気分転換って大事だよね 3
全力疾走というわけではないけど、かなりのスピードが出ていると思う。
蹄の音と流れていく景色がそれを証明している。
その中でも隊長さんを始め全員余裕そうだ。つまり全員馬に乗ることに慣れていて、乗れないのは私だけ、ということなのだろう。
まあ、私は乗馬を習っていないので今からだと思って頂きたい。
不安で力いっぱい握っていた隊長さんの服を掴む手を少し緩める。隊長さんがしっかり抱えてくれているので落ちないとわかったからだ。
そうして今度は周囲を見回す。全力疾走というわけではないので、少しだけ見回す余裕があるのだ。景色が後ろに流れていくのを見ながら少し疑問に思う。こういった外出のときはもう少し景色を楽しむためにゆったりと走るものではないのだろうか?
ここまで早く移動するものだろうか?
私の疑問が行動に移っていたらしく、自然と首を傾げていたら隊長さんが気がついてくれた。
「どうかなさいましたか?」
「普段からこんなに早く走るものなの? もう少しゆっくり移動するものだと思っていたのだけど」
「速すぎましたか?」
「景色を楽しめないなって思って」
「申し訳ありません。庭園の奥の方ですと少し走らせないと昼前に着けないので。もう少し距離が稼げれば、ゆっくりと歩かせることができます。しばらくお待ちください」
「わかったわ」
私はわかったと返事をしながら、庭園の奥に昼前に着けない、という情報を処理できないでいた。どういう事?
馬で速めに走らせないと着かない、多分途中までなのだろうけど。そうしないと着けない、ってどれだけの距離があるんだろう? ここは北海道か。と心の中でツッコミを入れつつ馬を歩かせる所まで待つことにした。
どのくらい走ったのか分からないが途中から歩き始めた。全員が並足になったので隊長さんに確認する。
「もう歩いて大丈夫なの?」
「はい。その先から木の数が減っているのがわかりますか?」
「ええ。原っぱになるのかな?」
「そうです」
隊長さんの指さした先から木の数が減って草原になっているのが見えた。そこが目的地? と思ったが違うだろう。途中から歩かせても間に合うと言っていたので違うはずだ。
どんな場所なのだろうか? 着くまでの楽しみだと思って情報は何も入れなかったが、こうなると気になってくる。
「ねえ、そんなに遠くに行くの? 庭園の中って聞いていたのだけど」
「はい。庭園の中ですよ。少し奥の方なのですが、池があって小さな森というか林があります。木陰もあって気持ちの良い場所です」
「隊長さんも知っている場所なのね」
「宮殿内で知らない場所はありません。何かあったときの対応ができないので把握している必要がありますので」
なるほど。隊長さんは仕事に対して真面目なのは知っていたけど、宮殿内のすべてを把握しているわけだ。立派だわ。
感心している間も着々と進んでいて原っぱから、また小さな林の中へ入っていく。庭園と聞いていたから整備されている場所を想像していたが、ここは自然を活かした場所のようだ。
私は周囲を見回しながら水音に気がついた。
「水の音がするわ」
「その先が池になっています」
隊長さんが言うように池が見えた。そこは林の中の開けた場所だった。大きな池だけど端の方までしっかり見えていて湖、というよりは池という方が正しい感じがする。
池と言ってもそこそこの広さがあるのでボート遊びなどはできるようだ。端の方に小さな船着き場というか乗り場があって、その横にボートが停めてある。
ボートを横目に見ながら到着したようで隊長さんが私を降ろしてくれた。どこからか踏み台が出てきたので持参していたのは間違いないだろう。大荷物で申し訳ない。
降ろしてもらいつつも周囲の観察には余念がない。
初めての場所なので気になることが沢山あるのだ。
池も大きいけど水は綺麗だった。水は澄んでいて魚が泳いでいるのが見える。淡水魚で間違いないだろう。
食べる気はないのだが、食べれるのかは気になる。池の中を覗き込みながら水が澄んでいるのも気になった。池の水は入れ替わりがないので淀んでいる方が自然だ。もしくは綺麗なのは上の方だけとか下の方は見えなかったりする。どうしてなんだろうか?
私はその事に疑問を持ちながら周囲をさらに見回す。
林の奥の方も木々に囲まれていて見えない。私の感覚では林以上森未満、といったところだろうか。これだけ木に囲まれていれば自然動物もいそうな気がする。
「池の水も綺麗だし、ボートにも乗れるのね」
「はい。ここまで来る方は稀ですが、気分転換には良い場所かと」
「筆頭も知っていたのね。綺麗な場所だわ。ありがとう」
私の後ろで騎士さん達を監督しながら座る場所を作る筆頭に声をかける。
「いいえ。この場所を勧めてくださったのは隊長様です。気分転換の場所を相談しましたら、ここが良いだろうと」
「そうだったのね。静かだし、綺麗な場所で素敵だわ。ありがとう隊長さん」
「お気に召していただければ幸いです」
隊長さんは良かったと安心したような笑顔を浮かべ私を敷布へエスコートしてくれた。
今からお昼だ。ちょうど良い時間になったので、散策は昼食を終えてからとなった。
「これらは姫様がお作りになったのですか?」
「そうよ。久しぶりの外出で嬉しくなって張り切ってしまったの」
私は自分の嬉しさをお弁当で感じてもらえたようだ。だが二人はどちらかと言うと量の多さに目を奪われているようだ。
シートというか厚手の絨毯というか敷物をひいた上に私は思いっ切りお弁当を広げた。
ランチボックスの大きいバージョンをいくつも用意してその中に詰め込んだのだ。
お弁当の中を覗き込んだ隊長さんが顔をほころばせたのを私は見た。良かった喜んでもらえたようだ。
私は嬉しくなり筆頭も敷物の上に引きずり込んでお弁当の説明を始める。
「隊長さんも筆頭も、座って。早く」
「しかし、わたくしはご一緒するわけには」
「この量を私が一人で食べれるわけはないでしょう? これは全員分なの」
筆頭だけではないと強調する。全員分に反応したのは隊長さんだ。そう、この量は三人でも多い。健啖家の隊長さんが含まれていても多いのだ。
「今日の分は護衛騎士さん達の分もあるわ。と言ってもおかずの足しにしてもらう分くらいしかないけど」
護衛騎士さんの分を考えると量は少ないと思う。本当に腹の足し、といった感じだ。
私の説明が聞こえたのか後ろのほうが少しがやがやしている。その珍しい反応に私は振り返った。それと同時に声がピタリと止む。なんかのコントみたいだ。
私は2つ残っている開いていないランチボックスを取りに来るように護衛騎士さんにお願いする。隊長さんに頼まなかったのは必要ないと言われる気がしたからだ。必要あるか、ないかは関係ない。いつもお世話になっている騎士さんたちに少しでも感謝を伝えたかったのだ。
彼らに関わる機会は少ない。そのチャンスを活かしたかった。
「騎士さん達、ちょっと取りに来てもらって良いかしら?」
「「はい」」
一番近くいた2人の騎士さんが来てくれた。その二人にランチボックスを指し示す。2人はランチボックスに目を輝かした。
2人は隊長さんが気になるようでチラ見する。何か小さく呟いていたようだが、私には聞こえなかった。
2人は恐縮しながら、遠慮とためらいを織り交ぜたような雰囲気を醸し出しながらも促すとランチボックスに手を伸ばす。
「ありがとうございます」
「いただきます」
そんな二人に隊長さんからも一言。
「姫様のお気持ちだ。わかっているな?」
「「勿論です」」
今度の返事も気合が入っている。というかおかずごときで部下を脅かすのは、やめていただきたいと思う。こんなに脅すほど大層なものは作っていないのだから。
私は却って申し訳なかったかな? と心配になっていたが2人の護衛騎士さんたちは足取りも軽やかに仲間の元へ帰っていった。そして彼らの敷物の上にお弁当を広げている。
少し低めのどよめきが聞こえてくる。そしていくつかの言い合いも。
「俺らの分も残しておけよ」
「わかってるって」
「大丈夫だって」
「本当だろうな。残ってなかったら恨むからな」
言い合いが聞こえてくる。その声は勿論隊長さんにも聞こえていた。余すことなく。
隊長さんは恥ずかしそうだ。心なしか頬が赤い気がする。だが、男の人の食事事情なんてあんなものだと思う。特に体を使う仕事だ。お腹も空くだろう。おかずは少しでも残しておいてほしいと言うのは普通のことだから、そんなに恥ずかしそうにしなくて大丈夫だよって思ってしまう。
「申し訳ありません。姫様。お聞き苦しいところを」
「別に気にしていないわ。男の人だものお腹が空くのは普通のことだし。仕事がら体を使うしね。珍しい事ではないと思うわ。だから、隊長さんも筆頭も気にしなくて良いわ」
「しかし、姫様もいらっしゃいますのに」
「確かに、筆頭殿の言うことは間違いない」
「二人共、気にしすぎよ」
「しかし」
2人は護衛騎士さん達の態度を問題にしているようだ。まあ、一人はマナーの講師もしているし、もう一人は高位のお貴族様だ。マナーにうるさいだろう。無理もない話だ。
私はその時に気がついた。護衛騎士って貴族様が多いもんじゃないのかな? 貴族だったらもう少し人前では取り繕うような?
その事に気がついた私はその疑問を隊長さんにぶつけてみる。私の質問に苦虫を噛んだような表情になった。答えたくないのだろうか? そうなるとますます気になる。私は小首をかしげていると諦めたような様子の隊長さんは答えてくれた。
「姫様。私が率いる護衛隊はちょっと特殊でして」
「特殊?」
私のオウム返しに頷きで答える。何が特殊なんだろう? そう思っていたら筆頭は答えを知っているのか、かわりに教えてくれた。
「隊長様の部隊は実力主義なのです」
「実力主義?」
良いことではないだろうか? 結局身分だけでは入れない。認められた者しか入れないということだろう。
「良いことよね? 身分の贔屓がなくて自分の実力で入るということでしょう?」
「はい。希望した人間は全員試験を行います。そうなりますと、まあ、生い立ちもバラバラでして」
「なるほど。隊長さんとは違う部分が多いというわけね」
私の言葉に筆頭が追加で説明をしてくれる。
「隊長様の護衛隊は街育ちの方が多いのです。というか、隊長様以外は街育ちの方がほとんどですわ」
「本当に実力主義なのね。安心だわ」
私が肯定的な意見を述べたことに対して2人は困り顔だ。
おや? 私が街育ちの人は嫌だと言うとでも思っていたのだろうか? それは心外だ。
ていうか、今までの私を見ていてそんな事を思うと思ったのだろうか?
「私が気にすると思ったの?」
「いいえ」
「そんな事を考えたこともありません」
「じゃあ、何が気になるの」
私の追求に隊長さんはためらいながら言葉を紡ぐ。
「どちらかといいますと、逆ですね」
何が言いたいのだろうか?
「姫様の事です。逆に気楽に話せそうと言われるかと思いまして」
そっちか。有り得そう。気軽に付き合えそう、そう言う自分が想像できる。隊長さんの言うことは間違っていない。だが、それが問題だというのだろうか? 私の考えを見透かしたかのように筆頭が付け加える。
「管理番殿や商人殿たちと楽しそうに過ごされる姫様ですので、護衛騎士たちと気軽に話し出しそうな気がしまして」
忘れていたが、それは問題になりそうだ。声を簡単に聞かせては問題があるとマナーの授業で習っていた。離れにいる頃は挨拶をされてもうなずくだけの返事しかできなかった。
今も側仕えの筆頭や隊長さんなどの至近距離で仕える人と以外は話すことが殆どない。
令嬢や姪っ子ちゃん、トリオは別だ。お客様枠なので問題ない。
護衛騎士さんたちが気軽に話せるとなると気楽に話しかけてしまいそうだ。
それを危惧していたのか、私の事をよくわかっているな。
私はウンウンと頷きそうになるのを我慢した。
この話を追求すると墓穴を掘りそうなので、話題をお弁当に変える事にする。
「2人の心配していることはよくわかったわ。それよりもお弁当の方を食べてほしいわ。頑張って作ったのよ。一緒に食べましょう。筆頭は毒見をお願いね」
私は筆頭が同席できないと言い出す前に釘を刺す。
私が作ったものなので毒見は必要ないのだが建前というものが必要だ。これで筆頭は断れないのだ。そして隊長さんは断るという選択肢が初めから存在しない。
みんなで美味しいお昼を食べよう。
私は取皿を配った。