ダンスって
学校生活が始まり、2ヶ月が過ぎようとしている。
同学年のお友達はまだできていないが、お姉様方とは順調に交流を深めている。お姉様方との交友関係が落ち着いた段階で同学年の子たちとお友達になるようだ。
現段階では私の学年のお友達候補がスクリーニングされているようだ。
ここまで来ると私が口を出せることはない。おまかせコースだ。そして、同学年の子たちは貴族の子が多いので、自分がスクリーニングされていることを、知っているのかもしれない。
だからこそ、自分から近づいてこないのだろうと予想している。でなければここまできれいにスルーされないと思う。これが普通の事のように行われているのであれば、私はどれだけ人に嫌われているんだという事になってしまうだろう。
初対面の子たちにそこまで嫌われる覚えはないので、たぶん、貴族社会の常識としてスクリーニングを知っているのだろうと結論付ける。
そして、私は目の前の難題に頭を悩ませている。
明日から、ダンスという名の授業が始まるのだ。社交性の一つとして授業に組み込まれている。今までは座学や一般教養で、この授業はなかったのだが、明日から始まるのだと説明があった。
私はいつから始まるのかとヒヤヒヤしていたのだが、いよいよかという思いでいっぱいになる。ペアは横の席の子と組むとのこと。ということは私は次男君とペアになる。
それを聞いた瞬間、私は謝ろうかと思いたったほどだ。
彼はどれだけ私に足を踏まれる事になるのだろう。そして、その話はクラスで噂になるに違いない。
今から肩にきのこが生えそうなほど憂鬱になる。
その日の帰り。馬車の中で、どうにもならないけど隊長さんを相手にグチグチと言い訳をしてしまう。
「なんで、ダンスなんて言う授業があるのかしら。別にダンスなんて、できなくても良くない? 死ぬわけじゃなし。できないから話ができないわけでもないし。できなくても良い気がするわ」
「姫様」
私の埒のない愚痴に隊長さんは黙っていた。
避けられない事は理解しているし、ただ言いたいだけだということも分かってくれているのだろう。それに私を諭そうとすれば、三倍ぐらいになって返ってくる事を察知しているのだ。ひたすら黙っている感じだ。
「ああいうのはね。趣味の範囲で良いのよ。好きな人だけがすればよいの。嫌いな人にも無理にさせようなんて感じが悪いわ」
「そうですか」
「だいたい。誰があんな事を思いついたのかしら。一人が気に入って思いついたことが後々まで習慣となって、誰でもできないといけないなんて不条理だわ。できない人が一人や二人いたっておかしくはないでしょう? そんなことだけで優秀な人が外される事があるのなら。おかしな話だわ」
私の愚痴は止まらない
「ああいうのはね。向き不向きがあるの。誰にでも出来るなんて思ってほしくないわ」
隊長さんは沈黙を以って返事としている。それを良いことに私の愚痴は続く。
「それともあれかしら。私ができないことを示せばダンスができなくて困っている人達も救われるかしら。それなら、出来ない事を示すのも悪くはないわよね。そうしようかしら」
「姫様」
隊長さんの口調がちょっと重々しくなった。この案は駄目らしい。良い案だと思うのに。
黙って実行しようかな? そんな事をしたら筆頭たちも困るだろうか? だが、それ以上に救われる人も多くいると思いたい。
「姫様。練習には私がお付き合いいたします」
「。。。。」
要は練習するから出来るようになれ、と言いたいらしい。出来ないなら、いいよ。はないということだ。
だが、私はデビューの練習で悟った。他のことなら頑張って練習するけど。嫌いなものはどうしようもない、受け付けないので頑張れない。
デビューは仕方ないから頑張ったけど。それでも、隊長さんとご夫君の足は大きな犠牲を払わされたのだ。あれが何回も続くのは申し訳ないし、同級生に同じ事はしたくないと思う。
そう考えた私は打開策を考える。なにか良い案はないだろうか?
令嬢にでも相談してみようかな?
私はダンス打開作戦を検討することにした。
「ダンスの授業を休んだこと? でございますか?」
私は翌日の昼休み、令嬢に今までの経験を聞くことにした。ちなみに第一回のダンス授業は昼休みの後だ。つまり、この後にあるのだ。
なんとか休みたい。子供みたいで申し訳ないが休む言い訳を考えている。これが他のことなら経験と割り切るのだが、あいにくダンスは経験して、私には向かないという結論に達している。これが大人なら、私には向かなかったわ、と言って辞めることも可能だが、あいにく未成年にはその手は通用しない。打開策が必要だ。大人なんて理不尽の塊だ。経験しないとわからないから、なんて言って子供の意見なんてガン無視だ。
私は元は大人だが、現在は未成年だ。どちらの気持ちもわかるので普段なら妥協案を探すのだが、今回はまったくもって嫌なので妥協案を探す気にもなれない。
なんとしてでもダンスを行わない方法を探しているのだ。
その第一歩として令嬢に今までの例を聞いているところだ。
「そうですわね。わたくしは休んだことはございませんので、なんとも申し上げられませんが、体調が悪くて休んでいる生徒を何度か見かけたことがございます」
「熱があるとか?」
「はい。めまいがする生徒や貧血気味の生徒もいますので」
「そうね。体調不良は仕方がないものね」
「そうですわね。ですが、体調管理も大事なことですわ。どうしようもない事もありますが、基本的には自分で注意するべきことだと思われませんか?」
令嬢にその気がない事は分かっているのだが、私はなんとなく釘を刺された気分だ。曖昧に頷いておいた。
「他には? 休んだ生徒はいないのかしら?」
「ダンスは基本的には大事な科目ですし、全体評価に関わるので休む生徒はいません。聞いたことがございませんわ」
「ダンスって評価されるの?」
「授業の一貫ですので。もちろんです」
私は忘れていた。そうだ。授業に評価はつきものだ。ダンスも評価されるんだ。
その事実に気がついた私は泣きそうだ。もし、私の成績が下がれば隊長さんや筆頭の評価に繋がる。私自身の事はどうでも良いが、私の授業態度で部下の評価が下がるのはいただけない。どうしようか?
私は昨日の決意はどこへやら、絶望的な気分になってしまう。
「姫様。先程からいかがなさいました?」
何も知らない令嬢が心配してくれている。今日は二人で昼食だったので、私は正直に自分の運動音痴を告白した。
「デビューの時は問題なく踊っていらしたようですが?」
「それは、ご夫君のおかげよ」
ご夫君の協力を説明すると令嬢は納得していた、やはりダンスが苦手な人も一定数はいるようだ。その人たちも苦労しているらしい。
苦労している生徒が多いのは理解ができた。
だが、私の問題の打開策になるか? といえばならない。
諦めるしか無いのだろうか? なんとか反旗を翻す方法はないか? 私はもんもんとしながら昼休みを終了する。
どうすることもできず、ダンスの授業は開始された。