美味しいお昼を食べよう。護衛騎士さんの場合
美味しいお昼を食べよう。護衛騎士さん達の場合
「みんなで分けるように」
姫様からのお言葉だった。俺ともう一人の前には大きなランチボックスが2つある。
姫様からのお言葉だが、これは本当にいただいて良いのか? 隊長の前だが迷ったのは一瞬だった。宮殿内でも噂の広まっている姫様の手料理、それに今まで仕事中に散々いい匂いを嗅いできたのだ。このチャンスを逃せば次はいつチャンスが巡ってくるかはわからない。
本来なら辞退、と言う名のお断りをするべきなのだろうが、その考えは朝露のように消え去り、俺達の手はランチボックスに伸びていた。隊長に咎められるかと背筋が寒くなる気がしたが、言われたのは一言「わかっているな?」だった。要約すると残すな、だ。そんな事言われるまでもない。というか、取り合いになるのは目に見えていた。
自分の分をどうやってキープするか。そっちの方が問題だ。
俺たちは自分達の敷布の前に戻る。
今は護衛隊を2つに分けているところだった。先休憩と後休憩の2つだ。
姫様たちがお休みの間であっても護衛は必要だ。俺たちにも休憩は許されているので、その休憩時間を分けているところだった。俺は姫様に呼ばれていたのでどっちになったかは知らない。
俺の休憩を確認するよりも早く、全員の目が俺たちの手に持っている物に注がれている。目は口ほどに言う。早く中身を見せろ、だ。視線の圧に耐えられず、姫様のお言葉とともに敷布の上に下ろすと今この場にいる全員がランチボックスを取り囲んだ。
周辺の確認に行っている者たちもいるので、そいつらも帰ってきたら驚くことは間違いないだろう。
残りのメンツ全員で息を飲む。これが噂の、と誰かの言葉が口をついて出てくるのが聞こえた。
「これが姫様の」
「美味そう」
「足りるかな?」
「後休憩の分も残して置かないとだめだよな」
「そうだな」
「食べるなよ」
「全員分だからな」
後休憩の牽制が始まる。
そうしていると周辺確認に行っていた連中も戻ってきた。そして敷布の上にあるランチボックスを凝視して、残っている連中に説明を求めてくる。当然のことだろう。そして俺は隊長から姫様のお言葉を伝えた。
戻ってきた連中からどよめきが上がった。その理由は二つ。一つはランチを分けていただいたこと。もう一つは姫様の手料理だと言うことだ。どよめかないはずがない。
大きなランチボックスだ。全員のランチと言うよりは、おかずがメインに入っているようなので、おかずを分けて頂いたような感じなのだろう。
騎士職は身体を使う仕事だ。当然日頃の訓練は欠かせない。身体を鍛えるのも仕事の内なのだ。そうなると、いつでも空腹だ。
その我々の前にこんな美味しそうなご飯があれば、取り合いになるのは必定だろう。
一人が呟いた。
「野外訓練のときに隊長が作っていたのって、姫様から教えて頂いた料理って言ってたよな?」
「ああ。肉味噌炒めな」
「美味かったよな」
「「ああ」」
野外訓練の時に食べた肉味噌炒めの味を思い出したのか、全員がランチボックスを見た。そして全員が口腔内に溜まってしまった唾液を飲む。
「これ、食べていいんだよな?」
「いいけど、残しておけよ? 全員分だからな」
その言葉に否定の言葉は返ってこなかった。
ここで欲望のままに後休憩の分を残さなかったら隊の絆にヒビが入るのは必定だ。
なにせ今日は休みの人間もいるのだ。全員で護衛にあたるわけではない。そうなると休みの連中からのやっかみも考えられる。せめて今日出勤している人間だけでも一致団結しなければならない。
ただ、ここで大きな問題がある。
この美味しそうなおかずをどうわけるか、だ。
全員に同じように分けるという手段もあるが、量を考えると難しいだろう。それよりは好きそうなものを分けるのが得策な気がする。
今度は違う理由の牽制が始まった。お互いがお互いをチラ見している。
ここは俺が先陣を切るべきだろう。
「これって全種類気になるけど、量を考えて好きなのを選ぶようにしないか?」
「でも、それって好きなものがかぶる気がする」
「確かに」
ここで、もう一度お互いを見合っている。どうしようか?
自分が好きなものを食べたい。それに量もほしい。俺たちの欲望が如実に現れた。
迷った末、後休憩の一人が言い出した。
「じゃんけんで決めないか? このままだといつまでも決まらない。量は、そこは人の良心を信じよう」
さり気なく釘を刺す。こんな事を言われては暴走もできない。全員見合ってうなずいた。下手なことをしてお互いの信用を無くすくらいなら節度ある対応をするだろう。お互いに。
そして、熾烈なじゃんけん大会が始まった。
「よし。俺が一番だ」
俺の横でうなだれている隊員がいる。こいつが最後になった。ガッカリ感が肩の落ち具合でわかる。だが、代わってやる気はなかった。姫様のお手作りを食べたい。そして、好きなものを一番に選びたいのだ。
思いは全員同じなのだろう。同情はするものの、順番を代わってやるやつはいなかった。そして最後のやつも代わってもらえないのは承知だろう。自分だって代わらないのだ。人に代わってくれとは言えないのだ。
俺は先休憩の上に一番におかずを選べたので、文句はなかった。どれもこれも美味しそうで、選ぶのに苦労した。
その上、迷っていると他の奴らが、自分が欲しい物以外を勧めてくるので、さらに迷う羽目になる。
普段はそんな事をしない連中なのに、姫様の手料理に目がくらんだんだろう。気持ちは理解できる。俺も同じことをするだろう。
その中で自分の分を選ぶのだ。その場にいる全員からの視線が痛かった。
物理的に刺さっている気がする。
先休憩組はそのまま休憩となった。姫様のお帰りの時間は決まっていないが俺たちの休憩時間は決まっているので、その予定は変わらない。
俺は支給されているおかずとともに姫様から頂いたおかずを並べる。
支給されているのはパンと干し肉だ。宮殿内であるが、俺たちは任務中でもあるので食事を楽しむ環境ではない。
あくまでも、護衛任務が優先なのだ。食事は空腹を紛らわす程度のものでしかない。
「「うまい。初めて食べる」」
「幸せだ」
思わず大きな声が出てしまった。
ここが庭園だから油断してしまった。護衛騎士隊に配属された者としてあるまじき態度だ。隊長がこっちを見たのがわかった。全員にその視線が感じられたので肩をすくめ小さくなる。身体が大きいので小さくなっても意味はないのだが、気分の問題だ。
全員が慌てて下を向く。隊長は姫様についているので、こちらに来ることはないだろう。帰る頃にはこの事を忘れてくれることを願うばかりだ。多分、無理だろうけど。そう願っていた。
うちの隊長は貴族様だけど、わりと俺たちに気を使ってくれている。身分に厳しい部分もあるし、優しかったり親しんでくれるような事はない。
だが、それでも俺たちに気を使ってくれたり、不便がないように考えてくれたり、隊内で身分を振りかざすようなヤツがいないか気にしてくれている。
ウチの隊はいろいろ注目されている。注目されていると言ったら、隊長自身が有名人だ。陛下の親戚である事と高位貴族の出身で跡取り、擦り寄りたいやつは大勢いる。
そんな理由で入隊したい人間も大勢いるのだ。
そんな隊長が隊の主義として掲げたのが、実力主義、隊内は平等、身分を問わない、というものだった。
身分はあくまでも宮殿内や、領主の仕事の関係で必要なものであって隊内では必要ない、全員平等を宣言する。それに納得できない人間は、ウチの隊には入隊はさせない。純粋に実力主義だ。そう隊長は宣言していた。
そんな理由もあってウチの隊は色々な意味で注目されている。
隊の主義の関係もあって、ウチの隊には貴族じゃないやつが大勢いる。貴族もいるが、ごく少数で気のいいやつが多い。初めは身分をひけらかすヤツや、平民の俺たちをこき使うヤツもいたりしたのだが、隊長が面談するとその後に自主的に退職していった。理由は分からないし、話された事はないが理由があるのだろう。
お陰でこの隊に限っては平民から人気の職場だ。調べられたことはないけど、宮殿内では一番ではないかと思っている。
隊長のおかげで職場環境はいいし、姫様のおかずは美味しいし。この隊に就職できて良かったと思う。
姫様から頂いたおかずは1種類では寂しいので、2種類を少しずつ選ぶことになった。
俺が選んだのは黄色いふっくらして美味しそうなものと、からあげだ。この黄色いやつは知らないが、唐揚げは商人殿から聞いたことがある。鶏肉を味付けして揚げたものだそうだ。信じられないくらい美味しいそうだ。商人殿のお店で販売しないのか聞いたところ、味付けが難しく、姫様の味を再現できないので見送っていると言っていた。今は研究中らしい。完成したら実演販売をする予定だそうだ。
俺はその日を楽しみにしていたのだが、姫様が作られたものを食べられるとは思ってもいなかった。
今日、出勤で良かったと本当に思う。天気はいいし。乗馬で走って気持ちはいいし、おかずを分けていただいて満腹だし。本当に言うことのない日だ。
また、こんな任務がないかな? その時は真っ先に手を上げるのに。
俺はそう思いながら他の連中と話をしながら休憩を満喫した。