災難は思わぬところからやってくる
私は今、喉から心臓が飛び出そうなほど緊張している。
その理由は簡単だ。今からダンスの授業が本格的に始まるからだ。
私のクラスに関しては経験者ばかりだろう、という理由で基本的な事は復習しないらしい。できる事に時間は割かない、ということなのだろう。
できない人間がいたらどうするんだ。私みたいに。皆が皆、なんでもできると思うなよ。と言いたい。
いまからできずに恥をかくであろう事を予想しているので、悪態をついている。
できれば練習会の成果が出れば良いな、と思っている。
特別棟の練習室、男女の生徒がペアになり並んでいる。
胸の内でグジグジ言っている私の横には次男くんがいる。
心なしか次男くんの表情が優れない。
もしかして私のダンスが下手という噂が出回っているのだろうか? そのせいで気持が浮かないのだろうか? そうだとしたら、どこから噂が出回ったのだろうか?
令嬢や姪っ子ちゃんは考えられないから、殿下からだろうか?
考えが後ろ向きになっているためか、真偽不明の事まで真実と思い込む有様だ。
次男くんの顔色が優れないように私の表情も優れないはず。練習はしたものの、どこでミスをするかわからないし、間違って覚えたステップを踏む可能性だってある。
その辺を考えると緊張せざるをえなかった。次男くんには鉄板入りの安全靴でも履いてほしい気分だ。
「では、練習曲から始めましょう」
先生の一言で練習が始まる。
かかった曲は練習会で散々練習した曲だった。
殿下から聞いた話だが、この曲は練習に使われるメジャーな曲なのだそうだ。
初めに習う曲なので知らない人はいないらしい。私も初めての時、この曲で練習したので納得できる話だった。
緊張から心臓がバクバクしている。
殿下はゆっくり動くようにしてくれたが、今回は普通のスピードだ。大丈夫だろうか?
不安を抱えながら次男くんと向かい合わせになる。
よく考えると練習なしに踊るのは初めてではないだろうか。デビューの時はご夫君と踊ったが、あの時も一緒に踊るからと初対面の時に、少しだけ練習に付き合ってもらったのだ。
こうして考えると、初めて練習なしに踊る人だと思うと更に緊張が高まる。
次男くんと向かい合ってペアを組む。
そのときに次男くんからこっそり話しかけられた。
「姫様。申し訳ありません。僕はダンスが得意ではないので、失礼な事があるかもしれません。先にお詫びを申し上げます」
「気になさらないで。苦手なのはわたくしもよ」
「そうなのですか?」
次男くんの表情が曇っていたのはダンスが苦手だったからのようだ。私も同じ気持ちなので理解ができる。
次男くんの曇っていた表情が少しだけ輝いた。私も仲間を見つけた瞬間だった。同じように顔が輝いていたかもしれない。
無言で頷き合う。仲間ができた瞬間だった。
曲に合わせて踊り出す。本来ならスムーズに踊らなければならないのだろうが、私も次男くんもダンスが苦手なためスムーズに動けない。そのため曲とテンポが合っていなかった。だが、私達にはそれが精一杯だったのだ。本来ならにこやかな表情で踊らなければならないのだろうが、我々にはその余裕がない。にこやかな、のにの字もなかった。必死過ぎて顔が怖くなっていると思う。
私達の表情が良いものではなく、ステップも褒められたものではないので、目立つのだろう。
先生から注意がなされる。
「お二人とももう少し表情を良くしてください。もう一点はテンポがズレているので注意してください」
「申し訳ありません」
「注意します」
私達は謝罪するしかなかった。だからと言ってダンスの腕前が良くなるわけではない。
何回も踊るが状況は変わらない。先生は上手に踊れない私と次男くんに不思議そうだ。どうしてできないの? って感じになっている。普通にヘタだと思ってもらえないらしい。
注意される度に謝罪する。しかも注意される内容に変化はない。先生も変化のない私たちにイライラし始める。無理ない。言っては何だが、学年首席と次席だ。こんなにもダンスができないとは思っていないだろう。
ここは正直に告白して理解を求めるほうが賢いかもしれない。
そう判断した私は、正直に告白することにした。
「先生。じつは」
「申し訳ありません」
私の言葉に被せるように次男くんが話し出す。
「僕がステップが踏めなくて姫様にご迷惑をかけているのです」
「そうなのですか? ダンスは基本ですよ」
「申し訳ありません」
次男くんは謝罪をしている。その上、私にまで謝罪を始めた。
これは私も苦手だと告白しておこう。次男くん一人に押し付けるわけにはいかない。
「先生。苦手なのはわたくしもなのです。彼だけが問題ではありません」
「そうですか」
先生は私には穏やかな表情を向け。次男くんには厳し目な表情だ・・
これは、後から苦手だと話した私の言葉は、次男くんを庇っているように聞こえたのかもしれない。
失敗した。どうする? ここで言い募ると逆効果になりそうだ。私は口を閉じることにした。次男くん一人に罪を被せて申し訳ない気がする。
次男くんをチラ見する。次男くんは申し訳無さそうにして先生の方を向いている。悪いのは私も同じなのに。この場を収める方法が見つからず沈黙を保つしかなかった。
今日の授業はここまでとなった。私と次男くんのダメさ加減が暴露されて終わった感じだ。
最後の挨拶をして終了。
休憩時間になった。次男くんは他の男子生徒に囲まれる。どうしたんだ、とか。意外だ、とか言われていた。
意外に思ったのは私も同じだが、他のお友達も知らなかったようだ。確かにダンスは基本事項なので、できないことは恥ずかしくて隠していたのかもしれない。
気持ちはよくわかる。
私は集団に囲まれた次男くんに話しかけることもできず、教室に戻る事にする。
ちなみに、私へのお友達の紹介は行われていないので、現在進行系でボッチ生活だ。
お友達の話はどうなったのだろうか? 進捗状況を教えてもらいたいものだ。
今日はダンスの授業が最後だったので、後はホームルームで終了だ。
迎えに来てくれた隊長さんと帰りつつ、今日のダンスの授業について話をする。
ダンスできない仲間がいた件についての話だ。少し仲間ができて嬉しい気持ちもあるので、できない人もいるのだと言いたいとも言う。
私の話を聞いた隊長さんも意外そうだった。
「そうだったんですね。意外です」
「私もよ。勝手なイメージで悪いけど、ダンスは上手そうな感じだったわ」
「おっしゃりたいことはわかります。ですが、姫様も同じですよ」
「私?」
「はい。姫様がダンスができないことは意外でした」
「まあ、誰しも万能ではないからね」
話を締めくくったので終わりかと思ったら、隊長さんから意外な提案があった。
その提案を聞いた私はそれが良い事なのか分からなかった。そして、その提案を本人に決めさせることができない事も理解している。
というか、隊長さんが提案した時点で終わりな気がする。
その週末から、青い顔で練習会に参加する次男くんの姿があった。
巻き込んで申し訳ない。