予想外の強敵現る
正直に言うと今回は助かった。
今日はダンスの始まった歴史や、重要性を説明する座学だったのだ。歴史の授業は好きなので楽しかった。教師の話では次回まで座学で、その後に実習という名のダンスが始まるらしい。
なんてこった。血涙が出そうだ。
やっぱりパートナー予定の次男くんに今から「ごめんなさい」と言っておくべきだろうか?
下校時間、今日の難関をどうにかすり抜けることのできた私は、来週をどうしようかと早速頭を悩ませていた。
そうしながら隊長さんを待っていると教室の入口が騒がしいことに気がつく。隊長さんが来てくれたのだろうと顔を上げると、思いもよらない人物が入り口に立っている。
殿下だ。
何事? 私は殿下の突然の出没に驚き他の生徒へ用事があるのかと考え、声をかけるべきか悩んでいると、私の考えを知らない殿下が教室へ入って来る。
そして真っすぐ私の方へ来ると迷わず声を掛けてきた。
「姫。少し時間をもらいたいのだが?」
「申し訳ありません。迎えがそろそろつく頃かと」
こんな大勢の生徒がいる前で、なんで声をかけてくるんだ? 今から他の生徒にこの話が広まるだろ。どうしてくれる? 殿下が来られたとか。私に声を掛けたとか。悪意の噂が広まったらどうしてくれる? 自分が噂になりやすいとの自覚はないのか?
殿下の迂闊さを心のなかで盛大に罵倒しながら、笑顔でお断りをする。だが、殿下は気を悪くした様子もなく頷いた。
「そうだな。下校時間なら、隊長が迎えに来る時間だな」
「そうなのです。申し訳ございません」
私が謝罪という名のお断りをしていると、ちょうど隊長さんが教室に来てくれた。
私はちょうどよいとばかりに殿下へ辞去の挨拶をする。殿下はそれに頷き、急な事で申し訳なかった、と返してくれた。
誰だ? こいつは。なんか前とだいぶ違うけど。急成長したのか? それとも人前だから?
私は殿下の大人な対応に驚きつつも深追いはせず、隊長さんに帰宅の旨を告げる。
隊長さんは殿下に挨拶をしたのち帰宅となった。
離宮の居間で私は隊長さんと筆頭へ驚きのままに殿下の登場を説明する。
私の説明に一番驚いたのは隊長さんだった。やはり普段とは違ったようだ。筆頭は普段の殿下を知らないが、噂程度は耳にしているらしく、噂とは違うものだと言うことを口にしている。
純粋な驚きとともに疑問が口をつく。
「どうしちゃったのかしら?」
「先日、姫様とお話をされたからでしょうか?」
「たった一回よ? それで変わるかしら?」
「わたくしの息子もそうでしたが、男の子はきっかけがあると大きく成長するものです」
「3日会わざれば刮目せよ、ってとこかしら?」
「姫様、それはどのような意味でしょうか?」
「人は3日で大きく変わることができるという事よ。よく見ておかないと3日で成長する事もある、って意味だと思って貰えればいいわ」
「そのような意味なのですね。ですが、そのとおりだと思います。殿下にも大きく変わる事があったのでしょう。良いことだと思います」
「先日、姫様とお話ししたことでなにか思うことがあったのかもしれません」
隊長さんは嬉しそうに言葉を紡ぐ。殿下の変化に好意的なようだ。
私的にも良いことだと思うけど、正直、どーでも良い。私に害がなければそれで良いのだ。
殿下の事よりも目先のダンスの授業だ。その事をどうするか? ともう一度考えたとき、私は今年の目標を思い出し、ダンスができないのはマイナス点ではないだろうか? ということに気がつく。
なにせ社交術で重要なこと、と今日の授業で習ったのだ。
授業でダメダメなところ(私的には恥ずかしいが)を披露して候補にふさわしくないとダメ押しにしよう。厨房の件は広まっていると思うがダメ押しは必要だと思う。
私は良いことを思いついたと、いやな授業が一気に目的意識を持ったものに変わった瞬間だった。
私はこの思い付きに満足する。これで私のスローライフに近づくことが出来る。顔がにやけないように注意しつつ二人には別な宣言をしておく。
「殿下の事はともかく。問題は私の方よ。ダンスの授業が始まるわ。私なりに努力はするけど、あまり期待しないで頂戴。デビューの時で分かっていると思うけど。私の実力はあのままよ。二人には迷惑をかけると思うけど」
「練習しかありませんね」
隊長さんの言葉に頷きはするが、結果が伴うとは思わない。だが、努力する姿勢だけは見せておこう。
私は今後の目標が決まったと胸を撫で下ろしていると、招待状が届いたとの連絡が入る。
「招待状?」
私は差出人に覚えがない。令嬢とは今日会っているし、お茶会の予定も立ててはいない。姪っ子ちゃんからは私に招待状を出すのは不可能だ。交友関係の少ない私では招待できる相手は限られている。本気で相手について見当を立てていると、隊長さんがその招待状を持ってくる。
「どなたから?」
「殿下です」
「はい? 殿下? どういう事?」
私は殿下からということで理解ができず、隊長さんに聞き返していた。隊長さんも知らなかったようで、中を検めるようトレーに乗っている封筒を差し出してくる。
他の人と違って相手が殿下とあっては勝手に中を見るわけにはいかないのだろう。
その理由は私にも理解できるので、黙って封筒を開けると内容はお茶会の招待状だった。
「なんで、私が招待されるのかな?」
理由が分からず隊長さんを見上げて聞いてしまう。だが、隊長さんも知らないので返答ができないようだ。
招待状の書面に理由は書いてなかった。
先日のガゼボでお茶を楽しみましょう、という内容だ。場所が狭いので、殿下と私だけのお茶会となるようだ。二人だけだと問題なので、立会が侍従さんと隊長さんと筆頭で、ということだった。
私が女子なので人数を多くしてくれたようだ、とは筆頭の言葉だ。本来なら殿下のほうが付き添いが多いのだろう。
そこまでの配慮をして私になんの用事なのだろうか? 疑問だが、正式な招待とあっては断るわけにもいかず、殿下とのお茶会に参加する事となった。
天気は生憎の曇りだった。
嫌な思い出のあるガゼボで殿下へ挨拶をする。
私の気持ちとしては、お会いしたくない殿下なので挨拶も不要、と思うのだが挨拶は必要な事だと胸の内で呪文を唱えながら唇からは定型文が唱えられる。
その呪文は有効性を発揮したらしい。
「急に招待して申し訳なかった」
殿下の謝罪からお茶会が始まる。「本当ですね、人の都合も考えてください」というわけにもいかず。私は曖昧に微笑んで誤魔化す。
殿下は長引かせるつもりはないらしく、早々に本題に入る。
「姫。お茶会の理由は姫に提案をしようと思ったからだ」
「提案、でございますか?」
私はこの人から提案されるような事が有っただろうか? 接点のない人から持ちかけられる話は覚えがなかった。その思いは身体が正直に表していた。殿下の言葉が不思議すぎて首が斜めっている。
殿下はその事を気にする様子もなく理由をそのまま説明してくれた。
「失礼なことだが、姫はダンスが苦手と聞いている」
「はい。お恥ずかしい話ですが、なかなかに上達しません。相手の方に迷惑をかける事が多くて困っております」
今後はこの事を利用しようと思っているが、表面上は困っているアピールをしておく。私の話を頷きながら聞いていた殿下がここでプレゼンをしてくる。
「姫。よかったら俺が練習相手になれないかと思っている」
「殿下が、ですか?」
私は殿下の提案に言葉を返せない。いや、意外すぎて思考が止まったと言うべきだろう。この人は何を思ってこんな事を言いだしたのだろうか?
困惑が表情に出ていたのだろう。
殿下は頬をポリポリと掻きながら思いついた理由を話してくれた。
「ダンスはどうしても練習相手が必要になってくる。普段は従兄上で練習をしているのだと思うが、従兄上だと身長が違いすぎて大変だと思う。俺なら練習がしやすいのでは無いかな? 姫には大事なことを教えてもらったし、そんな姫のためになにかできないかと思って。こんなことしか思いつかなかったが、幸い講師は同じだ。練習は合同、という形ですればどうだろうかと思って。講師に話す前に姫の考えを聞いてから進めたほうが良いのではないかと思ったのだ」
そこまで話した殿下は上目遣いで私を見る。答えは合っている? という答え合わせをしている瞳だ。
殿下なりの思いやりと気配りと、私へのお礼、という気持ちの現れなのだろう。
私は反応に困る。
ダメダメな事を披露しようと決めたばかりなのに、こんな事を言われるとは思っていなかった。返事に迷っていると殿下は私から反応が無いのでだんだんと肩が落ち、駄目なんだ。と意気消沈している。子犬の耳としっぽがしょんぼりと垂れる幻影が見える。
私は幻影が見えると、見るに見かねてしまう。
せっかく殿下なりに考えて行動したのだ。ここで提案を否定をしては殿下の思いやりを否定する事と同義だ。
殿下が成長しようとしているのに、滑り出しがこんな事では今後のやる気にも関わってくるだろう。
マイナス方向に働くことも考えられる。それは良くないことだろう。
私は慌てて言葉を紡ぐ。
「いいえ、殿下。お気持ちは嬉しいのですが、殿下にそんな事をお願いして良いのかと躊躇いまして」
私は取り合えず取り繕い、後ろを振り返る。
隊長さんと筆頭はニコニコしている。微笑ましい。といった様子だ。どうやら殿下の申し出を肯定している様子。
私は一つの可能性に気が付く、こんな事を陛下の許可なしに実行して良いものか。
「陛下の許可なく、よろしいのでしょうか?」
「そこは大丈夫だ。言い出したのは俺なのだ。姫が良ければ段取りは俺の方でするつもりだ」
殿下は任せろ、とばかりに頷いて見せる。ここまで言われて断れない。
私は隊長さんを見上げる。ここは未婚の男女、という以前の理由を持ち出し断ってほしいのだが。この思いは通じるだろうか? じっと見上げてみる。
隊長さんは私を見てにっこり笑った。これは私の思いが通じたのか?
「姫様。良いお話をいただけたかと。組み合わせを考えますと、わたくしより殿下にお願いできる方が良いかと考えます」
「失礼ではないかしら? 私では殿下が大変な思いをされると思うわ」
隊長さんに話しかけながら途中から殿下の足が心配になり殿下の方へ話しかける。分かっているとばっかりに殿下は頷いた。
「安心してほしい。姫。そこも含めて練習だと思っている」
こうして私の練習相手は殿下に決まってしまった。
どーして、こうなった?