試練?を終えて
どうして誰も気が付かなかった?
殿下とステップの練習をしながら、そんな事を思わなくもない。
だが、私も間違っていることに気がついていなかった。自分も気がついていなかったので、他の人にクレームを出すわけにもいかない。
ここは沈黙を保つべきだと思う。
隊長さんも講師も、私が間違って覚えているという可能性は考えていなかったのだろう。
私と殿下が練習している後ろの方で、愕然とした表情で項垂れている。
一般的な練習方法はひたすら数をこなして覚える、という方法らしい。
練習方法は数をこなすことが主流なので、どちらかというと殿下の確認しながらの練習方法が珍しいようだ。その御蔭で私が間違って覚えていることに気がつけたので良かった、というところだろう。
とにもかくにも基本が間違っているのだ。覚え直すしか無い。
そこからは正しいステップを覚えることに徹した。
練習はなかなか進まない。
私がダンス嫌いだから物覚えが悪いのか、それとも運動が苦手だから物覚えが悪いのか。世に言う卵問題のように、どちらが先か分からないが本当に覚えられない。
これがマイムマイムみたいなのだったら問題なかったのに、と思う。小学校の運動会で練習させられた覚えがある。一度覚えたものならどうにかなるのに、と思いながら悪戦苦闘を続けているが、覚えられない自分に苛立ちながら言い訳を考え続けている。
余計な事を考えるから覚えが悪いのかもしれない。そんな私に焦ることもなく殿下は繰り返し動くことに付き合ってくれた。覚えている殿下はつまらないだろうに、嫌味な事は一つも口にしない。
殿下に対して申し訳ない気分になるくらいだ。
間違えたときは一つ戻って動きを確認してくれる。そんな事を繰り返している私としては、申し訳ございません、との言葉しかなかった。
目の端で姪っ子ちゃんの姿が見える。
姪っ子ちゃんは令嬢から足の動きを教わっていた。横並びになり横に前にと動いている。
姪っ子ちゃんは今までダンスの練習をしたことがないと言っていたので、基本を令嬢が教えているのだろう。
令嬢は穏やかな微笑みをたたえながら教えている。プレッシャーを掛けないように努めているのだろう。
姪っ子ちゃんは真剣な様子で令嬢の足を真剣に見ていた。
その後ろ姿をハラハラした様子の管理番が見つめている。姪っ子ちゃんが心配なのだろう、教わっている動きに合わせて体が動いているのはご愛嬌だと思う。
頑張っている姪っ子ちゃんの姿を見ていたら私も頑張ろうと思い、気合いを入れ直し足を動かし始める。
そんな時間が過ぎていった。少しでも上達しようと覚えることに必死になっていたら、だいぶ時間が過ぎていたらしい。
令嬢から「休憩をしては?」と声をかけられる。
それくらい周囲が見えていなかった。
正直に言えば殿下がここまで真面目に相手をしてくれるとは思っていなかった。それに丁寧な対応をしてくれるとも思っていなかった。
間違いを正すのも動きを誘導するときも丁寧だし、言葉を選んで指摘してくれる。
以前、隊長さんが本来は優しい質で、と言っていたが本当にそうだと思う。
真摯で気遣いが感じられる。その優しさはありがたいのでお礼は言っておこうと思う。
休憩時間テーブルは2つに分かれていた。一つは私と殿下と隊長さん。もう一つは令嬢と姪っ子ちゃん、そして管理番のものだ。私的には一つで良いのでは? と思っていたのだが、令嬢が姪っ子ちゃんたちを誘って、別のテーブルに行ってしまったのだ。説明はなかったが、姪っ子ちゃんを気遣って別テーブルにしたのではないかと思う。
私はテーブルをさり気なく見る。このメンツでは姪っ子ちゃんはお茶を楽しむことも休憩もすることはできないと思う。私的にもテーブルを移りたい気がしないではないが、そんな事ができない事はわかっている。
私のために開かれたダンスの練習会なのだ。皆が私に付き合ってくれているので、ここは大人しくお茶を啜るしかない。
私はお茶を啜りながら殿下にお礼を伝えることにした。
「殿下。ありがとうございます」
「いや、姫の役に立てているようで良かった」
殿下にお礼を伝えると殿下は照れたように、はにかんでいる。
私の中で殿下の印象が少し改善された。
これがいつまで続くかわからないが、間違いを正そうとする姿勢と、物覚えが悪くても根気よく付き合える姿勢には好感を覚える。
殿下の印象が変わったが、もっと大事なのはダンスの向上だ。とりあえず今日はステップの間違いは正せたので、次はスムーズな足運びの練習の予定だ。だが今日だけでは時間が足りなかったので次回に持ち越しとなった。
なにはともあれ、進歩が見られたので良しとしよう。
気分は複雑だが殿下のおかげで授業はどうにか乗り切れそうだ。殿下に物理的にお礼を考えないといけないと思う。そう思うぐらい私的には進展があったのだ。
今日の練習会、令嬢は普段から慣れているのか大したことがない様子だったが、姪っ子ちゃんは疲労困憊だった。
グッタリしながらも行儀よくしようと注意している様子が見て取れた。
姪っ子ちゃんの疲労困憊ぶりは理解できる。慣れない事をすると疲れるものだ。
終わった後のお茶を飲む気力もなく、その場で解散となった。
私は練習後、離宮で休んでいた。
今日の練習は実りがあったことは事実だが、精神的にも体力的にも疲れたことに間違いない。
そして私の後ろにいる隊長さんはショックから抜けられないのか無口だった。
ステップを間違えていた私に、講師と隊長さんは愕然とした表情で、その場に膝を付きそうな勢いだった。場所が場所だけに堪えていたように見えた。
それはそうだろう。私が間違っていた事実に二人は気がついていなかったのだ。ショックを受けているのは当然だと思う。
私はその隊長さんをチラッと見る。隊長さんは無口な上に顔色が悪い。私の間違いに責任を感じているのだろうか? ここで私がその事に触れれば傷に塩を塗るようなものだ。ソッとしておこう。私はそう思っていたのだが隊長さんはそうできなかったらしい。
「申し訳ありません。こんな基本的な事に気が付かなかったとは」
「仕方がないわ。講師も気が付かなかったのだもの。それに私のリズム感が悪すぎて、ステップとタイミングが合わないとしか思っていなかったし。私自身も気が付かなかったわけだし」
隊長さんは私の慰めに納得できないようだが、曖昧に頷いていた。
だが、いいこともあったのだ。その点を強調しておこう。
どんなことにも良いことはある。悪いことだけということは決してないのだ。
要は考えようだ。
「でも、良い事もあったじゃない?」
「良いこと? ですか?」
「そうよ。一つは私のステップの間違いに気がつくことができた。練習しなければ私の間違いにはいつまでも気がつくことはできなかったわ」
「確かにそうですが。一つ。ということは他にも?」
「そうよ。意外だけど、殿下は教えるのが上手みたいね。とても丁寧に教えてくれたわ。まあ、いつもこうだとは限らないけど。少なくとも今日はそう感じたわ。それに令嬢にも丁寧に接していたわ。その事に令嬢は驚いていたようだけど。いいことがわかって良かったじゃない? それに令嬢も教えるのが上手みたいだわ。姪っ子ちゃんに初歩から丁寧に教えてくれたわ」
「なるほど。確かに姫様のレッスンがなければ気がつくことはできなかったですね」
「そうでしょう? 悪いことばかりではないわ」
隊長さんは苦笑いだが、少し浮上できたようだ。
これからは週一回、練習が継続される。
私が上達すれば終わるんだろう。
早々に終わることができるように頑張ろう。