お友達紹介のその後で
隊長さんが歩いてくる様子が見えた。そして廊下にいる私を見て少し目が細くなった様子。なぜ廊下にいるのか不審に思ったのだろう。
その次に私と話をしている侯爵家のお嬢様を確認して危険はないと判断したようだ。歩調に変化はなかった。
「姫様。お待たせいたしました。申し訳ありません」
「いいえ。時間通りよ」
「廊下にいらしたのでお持たせしたのではないかと。なにかございましたか?」
前半はさりげなく教室にいなかった事を軽ーく咎められ、後半は目新しい顔にわずかばかりの警戒感を覗かせている。侯爵家のお嬢様に視線だけを向けながら確認をしてきた。
教室から出てくるなど普段ない事なので理由が気になるようだ。だが同級生同士。廊下で話をするなど珍しくない。そんな事で目くじらを立てないで欲しいと思うが、そうはいかないのが身分というものだろう。
隊長さんの心配を取り除くのは私の役目だ。
「いいえ。なにもないわ。また一緒にランチをしましょうって話をしていただけよ」
「そうなのですね。彼女は侯爵家の」
高位貴族あるあるなのか。貴族として当たり前なのか。彼女の事は知っている様だ。スクリーニングもしているし、見知った顔なのなら目くじらは立てないでもらいたい、そう思うのは我儘なのだろうか。
「そうよ。今日、ご令嬢から紹介していただいたの」
「はい。聞いております」
「そうなのね。ならいいわ。また今度もランチをしましょうって話をしていたのよ」
「そうですか。安心いたしました」
そう言った隊長さんは小さなお嬢様に軽く会釈をした。
私は、安心したという隊長さんにニッコリと笑って見せる。そして会釈をしたので、このまま挨拶をしてくれると思ったらそれ以上の反応はなかった。
通常運転の隊長さんは私に帰宅を促した。
安心したと言う割には小さな令嬢への挨拶をしない隊長さんへちょっとむっとする。
ちょっと待とうか。会釈の次は挨拶でしょう。こんにちはもないわけ? どういう事?
前回の事、次男くんの件を忘れたのだろうか? いくら隊長さんが年上で高位貴族のトップに位置するとはいえ彼女は侯爵家だ。侯爵家は貴族社会でも高位に位置するはず。隊長さんの態度は問題にならないのか?
だが前回同様、どちらも気にしてはいない様だった。気にしているのは私だけだ。
隊長さんが前回の事を思うように私も前回の事を教訓にしている。今ここで確認をするのではなく、帰ってから隊長さんに真意を確認してみようと思っている。
納得できなかったら、今度こそ説教案件だ。
私は心中で握りこぶしを突き上げながら、促されるままに帰路に就いた。
私は馬車の中で隊長さんと向き合い侯爵家のお嬢様への態度を確認する。
隊長さん自身も高位貴族のトップの家柄だ。彼女の事を歯牙にもかけていないのだろうが、どんな身分であっても友好な人間関係は基本だと思う。媚びへつらえ、とは言わないがもう少し穏やかな対応はできないものだろうか? 精神的に年上の私としては心配な事だ。
小さな事かもしれないが、人間関係は小さな事でこじれるものだ。
私が知っている話では、女性関係の問題とか、食事のメニューや出される順番で揉めたとか、酷い時はそれが原因で戦争になったとか、そんな話を聞いた事があるし本で読んだこともある。
回避方法としては簡単だ。事情が話せるほどの友好関係を持っておくことだ。話さえできれば100%ではないがある程度の回避はできると思う。
そのためには常日頃の態度が大事だ。愛想を振りまけ、とは言わないが最低限の挨拶程度はしていただきたい。相手が誰であっても、そうあってほしいと思っている。
というわけで隊長さんの真意を聞いておきたいと思う。
「ねえ、隊長さん。どうして侯爵家のお嬢様に挨拶をしなかったの? 年下だから? 女の子だから? 理由があるの?」
「なにか問題がありましたか?」
「前も話したと思うけど、挨拶は人間関係の基本よ。挨拶は大事じゃない?」
「そのことですか? 会釈はしましたよ?」
初めは不思議そうな隊長さんだったが挨拶の事を持ち出されると、ドヤ顔の隊長さんの発言が返って来る。確かに会釈はしていた。そこは認める。間違っていない。こんにちは、とは言わなかっただけだ。
これは隊長さんからすると進歩なのだろうか。
次男くんの時は認識して誰なのかを確認していたけど、それだけだった。今回は認識して確認して会釈をした。確かに行程的には一つ増えている。進歩していなければ問題だが、進歩していることを考えると一概に問題だとも言いづらい。
どうしたものか?
「次男のときに姫様から同様の事を指摘されましたので」
「そうね。覚えてくれていて嬉しいわ」
そう言うしかなかった。隊長さんはドヤ顔のまま偉いでしょ? と言わんばかりに笑顔だ。何ならシェパード犬の尻尾がふさふさと揺れているような気がする。「褒めて」と言わんばかり。
こうなるとだめだ。認識が違いすぎるのでこれ以上は先に話が進まない。
確かに隊長さんからしたら頑張った。そこを認めて次につなげよう。
私はそう考え直し隊長さんを褒めることにした。
「そうね、隊長さん。進歩したと思うわ。ありがとう、覚えていてくれて」
「姫様が随分と気にされていましたので。姫様の護衛である以上はその意志に沿うつもりですので」
隊長さんなりに気を使ってくれて、私の考えに合わせてくれていたらしい。その気持ちはありがたい。その言葉に沿って私はもう一つお願いすることにする。
「隊長さん。できたら、次は声もかけてくれると嬉しいわ。声掛け一つで印象は大きく変わるもの」
「そうですか? まあ、印象は変わらなくても問題はありませんが。それよりも私の印象が変わる方が問題かもしれません」
「どうして?」
「私が馴れ馴れしくすると、私も相手も面倒になることが多いので」
「そうなの? どうして? 問題になるの?」
「こう言っては何ですが、私と親しくしていると得をする、と思っている人間が多すぎまして。そうなると私と知り合いになるために、私と親しいと思われる人間に取り入ろうとするのです。そうなると【挨拶ぐらい】と思われるかもしれませんが、私から声を掛けたという事で。まあ、ご理解いただきたいです」
「そうね。理解したわ。挨拶ぐらい、と思っていたけど。隊長さんは面倒な立場にあるのは理解していたけど認識が甘かったみたい」
「ご理解いただいてありがとうございます。今後は姫様にも気をつけていただく必要があります。その事も併せてご理解ください」
「私も?」
「はい。場合によっては私よりも注意が必要だとおもっています」
隊長さんの話にまさか、と思ったが有り得る話だった。
私も曲がりなりにも立場上は尊重される必要がある立場だった。認識に慣れないが、つい先日も気をつけなければと思ったところだったのだ。隊長さんは事あるごとに私の認識を改めるように促している。それが必要な事で、私が危険になると思っているのだろう。貴族社会の上位に位置する人間として私の危なさを心配してくれているのだと思う。
私が隊長さんの心配をするように、隊長さんも私の心配をしてくれているのだ。
ここは私も隊長さんの忠告を有難く聞いておこう。
今回の件、馴れ馴れしいと礼儀は別物だと思うが、外からの見分けはつきにくい側面もあるし、都合の良いように取る人もいる。
隊長さんはそこを踏まえて私に合わせてくれたのだ。ありがたい話だ。
それに隊長さんには隊長さんの立場があるのだ。私の護衛だけが立場ではない。そこはわきまえる必要があるだろう。
隊長さんの立場と有難さを実感している頃ちょうど離宮に着いた時だった。隊長さんの話だけで帰りの行程は終わってしまった。
侯爵家のお嬢様の話はできなかったが丁度良い。筆頭と一緒に話をしてしまおう。