いよいよスタート
ありがたい事に姪っ子ちゃんも練習会に参加してくれる事になった。
姪っ子ちゃんには申し訳ないが、正直に言うとダンスの練習に付き合ってくれる人ができてホッとしている。これで殿下と変な噂が出回ったとしても、内容がそう悪くなることはないと願いたい。
しかし、姪っ子ちゃんは練習を固辞するかと思ったら、あっさり承諾してくれたのは意外だった。令嬢の説得が功を奏したのだろうが、ありがたいような申し訳ないような複雑な気持ちだ。
馬車での帰り道、隊長さんに令嬢と姪っ子ちゃんの二人が練習に付き合ってくれることになった事を伝えると、オヤっと言う顔になっていた。
二人が練習に付き合ってくれるとは思っていなかったのだろうか? と思ったが練習の人数を増やすのは筆頭と話したことであって、隊長さんにその事は話していなかった事に気がついた。
「そうだったわ。隊長さんには練習の参加人数を増やしたいと思っている事を言ってなかったわ」
「いえ。筆頭殿からその話は聞いております。ただ、思ったよりも話が早く進んでいた事に驚きまして。私から侯爵家の方に依頼しようと思っていたものですから」
「子供同士の練習だけど、親御さんに話したほうが良いのかしら?」
「令嬢からも侯爵に話がされるでしょうが、お相手が殿下ですので侯爵にも正式な形で話をしたほうが良いでしょう」
「では、姪っ子ちゃんの親御さんにも説明をお願いできる? 今日、ランチを一緒にしたときに参加してもらうことになったの」
「承知いたしました。では管理番に話をしておきましょう。管理番から親御さんに話をしてもらいます」
「管理番からで良いの?」
「本来なら良くはないのですが、彼女の家に私が行けばご両親も驚かれるでしょう。事情を説明するだけなので管理番からで良いかと思います」
「ならお願いするわ。でも、この話には管理番も驚くわよね。申し訳ない気もするわ」
「驚きはするでしょうが、本来なら名誉なことです。大きな問題にはならないかと」
「そうね。そう願いたいわ。それと隊長さん。申し訳ないのだけど」
「承知しております。殿下へは練習会の参加のメンバーを伝えておきます」
「助かるわ。お願いね」
私は隊長さんの手際の良さに感謝しつつ、管理番の驚きと姪っ子ちゃん家族への申し訳無さを抱えながら練習についての連絡を待つ事になった。
どーしてこうなった?
不思議でならない。
令嬢と姪っ子ちゃんの参加が決まった練習会は週末に行われる事になった。
授業の方は今回まで座学なので安心だが、来週から本格的な動きの練習が始まる。駄目なものは駄目なのだが、少しでも誤魔化せるようになりたいと思っている。そのためにも今週から始まる練習で、どうにかなると思いたい。
練習会、初日。
場所は宮殿の練習室となった。
私は宮殿の入り口へ向かう。そこで令嬢と姪っ子ちゃんと待ち合わせをしているのだ。当然のようにそこには管理番も一緒にいた。姪っ子ちゃんのお目付け役として同行して来るらしい。
ちなみに管理番も若干顔が強張っている。緊張している様子が一目で見れた。
姪っ子ちゃんの前で聞くわけにはいかないので、後でこっそり緊張しているのか聞こうと思っている。
そういう私も別の意味で緊張している。離宮はともかく、宮殿に行く事は少ないので宮殿に慣れないというのもあるが、それより大きな理由は、したくもないダンスの練習を【殿下】としなければならない、ということにあるのだ。
厄介なことはだれでも嫌だと思う。
理性は、なんでも挑戦することは大事だと思うのだが、感情としては逃げ出したいので、二律背反? いや違うな、そんな立派なものではない。単にしたくない事から逃げ出したいだけの幼児性が緊張を招いているのだと思う。
待ち合わせ場所に向かいながら、グダグダと言い訳と愚痴を胸の中で呟いている。
ちなみに今日の練習会の護衛は騎士さんだ。
殿下と会う形になるのに隊長さんじゃないんだ。と思ったが隊長さんにも予定はあるので我儘も言えない。
私は少しの心細さを感じながら令嬢たちと合流した。
「姫様。ご機嫌いかがでしょうか?」
管理番からのご機嫌伺いに、よろしく無いわ。と答えそうになった私がいる。
無関係の管理番に八つ当たりは大人気ないし、私に巻き込まれただけの姪っ子ちゃんもいるので本音を暴露するわけにもいかず、お礼を言うだけに留めておく。
全員揃ったので、というか私が最後だったので練習室に向かうことになった。
侍従さんの案内で練習室へ向かう。
さすが宮殿。立派な練習室があった。
離宮の練習室も立派なものだと思っていたのだが、ここはさらにグレードアップしたような感じだ。
立派、の一言しか無い。
練習室に入った私は姪っ子ちゃんと二人でポカンと室内を見回すことしかできなかった。
令嬢は見慣れているのか気にしている様子はない。生粋の高位貴族の真髄を見た気がする。
「待たせてしまっただろうか?」
見回している間に、気遣いの言葉と共に殿下が入ってくる。気を使う言葉から入れるようになった殿下に成長を感じるが、私は殿下よりもその後ろにいる人物に目を見開いた。
隊長さんだ。私服で殿下の後ろを歩いてくる。
今日は休みだと思っていたが私の練習に付き合ってくれるのか、殿下がなにかしないか心配してくれているのか、今日は護衛ではなく殿下の従兄という形で参加してくれるようだ。
従兄の立場なら発言もしやすいと思ってのことかもしれない。それにこの中では年長者だ。場も収めやすいだろう。
隊長さんの登場に私はホッとする。
いつも側にいてくれたから近くにいてくれると無条件で安心してしまう気がする。肩の力が抜けた気がした。
どうやら無意識に力が入っていたらしい。
練習のパートナーは殿下と隊長さんだ。3対2では不便もあるだろうが休憩もしやすいので、いいことにしよう。
管理番は身分的にダンスは習っていたけど学生時代だけで今はできない、と言っていたので練習には参加しない。本当に付き添いだけで来てくれたようだ。
ん? 女子は休憩ができるだろうけど男子は休憩する時間はないかも? まあ、そこは練習しながら考えればよいだろうし。殿下の配慮におまかせしよう。
こうして自主練習が始まった。
私は殿下と向かい合っている。
宣言通り殿下が練習に付き合ってくれている。そして意外にも教え方は丁寧だった。
数をこなして慣れろ、という感じではなく苦手な箇所を探して、そこを繰り返し練習するつもりのようだ。
「姫。ゆっくり動作を確認しよう」
「はい」
私は緊張しながら向かい合っている殿下と動きを確認していく。
殿下はゆっくりと右足を、と言いながら誘導してくれていた。私も焦る必要がないとわかって、ゆっくりと動きについていく。
そのおかげか私がうまくステップを踏めない原因が判明した。
私は順番を間違って覚えていたらしい。
そりゃ、足を踏みまくるわ。
納得の一言しかなかった。