにか変な事をしないだろうか? 心配でならない。





