家庭菜園の始め方 4
「もう少しで焼けるかも」
私は網の上に乗せていた肉の様子を見ている。焼いている間、定番である肉の焼けるジューという音がする。この音は幸せの音だ。
音を聞くだけで幸せになれるなんて素晴らしいと思う。
私は肉を焼きながら一人で頷いていた。何も知らない人から見ると、頷いている私は疑問しかないだろう。
だが、そんな事はどうでもいい、とは言わないが、食べて美味しさを皆に実感してもらいたいと思いながら肉を次々と焼いていく。
数枚の肉が焼けたとき、近くにいた隊長さんに2枚の皿を渡す。一つは味噌だれ、もう一つは醤油ダレ、二つを食べ比べてもらいたいのと毒見の意味も含めている。
隊長さんは真面目な顔を作りながら皿を受け取り毒見? 味見? をする。
その顔はなんとなく嬉しそうだ。いや、なんとなくではないだろ。間違いなく喜んでいる。見えない耳と尻尾が揺れているのは間違いないはずだ。
「では、失礼します」
うやうやしく肉を持ち上げると、まずは味噌だれの方から口にしていた。
その様子を殿下を始めとした生徒組が見守っている。初めての事で興味が先に立つのと遠慮とが混ざっている感じだ。
そして生徒組は、やっぱり誰も座っていなかった。
殿下も隊長さんも立っているのだから当然だろう。
ここは諦めて網の近くでBBQにしたほうがスムーズなのかもしれない。
私はその事に気が付き、隊長さんの毒見と殿下の味見が済んだら、みんなにお肉を配ろうと思っている。
私の思惑はともかく、隊長さんは味噌を食べた後、そのまま醤油ダレへとフォークを動かしていた。いつもなら味の感想を教えてくれるのに、今日は何も言わない。
珍しいことだ。
もしかして口に合わなかった? でも表情は美味しくないものを食べている様子ではない。表情的には満足そうだ。
何も言わないのはどうしてだろう?
私は疑問を感じるが、この場でおいしくないの? と追求するわけにもいかず、隊長さんの様子を見守っていると、そのまま「問題ありません」と一言しか言わなかった。
いつもの調子ではないけど、殿下も待っていたので殿下にもお肉を渡す。
殿下も興味津々で隊長さんと同じように味噌ダレから食べだした。
「ん。この味はなんだ? 濃ゆくて美味しい」
殿下は一口食べると思わずというように大きめの声を出していた。自分の失態に気が付いたのか慌てて周囲を見回して後、小さめの声に戻すと隊長さんに思いつくままに、質問をぶつけている。
お皿を持ってグイグイ詰め寄っていた。
その行動に珍しく隊長さんがタジタジになっていて、なかなか珍しい光景だった。見ものだったとは決して口にはしない。
私のその思いに気が付くことのない殿下の質問攻めは終わる事はなかった。
「従兄上これはなんですか? 味がいつものと違う気がします。それに濃ゆいのにしつこくなくて食べやすいです」
「殿下。落ち着いてください。これを作られたのは姫様です。私ではないので味噌味と醤油味ということしかわかりません」
「ミソ? 最近料理長が作ってくれたトンジルというものと同じ調味料の?」
「ええ。間違いない。私も好きな味だ」
「トンジルはおいしくて、僕もおかわりをしてしまいました」
殿下にグイグイ来られて隊長さんは苦笑いだ。そして気がついていないようだけど、殿下に対して少し口調が砕けている。その話し方は従兄弟同士の話し方みたいだった。
ちょっと表現が違うだろうけど、いい感じで話してる。そして少しだけ隊長さんの様子が面白かった。
毒見や味見の時、隊長さんはいつも、もう少し食べないとわからない、とか言いながら独り占めしそうな勢いがあるけど、今日殿下にお兄さんらしい態度をとりたいのか、それとも後輩が多いだけにできなかったのか、そのどちらかだと思う。
それにしても、殿下からの情報に驚きだ。
知らない間に、宮殿で豚汁が提供されていたなんて。
私が教えてないのに豚汁にたどり着くなんて、流石は料理長。
侮れない。
私は料理長の探求心に感心しながら二人の様子を見守っていた。そして毒見とタレの味に問題はないらしい。
生徒組や管理番が私達を気にしているので、そろそろ皆にも食べさせて上げたいと思う。
「殿下、隊長さんも問題ないなら、食事を始めたいと思いますが?」
「申し訳ない。始めてもらって大丈夫だ。姫。このBBQというのは初めてだが美味しいな。特にこの味噌ダレというのはクセになる味だと思う」
殿下は頬を赤くして、目をキラキラさせて話しかけてくる。
この感じは初めての経験で興奮しているようだ、気持ちは分かる。
殿下でこの調子なのだ。他の皆も同じように驚いて美味しい、と言ってくれるのを想像して楽しみになってしまった。
「では、追加のお肉が焼けるのを待ってくださいね。そう言えば管理番もBBQは知らないのよね?」
「はい。外で肉を焼きながら食べるなんて想像もしたことはありません。でも、気持ちが良いものですね」
「そうね。今日は天気もよいし。風もそうないから楽しめると思うわ」
「こんなに気持ちが良いのなら、今度商人にも教えてやりたいと思います」
管理番の言葉に商人は初めてのことが大好きだから、今日は呼んであげればよかったと思い直す。
実のところ、本当は商人も呼ぼうかと思ったのだ、だが今日は殿下も令嬢も一緒だから、いつもみたいに気楽に楽しめないかと思い、呼ぶのは遠慮したのだ。
この調子なら管理番もいるから大丈夫だったかも? と今更ながらに思ってしまった。
「商人も呼んであげればよかったかしら?」
「いえ。今日は避けてよかったと思います」
傍で聞いていた隊長さんが周囲を見回し、合いの手を入れてくれる。面子を見て、と言いたいらしい。
確かに今日は貴族ばかり、その中に商人は入りにくいかも、とも思ってしまう。そう考えると私の判断は間違っていなかったのだろう。
この楽しくて、賑やかな中に商人がいないのは少し残念だけど、商人が快適に過ごせないのでは意味がない。
私は気持ちを切り替えて殿下に話しかける。
「殿下。お気に召して頂けましたでしょうか? 味に問題はございませんか?」
「もちろんだ」
殿下は首を縦に振っている、行動も伴っているので味が気に入ってくれたことは間違いないようだ。
それをいいことに他のメンバーにも声をかけ、焼けたお肉を配ることにした。
「皆もお皿を持ってきてくれる?」
呼びかけに生徒組全員が即座に反応する。
この様子だと殿下や隊長さんの手前、近寄りにくかったのだろうが、声がかかれば問題はないだろうと、早速寄ってきてくれた。
手にはしっかりとお皿とフォークを持っている。
楽しみだったらしい。私はその反応に気を良くしつつ食べ方の説明をする。
「網でお肉を焼くので、横にあるつけダレで食べてくださいね。タレは味噌だれと、醤油それに塩コショウの3種類あります。好みで食べてもらえば問題ありません。お肉は焼き立てで熱いから気をつけてくださいね」
「「はい」」
姪っ子ちゃんと次男くんのお返事がよかった。
笑顔で楽しみとばかりにニコニコしている。その横にいる令嬢もワクワクしているのか少し頬が紅潮している。
BBQは初体験だ。楽しみにしてくれているのだろう。さっきまで、外で食事をするのか、と心配していた人とは思えない。それは殿下も一緒だろうけど。
自分は先に味見をしたからと思っているのか、少し引いたところで隊長さんと、こちらを見ていた。
私は気が利くな、とも思いながら皆にもお肉を配っていく。
BBQの横にある台は盛況だ。
皆がワイワイ言いながら初体験を楽しんでいる。私は若干お母さんポジションだな、と思いながら次々とお肉を焼いていく。
そして管理番にも声をかけた。
学生組が楽しそうにしているからか、管理番も少し遠慮して後ろで見ていてくれたのだ。
隊長さんと殿下も後ろにいたが、管理番にも楽しんでもらいたいと声を掛ける。
「隊長さんも殿下もどうぞ。次が焼けるので食べてください。管理番もよ。遠慮しないでね」
3人がこちらに来てくれたので焼き立てを乗せていく。横の台が狭いかと心配したが姪っ子ちゃんと次男くんが詰めてくれてスペースを開けていた。
「皆様、こちらへどうぞ」
「ああ、すまない」
殿下が、いそいそと開けてくれたスペースに入った。少し嬉しそうだ。
姪っ子ちゃんから声をかけてくれたからだろうか。それとも今まで人間関係が良くなかったらしいから、違う感じがして新鮮なのかもしれない。
私は観察しつつ野菜も焼いていると管理番が交代を言い出した。
「姫様、代わります。姫様も召し上がってください」
「管理番も食べてないでしょう。大丈夫よ。私は焼きながら食べるから」
「でしたら、私も同じようにできますので」
「でも、私が言い出した家庭菜園を手伝ってもらっているのだし」
「姫様にはいつもお世話になっているのですから、それぐらいは当然です」
「やっぱり」
「でしたら、私もお手伝いをさせてください。それならいかがでしょう?」
やっぱり、管理番は優しいらしい。私のその気持をありがたく受け取ることにした。
二人で交代しながら焼けばいいのだ。
そう決めると気が楽になって管理番にもお手伝いをお願いする。
そう言えば、殿下は始めてBBQでお肉を食べたはずだけど熱くなかったのかな?
疑問だ。





