閑話 隊長さんの企み
いつも読んで頂いてありがとうございます。
少し隊長さんの印象が代わりそうで心配です。
ですが、隊長さんには隊長さんの立場もあるのです。
私は今、経験を培うために姫様の護衛に従事している。
初め、この命令を受けた時は疑問を覚えたが、今ではこの任務に就けて良かったと思っている。普通の勤務では、この経験を得る事は出来なかっただろう。
他にも父の後を継ぐものとして領地を管理する義務がある。私自身まだ経験不足なので父の補佐や、任される仕事は小さなものが多い。その中には土地に暮らす領民の安全と税収を安定させる義務もある。
当家が管理している領地は広大だ。比較的安定しているが、それでも作物の育たない場所もある。その土地をどうするべきか悩んでいたが、姫様の話に一縷の希望を見出すことができた。
お芋さんだ。
姫様のお話では荒れた土地でも、肥料が少なくても、水が少なくても育つという、夢のような作物だ。後から聞いた話では、水はけの良い土地でも問題ないそうだ。
商人の話では仕入れた場所でも、あまり注目されておらず、麦が育たない場所で代わりに作っている作物らしい。その関係で地元では買い叩かれているそうだ。
ならば、苗を手に入れることも簡単かもしれない。
私は商人に仕事として苗を注文した。その時一つの条件をつけた。私が買ったことは内密にするように、との条件だ。
立場上、私が買ったというだけで注目を浴びてしまう。それでは困るのだ。どうなるかもわからないものが、高騰してしまう可能性がある。
作物として問題ないのか、取れる量などの確認ができなければ、これからの運用に差し障りが出てしまう。私としては試験運用のつもりだが、他の者たちはそう考えないこともあるだろう。
そう理由を説明していたら商人が、呆れたような同情するような眼差しで一言。
「貴族様も大変ですね。注目されちゃ、やりにくいですからね」
と言われた。だが、内密にしてくれる事を契約の一つとしてくれた。私が安心できるようにとの配慮なのかもしれない。
姫様のお望みの物を見つけ出せるのは商人だけで、残念ながら私ではできない事だ。正直気に入らない事もあるが、商売の姿勢は信用できるものだ。
私にはお芋さんについて3つの考えがある。
領地内の荒れた場所で試験運用をすることも考えているが、もう一つは姫様のお慰めになればと考えている。
姫様は自分で収穫したことがある、と言っておられた。ということはご自分で育てられていた、ということだ。ならば、ご自分で作物を触る機会を作れば、姫様の気分転換になるのではないだろうか。ちょうどよいことに離宮の裏には少し開けた場所がある。作物を育てるには少し日当たりが悪いだろうが、お芋さんなら問題はないだろう。うまく行けば他の作物も少しなら育てられるかもしれない。
外に出る機会の少ない姫様だ。気分転換になれば嬉しいと思う。少し筆頭殿の説得が大変かもしれないが、領民の気持ちを知る機会だとでも言っておけば大丈夫だろう。
そして、もう一つの考えている事。
姫様がお許しくだされば、という条件が付くが、その手伝いを殿下にもしていただこうと思っている。
姫様には気分転換でも、殿下には領民の苦労を知っていただく機会になればと思っている。畑の手入れから、作物の植え付け、収穫、土地で作物を作るということは【生きる】ということだ。
殿下にはその実感を持っていただきたい、そう思っている。
最近は問題行動の多い殿下だが、昔は素直な方だったのだ。
私が陛下の後をついて回っていたように、殿下は私の後をついて来ていた。
殿下も学校に通われてから少しずつ変わっていかれたので、殿下も学校でなにかあったのだろう。
それが今の変化に繋がっていると考えている。
このまま行けば殿下は廃嫡される可能性が高い。殿下はその可能性に気がついていないが、間違いないと思っている。それを覆すには殿下自身が変わらなければならない。そのための一つの方法として、作物づくりは良いのではないかと思っている。
姫様に失礼なことばかりしている殿下だ。初めは姫様に対して、なんでこんな事をするのか、外交問題になるのもわからないのか、と腹立たしかったが姫様の言葉を思い出した。
あれは、見習いの件で意見が分かれたときだった。
教育を受けていないのに、できるようになれって無理でしょう? 教えても同じ事を繰り返すなら仕方がないわ。
そんなような内容だった。
この言葉は殿下には当てはまらないだろう。殿下は十分な教育を受けているのだから。
だが、殿下は根本的な部分が欠けているように思う。
この国と国民に尽くすこと、国民を大事に思う気持ちが欠けているように思うのだ。
私がその事を実感したのは初の野外訓練のときだった。その時はこんな生活は考えられないと思うような訓練だった。だが平民出身の騎士から、今日は暖かいから良い方だと笑われたのだ。
その時、私は身分を偽って見習いとして参加していたので、他の先輩や、騎士たちからいろんな事を教えてもらったし、随分と嫌な思いもした。そのときに自分がいかに身分に守られているのかを知った。そして、こんな大変な思いをして納税をしてくれているのだから、その領民を守るのは自分の役目だと再認識したのだ。殿下にはその思いがない、経験がないからだろう。
殿下には国民を大事に思ってもらいたい。そうすれば考え方も変わるのではないだろうか。それができなければ殿下のことは諦めなければならないし、諦められるだろう。
甘い考えかもしれない。作物を育てるだけでは理解はできないかもしれない。だが、他に方法も思いつかなかった。
姫様に相談することも頭をよぎったが、筋違いだし、国内のことを相談するわけにはいかないし。何より、姫様は殿下の事を快く思っていない。その方に相談するわけにはいかないだろう。
従兄上、そう言いながら私の後をついてきていた殿下を思い出す。
危ないからついてきてはいけない、と言っても無理やりついてきた頃もあった。馬に乗るのは無理だと言っても意地になって練習していたことも思い出す。勉強の時間も理解できないだろうに、一緒に勉強していたこともあった。宰相がちょうど良いからと、教師を派遣して来た事もあって、二人で泣きそうな思いをした事もある。
今を思えば殿下は寂しかったのかもしれない。
母上に当たる妃殿下は出産のために療養に入られ会うことはできなかったし、その出産が上手く行かずに亡くなられた。
陛下はその時、国外におられ最期には間に合う事はなかった。
今でもその事を悔やんでいるのを私は知っている。亡くなられたことを惜しんでおられるのか、今でも【子供たち】と言われるのは殿下と、亡くなられた子供を指しているのだ。
陛下は殿下の事を随分と気にかけておられるのだが、殿下にその事は伝わっていないようだ。陛下はその立場から、国を一番に考えるので理解しにくいのかもしれない。
どちらにせよ、このままでは良くないだろう。誰にとっても良い結果を生まないのは、わかりきっていることだ。
私の考えは、姫様にとって不愉快に思われるのは間違いない。
だが、許されるなら許可を頂いてこの計画を進めたいと思っている。