殿下の謝罪
私は慣れない学校生活に疲弊していると、来客希望があることを教えてもらった。
トリオの誰かだろう珍しいなと思ったら、なんと殿下からの面会希望だという。
彼とはファーストコンタクトが悪かった。そのせいで嫌な気分になりながらも立場上断ることもできないけど、なんとか理由をつけようかと思っていた。
そう思っていたのに、隊長さんが申し訳無さそうにしながらも「一度だけ会って欲しい」と言われてしまった。 私の不利になるようなことは言わない隊長さんなので、なにか理由があるのだろう。
その理由を聞いてはみたが言葉を濁すばかりで教えては貰えなかった。
理由はわからないものの、隊長さんからそう言われては断ることもできない。
私は殿下の面会を承諾する事にした。
次の休みの昼下がり。気持ちの良い日だ。
そんな日に、私はどーしてこんな事に。
目の前で頭を下げる殿下を眺める羽目になっているのだろう。
身長の低い私の目に、殿下のつむじが見えている。
「先日は申し訳ないことをしてしまった。すまない」
私は返事ができずに固まっている。
殿下は私からの返事がないので言葉を重ねてきた。
「姫が怒るのも無理はないと思う。許しては貰えないかもしれないが、話だけは聞いて貰えないだろうか?」
私の目の前にいるのは誰なのだろうか?
この変化。先日の殿下とは大違いだが、もしかして別人? その方が説得力がある。
私の硬直は解けなかった。殿下はそのまま謝罪を続けている。
立場上、こんな事をしても良いのか? とも思ったがここは非公式の場だ。隊長さんも筆頭も殿下の侍従もいて、この行為を許しているのなら問題にはならないのだろう。
予想だけど。
「姫と初めて会ったとき、私は単純に姫が羨ましかったのだ。従兄上といつも一緒だし、楽しそうにしている姫が妬ましかった。その時は気が付かなかったが、後からその事に気がついた。私はその感情のまま姫に八つ当たりをしていたのだと。申し訳ない。姫には失礼な事を多くしてしまった」
もう一度殿下が頭を下げる。その事に気がついた私はやっと硬直を解くことができた。
「おやめください殿下」
「しかし、私は謝罪に来たのだ。それに相応しい行動が必要なはずだ」
「ですが」
「姫。済まなかった」
「わかりました。わかりましたから。おやめください」
「許してくれるのか?」
「はい。正直な気持ちを教えて頂いたのです。それを聞いて嫌だという人はいないと思います。それに殿下の気持ちも分からなくはありません」
「姫もそんな気持ちになることがあるのか?」
「もちろんです。私の周囲には優秀な人ばかりです。そのことで相手を妬ましく思うこともあります」
「姫にもできることは多くあるだろう? 俺の方ができないことが多い。反省するばかりだ」
私は殿下の言葉を聞きながら同じことを思う。
誰だ? こいつは? 殿下の皮を被った別人と話しているのだろうか?
もしや、精巧な着ぐるみでもあるのか?
そう思うくらい殿下の態度は別人だった。
私としては謝罪はされ受け入れたものの殿下は苦手な部類の人なので、このままお引取り願おうかと思ったのだが、流石にそういうわけにはいかず。
筆頭からお茶の準備ができたことを告げられた。
どうやらお茶の一杯はご一緒しないといけないらしい。
どんな苦行かと思うも、それがマナーというやつだ。
筆頭から椅子を勧められた殿下だが礼儀正しく退出するという。その理由を聞くとお茶を勧めるしかなかった。
「いや、姫は私と過ごすことは楽しくないだろう。今日は謝罪に来ただけなので失礼することにする」
「いいえ。殿下。わたくしは謝罪を受け入れたのです。受け入れた以上は気にしませんわ。よろしければお茶を召し上がってください。筆頭の入れるお茶は美味しいですよ」
私は頬が引きつらないように注意しつつお茶を勧めていた。
殿下も少し迷ったようだが、ここまで言われると断るとかえって角が立つ。
わかりきった事だ。
お互いに社交辞令と分かっていても、笑顔で座らなければならないこともある。
離宮の中でも一番格式の高い客室。子供が二人、向かい合ってお茶を飲むことになった。
「姫。その、いくつか聞かせてもらっても良いだろうか?」
殿下は唇を少し湿らせ小さく息を吐き出していた。そして私を真っ直ぐに見つめて話しかけてきた。
緊張しているのだろうか?
私は殿下の様子につられるように緊張してきた。殿下とは逆に息を飲むようにして頷く。
「はい。どのような事でしょうか?」
殿下は陛下のミニチュアのようにそっくりだ。その殿下が緊張しながら私に話しかけてくると変な感じがする。
笑う気持ちになんてなれないが、そんなに緊張しながら私に何が聞きたいのだろう?
「その失礼なことだとは思うが、姫は6歳の頃から我が国に来ていると耳にした。その、どうして来ようと思ったのだ?」
正直に言おう。
私がその質問を聞いた瞬間思ったことは、何言ってんのこいつ? あなたの父親が人質をよこせって言ったからでしょう? 知らないの? だった。
この口ぶりからすると、殿下は知らないのだろう。今回の顛末を。
今までの感じからすると国政に興味はなかったようだし、殿下も自分から聞くことはなかったはずだ。その殿下にわざわざ人質を差し出すように言った、なんて話す人もいないはず。
どうしようか? 本当の事を話してしまおうか? などど一瞬思いつく。
私も意地が悪いと思う。まだまだ、子供の殿下にそんな事を思うのだ。だが、教育上そんな話はまだ早い気もする。
予想だが殿下の中で【自分は国政に関わる人間だ】という気持ちが少し芽生え始めたのだと思う。だからこそ、私にこんな事を聞いてきたのだろう。
どうしようか? 本当の事を知ったらショックを受けるだろうか? 自分の父親が人質を差し出すように言った、なんて想像もしていない事だと思う。いや、この環境では普通の事だろうか?
私には判断が付かなかった。
ここは大人の対応で行こう。
面倒ごとは増やしたくない。私は平穏無事に暮らしたいのだ。
「わたくしは、留学のお話を頂いたのです。こちらは最先端のお国なので、いろいろ学べる事が多いかと思い、わたくしが行きたいと父にお願いして留学させていただきました」
「そうなのか。姫は親元を離れるのに不安はなかったのか? それに学ぶこととは? 何を誰のために学ぼうと思ったのだ?」
「殿下?」
殿下が息をつく暇もなく訊ねてくる。私は殿下の質問の多さに驚いてしまった。
何を思ってこんなに聞きたいのだろうか? 不思議でならない。ならないが眉尻を下げ教えて欲しいと懇願する姿は子犬の様だった。チワワの様だ。
殿下の真剣な眼差しと、一生懸命な様子と、チワワのように純粋でつぶらなお目々で見られると誤魔化すことは出来なかった。
自分なりの正直な考えを伝えていく。
殿下は頷きながら、聞き返しつつ確認するように話を進めてくる。
殿下も思うところがあるのだろうか? その様子は真剣な物だった。
一度の話で変わる事が出来るとは思えないが、何も努力をしないよりは良いだろう。
温かいお茶がぬるくなり、冷たくなる頃、殿下は帰られた。
「なんだったの?」
殿下は来たときとは別人のような笑顔を浮かべて帰った。
私からすると何だったのだろう。いや、思うところがあったのだろうが、どうして私に? という思いもなくはない。
だが、思い悩んでいたのは本当のようだ。自分なりに考えてどうにかしたいと思っていたのかもと思い直す。
一度の話で変わるとは思えないが、今日の事が殿下の助けになれば良いと思っている。
しかしというか、やはりというか。
親子なのだろう、陛下と同じで唐突で驚きの時間が過ぎていった感じは否めない。





