思いつき小話 隊長とミールキット
いつも読んで頂いてありがとうございます。
今回は本編とは関係のないお話です。思い付き小話です。
本編を書いていて、煮詰まってしまいました。
なかなか思うように進まないので、小話を書いてみた次第です。
お付き合い頂けたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
「団長に注目」
草原の中で全体に号令が響き渡る。
500人を超える人間が騎士団長へ注目する。
今日は年に何回かある野営訓練の日だ。この野営訓練への参加は必須項目となっており、参加しないということはありえない。
護衛騎士部隊の隊長である私も当然だが参加義務がある。護衛が主任務であっても、いつ何があるかはわからない。最悪な事があれば、姫様をお守りしながら逃げなければならないことも考えられるのだ。それを思えばこうした野営訓練も必要な事だろう。とは言っても我が国に何かを仕掛けてくる国はないと思っている。
姫様は今頃どうしていらっしゃるだろうか? ご不便をおかけして申し訳ないが、参加しないわけにもいかないので、仕方のない事とわかっているのだが、姫様のことを思うと心配で仕方がない。
筆頭殿が付いているので、何も問題はないと分かっているが心配で仕方がない。
離宮に思考が飛びそうになっているので軽く首を振り、目前の事に思考を切り替える。そのために小さく息を吐いた。
まずは目の前の事に集中しなければ、野営訓練で怪我をしては元も子もない。
この野営訓練にはいくつかの意味がある。
1 実践感覚を培うため
2 集団で行動することで全体感をつくるため
3 野戦中に万が一はぐれても生き残ることができるようになるため
特に重要視されているのが3番だ。そのために野営中は自分たちで調理をする事は必須になっており、当番制で一部隊毎で調理をする事になっている。材料は現場調達する事もあるが、持参する事もある。それもランダムで決定する事になっていた。
料理の出来上がりは部隊毎に差が出る。
そこは当然だが、調理担当の腕によって個人差がでるのだ。当たりの時は問題ないのだが、酷い時は泣きたくなるほどで、言葉にできない。
今回は私の隊が料理担当だ。それが通達された時、私は姫様にお願いをした。野営でも作れる簡単な料理を教えてほしいと。
個人的なお願いで申し訳なかったのだが、野営中に美味しい食事を取れるのは大事な事だと思っている。食事が取れないと力が出ない。腹に入れば何でも良い、と言えばそうなのだが、できれば美味しいものを食べたいと思うのは人としての気持ちとして当然の事だと思っている。
と言っても、私がそう考えるようになったのは姫様の料理を食べるようになってからだ。
美味しい食事は気持ちをリラックスさせてくれる。頑張ろうと思わせてくれる。それはつらい状況に置かれる我々を助けてくれると思うのだ。
今回、姫様の知恵をお借りしている事は上層部には内緒だ。
調理についてはその部隊の裁量に任されている。必要と判断した物については持ち込みも許可されているので、許可を求める必要はないと判断したのだ。
隊の中では家の料理人に調理法を聞いてくる隊員もいる。相手が違うという点はあると思うが、自分以外の人間に知恵を借りるのは同じ事だろう。
私は許可されている持ち込みを利用して姫様に教わった物を持ち込んだ。
「隊長。よろしいので?」
「持ち込みは許可されているのは知っているだろう?」
「はい」
「姫様に教えて頂いたのだ。有効利用しない手はない」
「姫様に。頑張ります」
大勢の調理を担当しなければならないだけあって、調理には時間がかかる。普段なら簡単ではないこの作業が嫌になる。
救われるのは全ての料理を担当する必要がないことだ。全てを担当すると膨大な量を作らなければならないので、担当部隊は自分の隊と他の2〜3部隊の分を用意することになっている。
要は調理班はいくつかあるということだ。
私は姫様から教えて頂いたミールキットというものを用意していた。商人にも聞いた話だがこれは城下町でも知られてきているらしい。まだ主流ではないが簡単だと人気が出てきているようだ。
姫様にこの話を教えて頂いた時は驚いたが、用意も調理も簡単な事に驚き、使わない手はないと、今回の訓練に持って来ることにしたのだ。
説明を聞いた他の者達も、驚いていたがせっかくの手段だ。有効活用したいと納得していた。
隊員が全員並んでいる。そして私の話に聞いたセットを固唾を飲んで眺めている。
本当に簡単にできるのか、信じられないような雰囲気だ。
気持ちはわかる、私も教えて頂いた時は本当なのかと信じられなかったくらいだ。
私は全員の不安感が理解できるので実践して見せる。
「安心しろ。私でもできるくらい簡単だ」
そう声をかけると油をひいたフライパンの前に立つ。
フライパンが熱せられるとキットをそのままフライパンに開ける。
ジャーと小気味いい音がする。私はその音を聞きながらフライパンの中身を混ぜる。
私は技術はないので、そのまま言われた事をするしかできない。
肉の色が変わるまで炒める。
周囲には香ばしい匂いと、肉の焼ける匂い、そして味噌の匂いが広がっている。
私の隊の人間だけではなく、他の隊の者達もこちらを見ているのがわかった。
だが、その視線は無視する。
そのまま炒め続け肉の色が変わったのを確認すると、大皿に乗せた。
一つ一つは小さいのだろうが、人数が増え同じ動作をすると大きな音になるのだと感じた。そう、ゴクリと唾液を飲む音が聞こえたのだ。皿に載せた時は視線が一緒に動いていたのが感じられた。
私は一瞬吹き出しそうになったのだが、そこはこらえる。ここで笑おうものなら全員の視線が私に突き刺さることは請け合いだ。そんな事はお断りだ。
笑いを堪えると口の端がひきつるのが感じられた。時折姫様がおかしそうにしている事を思い出す。もしかしたら今の私と同じ気持ちなのかもしれない、そんな事を思ってしまった。
皿に載せた料理を眺めている中の一人が聞いてきた。
「隊長。これはなんという料理なのですか?」
「肉味噌炒めだ」
「味噌、ですか? 最近、聞いたことがあります」
「俺も聞いたことがある。スープに使っているやつだろ?」
「俺、食べた事ある。ウマいよ。クセになるんだ」
姫様の料理は城下で浸透しつつある。そのせいか食べた経験があったり、耳にしている者も多かった。
私はその味噌であると肯定しながら、もう一度同じものを作る。同時に他の調理担当の隊員も調理に取り掛かる。
2回目の時は周囲に人だかりができていた。私の担当の者たち以外の班の人間も来ていたのだ。
私はどうして他の隊の者達が来ているのかは分からなかったが、近寄ろうとする人間を私の隊員達が近寄らせない様に牽制していた。
「あんまり近づくなよ。隊長が作っているのは俺たちの分だぞ」
「いいじゃないか。見るだけだ」
「少し、味見だけ」
「だめに決まっているだろう」
「ケチだな」
言い合いが聞こえてくる。小さな事なので様子見をしていたが食い物の恨みは恐ろしい、という格言を思い出す。
「それくらいにしておけ。お前たちもこれは他の隊の分でもあるんだ、味見をして配りきれなかったら、お前たちの分を配るのか?」
私の問いかけにケチだと言っていた隊員も黙るしかなかった。
このままここにいても困るので、自分の隊へ戻るように言っておく。
他の作業もあるはずだ。サボっていたら残っている隊員が大変な思いをしているだろう。その事を指摘すると蜘蛛の子を散らすように帰っていった。
残っているのは我々の隊と今日の料理を配らなければならない隊の者だけだ。その者たちは静かに配膳を待っていた。先程怒られたのを見ているので静かにしている。
ただ視線は雄弁だ。早くしろ、副音声が訴えていた。
これ以上待たせると問題が起こりそうなので、早々に配ることにする。
1回や2回調理をしただけでは足りないので、炒め物は続けることになる。だが、満足するまで調理をするときりがないので、全員に一度配膳できたら終了とする。
終了を告げると小さな声で「え、終わり?」「足りないけど」という声があったがそれを聞いていたら終わるはずがないだろう。
私はその事はわかっていたので、終了宣言は変えないことにする。それに自分の隊の者たちの分がなくなるのは困るのだ。
配膳が終わったので、やっと自分たちも料理を口にすることが出来る。隊員たちも満足に食べだしていた。
満足そうに食事をしていた隊員の一人が問いかけてきた。
「隊長。この料理は姫様が考えてくださったって本当ですか?」
「信じられないのか?」
「いえ、姫様なら考えてくださるような気がするのですが。なんと言いますか」
「まあ、普通の姫様方ならありえないことだろうな」
「ですよね」
「だが、姫様は快く引き受けて下さったし、心配もされていたぞ」
「なにをですか?」
「訓練ならお腹がすくし、力が出ないと困るでしょ。体調も考えないといけないし、出来る事は協力する。と言われていた」
「そんな事を気にしてくださったんですか?」
「ああ。肉と野菜を使っているのも、味噌を使っているのも体調管理のためだそうだ」
「味噌を使うと体調管理ができるんですか?」
私が不思議に思っていたように、話をしていた隊員も不思議そうだ。
「なんでもお腹を壊しにくいから、と言われていた。野外ではお腹を壊しやすいから、そんな事のないように、と言う事だそうだ」
「そうなんですね。知らなかったです」
「私もだ」
隊員の言葉に私も同意する。姫様はどこからあれだけの知識を得られたのだろうか。不思議でならない。
何にせよ姫様が考えてくださった、この肉野菜炒めのミールキットも好評だった。しかもキットのお陰で調理ベタな私のような人間でも調理がスムーズだ。
これは大きな利点だろう。料理の腕前に関わらずキットがあれば、ある程度の満足できる味に仕上がるのだ。
私はこの便利なキットを多く作れば良いだろうと思っていたが、姫様は作り過ぎも問題になるだろうと言われていた。
私は、その言葉が不思議だったのだが、多くを作り過ぎると衛生的に問題になるそうだ。傷みやすくなるので賛成できないと言われていた。
代わりと言う訳ではないが、行軍初期にキットをある程度作り、その後は行軍しながら消費分をその都度追加していくのが良いだろうと、作れない時もあるだろうから、その都度考えるのも良いのではないかと言われていた
何にせよ、行軍中は体調管理が大事だし、美味しいものを食べれば精神的にも元気が出るのではないか? 自分は経験がないから分からないけど、辛い時は美味しいものを食べたくなるし、美味しいもので元気も出るよね。と姫様は言われていた。
確かに美味しくない物よりは美味しい物の方が幸せな気分になれると思う。
現に私の周囲にいる部下たちは嬉しそうな楽しそうな顔をしている。
行軍中なので大騒ぎをするわけにはいかないが、それでもいつもより表情が良い気がする。
楽しい事だけが良いことではない。
訓練中は厳しいし理不尽なことも多くある。軍とは理不尽な事に対応しなければならないので理不尽な事があるように調整されているのだ。
私はその話に初めは納得できなかったが、確かに必要な事なのだと理解できる事があった。
その経験から理不尽な事がある分、それを乗り切れるだけの楽しみもなければならないと思っている。行軍中は、それが少ないので食事だけでも楽しめる時は楽しめたらと思うのだ。
今回は姫様のご助力で良い結果が得られたので、ご報告したいと思う。姫様も喜んでくださるだろう。
これからも野営訓練はあるので、ミールキットを使っていきたいと思う。