家庭菜園の始め方
どーしてこうなった?
私は今、裏庭に来ている。
私の前には隊長さんと管理番と殿下と次男くんがいる。そして慣れない鍬やシャベルを使い、土を掘り起こしている。
そして私の後ろには、令嬢と姪っ子ちゃんと侯爵家のお嬢様がいる
簡単に言えばダンスの練習グループに侯爵家のお嬢様が合流したような形だ。
どうしてこうなったかというと、人には言えない理由がある、のではなく。隊長さんからのお願いの関係でこうなっただけである。
そう、土作りの関係で力仕事の話が出た時に殿下の協力をお願いする、と言い出した隊長さんに私が冗談ではないと断ったことから話が始まる。
隊長さんとしては殿下に仕事の大変さを知ってほしいとのことだった、野菜を作ることによって農家の大変さや仕事の大変さ、その上で納税している国民の事を理解してほしいというのだ。
言うことは理解できる。だが、それが私の家庭菜園とは関係がないと思うのだ。その大変さを知るなら宮殿で侍従さんや庭師さん達の協力を貰えばできる話だ。
ただでさえ、ダンスの強化練習で噂が立ちそうで令嬢や姪っ子ちゃんにも協力してもらっているのに、これ以上余計な気苦労を背負いたくはない。
私は正直に目立ちたくないのだと心境を吐露する。
この話は隊長さんだって知っているはずだ。今まで散々話してきたのだから、知らないとは言わせない。
隊長さんは私の答えで困り顔だった。私の気持ちは知っているし、でも殿下のことも考えたいし板挟みになっているのだろう。というか、この話はどこから出たのか? 宰相や陛下あたりなら私に断る権利はない。受け入れるしかないのだが、困っているところを見ると誰かの入れ知恵ということではなさそうだ。
「隊長さん。この話はどなたから? 殿下の希望なの? 違うわよね。さっき知ってほしい、と言っていたから誰かの提案よね? 宰相? それとも陛下?」
「いえ。どちらも違います。私の考えです。私が殿下に国民の立場を知ってほしいと思っているのです」
「そう」
これは困った。
隊長さんは純粋に殿下の事を思っているのだろう。これからの殿下のために成長するチャンスをあげたいと思っているのか。
そうなると断る私は大人気ないだろうか? 最近の殿下は成長著しいと聞くし、気遣いが出来るようになっていると感じる。練習会の時も姪っ子ちゃんや次男君にも気を遣っているし、丁寧に接しているのを見ている。
隊長さんとしては、このチャンスを逃したくないという思いがあるのか。
これは、どうするべきか。
正直に言えば私には関係ないと思う。
だが、隊長さんの話から思いついたこともある。
この思いつきから打算も出てきた。
家庭菜園で殿下をこき使って、礼儀のない人間だと思われれば、婚約者候補から外れることは間違いないだろう。
忘れかけていたが、というか私的になくなった話だと思っているが、【婚約者候補問題】ダメ押しをするには良いチャンスではないだろうか?
これで私は殿下に嫌な人間と確定されれば候補から外れる。隊長さんのお願いは聞いたわけだから、隊長さんは嫌な思いをしない。殿下は国民の大変さを知る機会になる。宰相や陛下は殿下の成長が期待できる。
こう考えればだれも嫌な思いをしないのではないだろうか? よく言う三方良し、な気がする。私は自分の考えに自信を持ってきていた。
だが、そこで立ち止まる。最近考えが甘くて失敗することを学んだ私だ。見落としがないかよく考えよう。
無言になり、隊長さんのお願いから、自分の欲望まで含めて考える。やっぱり大丈夫な気がする。
誰だって自分をこき使う人間に好感は持てない気がする。
まして殿下は土作りなんてしたことのない人だ。慣れない鍬を持って、土を起こし草取りをして肥料を撒いてと、家庭菜園は意外としないといけない事が多かったりする。
どうだろうか? 職場で自分の都合よく、こき使う上司や同僚にいい感情が持てないように、殿下だってアレコレ指示する私にいい感情は持たないだろう。人に嫌われたいわけではないが、今回は仕方がない気がする。
それに、もう一つの可能性がある。殿下が断る可能性だ。隊長さんは殿下は断らないと思っているようだけど、土いじりなんてしたことがないし、あまり評判の良いことではない。隊長さんからの話だとしても、断る可能性だって残っている。
どちらに転んでも私には損のない話だ。
私は大いなる打算をとともに、隊長さんの希望する殿下の家庭菜園への参加を了承した。
どーしてこうなった?
私はこの言葉を何回呟くことになるのだろう?
私の目の前では男子陣、一部男性を含むが土の掘り起こしを行っていた。その端から大きな帽子を被った令嬢と姪っ子ちゃんたちが座り込んで草を取っている。土が柔らかくなっているので、簡単に引き抜くことができるのだ。
私は人だけ働かせるわけにはいかないので、一緒に座り込んで草を引き抜く。
私達は黙々と、というはずもなく。女子は三人よればかしましい、という言葉に間違いはなく、楽しそうにおしゃべりをしながら仕事をしている。
「姫様。この畑では何を作られるのですか?」
「まだ決めていないの。畑の土作りにも時間が掛かるから、土が落ち着いてから考えるつもりよ」
「わたくしはお芋さんもいいと思うのですが、草の実も良いのではないかと思っていますわ」
令嬢は自分の領地で作られている草の実を勧めてくる。今後を考え草の実の認知を広めたいのだろうか?
それはそれで良いことなので、実行してもいい気がする。
「そうね。それはいいわね。作ってみようかしら。少し難しいから心配だけど」
「作るのが難しいのですか?」
「作るだけなら簡単にできるのだけど、甘く大きくするのが難しいの。肥料も結構使うし」
私は家庭菜園で作って失敗したいちごを思い出す。甘くて美味しそうに見えたのに、食べてみたら味はせず、甘くもない酸っぱくもない、まったく味のないいちごを思い出す。
しみじみと実感を浮かべて重ねて言ってしまった。
「味がしない果物ほど、美味しくないものはないわ」
「そんなに作るのが難しいということは、姫様は作られたことがあるのですか?」
お嬢様からの質問だった。
そう、ここには侯爵家のお嬢様がいる。家庭菜園に参加しているのは簡単な理由だ。
例のお友達問題で、ご令嬢に相談した結果だった。私から相談したくせに悪戦苦闘するお友達問題に嫌気がさしたのが原因だった。
なにせ、違うクラスのお友達を紹介されたのだ。違うクラスだったら姪っ子ちゃんがいるし、違う学年には令嬢もいる。だったら、このままでいいのでは? と思った私がいる。
言い訳臭くて申し訳ないが、以前の感覚でお友達を作ろうとした私が悪かったのだ。身分がこんなにネックになるなんて思ってもいなかった。理由はもう一つある。紹介される側にも迷惑をかけている、という理由だ。
前回のランチ事件は忘れていない。二人共緊張していた。この事が親にも迷惑をかけると気にしていたと思う。人様にここまで迷惑をかけて、と思ってしまうのだ。
この大きな二つの理由とともに、現段階では令嬢と姪っ子ちゃんと仲良くしておいて、そのうちできるであろうお友達まで待てばいいだろう、と思った次第だ。
その気持を正直に筆頭と令嬢に話をしたら、苦笑いをしながら納得してくれた。というか、私が乗り気でないのに無理をしても、と思ってくれたらしい。
筆頭も学校での生活を心配してくれていたが、現段階でそこまで困っていないのなら、と頷いてくれていた。
今は大変だろうけど、クラスに馴染めばお友達もできるだろう、という結果に落ち着いたのだ。その結果予定していた次のランチ会はお流れになった。
私はそこで話が終わりだろうと思ったけど、そうではなかった。侯爵家のお嬢様から令嬢へ、私ともう一度会うチャンスが欲しいとお願いされたという話が来た。
前回は令嬢経由だが私が誘ったようなものだ。次はお嬢様から声がかかって、嫌だというのもどうだろうか? という話になり。その結果お嬢様とランチをすることになった。
小動物のように小さな可愛い感じのお嬢様とランチをすることになった。緊張している様子に変わりはなかったけど、前回よりはお話をすることができた。
本人も前回は緊張していたのだと話してくれた。
緊張しながらも前回のことを自分から話してくれたおかげで、実は私も緊張していたのだと白状した。
その事がきっかけで前回の失敗を笑い合うことができて、仲良くなることができたのだ。
ランチ会の席には姪っ子ちゃんもいて、姪っ子ちゃんはもともと人とは仲良くなろうと積極的なタイプなので、お嬢様とも問題なく仲良くなれていた。
その様子を見ていた令嬢もホッとしている様子だった。
私のことで心配をかけて申し訳ないと同時にありがたいと思ってしまう。
小さなことでも心配してくれる人がいることは嬉しいことだ。
ランチ会で仲良くなった話を筆頭にしたら、筆頭も安心したようだ。お友達も増えたのでお友達問題は本当に、これで終了となった。
私はこれで筆頭や令嬢に心配かけなくてすむと安心することができた。
そんなこんなでランチ会を過ごす中で休日の過ごし方が話題にあがる。
私は読書や料理が基本であることを話していると、お嬢様が料理に興味を示した。やはりお嬢様も料理に興味があるようだ。
自分の中に経験がない事に興味を持つのは普通のことだと思う。私はお嬢様の興味に理解を示しつつも、かと言って、いきなり一緒にお菓子を作りましょう、と言うわけにもいかなので、できることといえば料理のエピソードを話すことくらいだった。
それでもお嬢様は嬉しそうに聞いてくれて。
お嬢様のお嬢様たる所以を見た気分だった。
私の周囲にはいないタイプだと思ったけど、その感想は間違えていなかった。純粋培養のお嬢様だ。以前も思ったが守ってあげたいタイプだ。
私はそんな感想をいだきつつ、このタイプはどう接するべきだろうか? と思いながら過ごすことになった。
まあ、ここまでは珍しい話ではない。どこにでも転がっている話だ。問題はここからだった。
私の家庭菜園に殿下への協力をお願いすることになった。そこまではいい、いや、よくはないけど、まあ飲み込める。私もいいよ、と言ったわけだし。
問題は、その話がダンスの定期練習会で話されたことにある。
これは隊長さんの意図がどうなっているかわからないけど、そうなった。
私は、その場で話されるなんて想像もしていなかったので誤魔化すこともできず、お願いしますとしか、言えなかった。
殿下はその場で快諾、笑顔付き。任せてくれと言わんばかり。
私はひきつる笑顔を気が付かれないようにするしかなかった。
こんなにあっさり引き受けるとは想像もしていなかった。私の予想では隊長さんのお願いだから渋々とまではいかなくても、仕方がないという空気感のもとに引き受けると思っていたのだ。
しかし、話はここで終わらなかった。
ダンスの定期練習会だ。その場には令嬢も姪っ子ちゃん、次男くんもいるのだ。家庭菜園に興味津々だった。
家庭菜園とは? という質問に始まり、何をするのか? どこでするのか? と質問攻めだ。
そう、家庭菜園に興味を示したのは、次男くんもだったのだ。どうしてここで君が反応するかな? と思ったけど、聞かれてしまったのに嘘もつけず。
離宮の裏手にある空き地?で家庭菜園を作るのに殿下に協力をお願いしたことを話すと、次男くんも「力仕事ならお手伝いします」と協力を申し出てくれた。ここで、いらないから、と言えないのが私のチキンな部分だ。好意を無碍にできない。
そうなると令嬢も姪っ子ちゃんも手伝うと言い出して。
確かにあの広さなら草むしりの協力はほしいところだ。あの広さを一人で草むしりはしたくないし、殿下と隊長さんと3人で過ごすのは精神的につらい。私の打算が働き、草むしりになるけど? と聞いたら問題ない、と満面の笑み、姪っ子ちゃんなんて、初めてだから楽しみです。と大喜び。
草むしりで大喜び? なぜに?
なんでこのメンツ? というか、隊長さん、どうしてここで話した?
というわけでダンス教室の面々で家庭菜園をすることになった。
ここにお嬢様が加わったのは、まあ、全員で参加するわけで、そうなるとランチ会の話題にもなるわけで、となれば興味を示さないはずもなく。
冒頭に戻るわけだ。