GW 特別企画 ご夫君のささやかな休日
GW 特別企画です。
思い付き企画です
本編とは関係のない話です。
暇つぶしに読んで頂けたら嬉しいです。
私の妻は離宮の姫様にお仕えしている。住み込みではないが、離宮に部屋を頂いているので住み込みに近い形でお仕えをしている。
私がいるこの屋敷に帰ってくるのは休みの日ぐらいだろうか。
妻はスケジュールに忠実で、予定にない行動を嫌う性格だ。急に家に帰って来るときは何かある時だと相場が決まっていた。といっても急な予定変更はそうそうある事ではない。
急に帰ってきたのは姫様のデビューに付き添いをする事になった時ぐらいだろう。それ以外は必ず前もっての連絡がある。そのおかげで私は、妻の休みに予定を合わせやすくて助かっている。
妻は冷たく見えるが穏やかで優しい性格だ。子供たちに厳しく接する事もあるが子供を心配しての事だ。子供たちもそれが理解できているのか妻との関係は良好だった。家族仲は良い方だと思っている。
妻の事を一番心配したのは、末の娘が亡くなったときだろうか。
妻の落ち込みようは酷いもので子どもたちも心配していた。立ち直ったように振る舞っていたが、そうでは無いことは一目瞭然だった。
妻が元気になってきたのは姫様にお仕えしてからだろう。目に見えて生き生きとしてきたのは私から見ても喜ばしいことだった。
特に楽しそうにしていたのは姫様のデビューの用意をしているときだっただろう。あの時の妻はとても楽しそうで嬉しそうにしていたものだ。私の目から見ても生き生きしていた。
娘の時にできなかったデビューの用意である。できなかった娘との夢を叶えているようで嬉しかったのだろう。私にもその気持が理解できた。
デビューも無事に終わったので、今は夜会やお茶会用の衣装を考えている様だ。
「筆頭様、もう少し華やかなものでも良いのではないでしょうか? 姫様は可愛らしい方ですし、柔らかいお色でしたら、どのお色でも問題ないかと存じます」
「そうね。わたくしもそう思うのですが、姫様はお気に召さないかと思うのです」
妻がデザイナーを呼び寄せ衣装を考えている。二人で頭を突き合わせ、あーでもない。こーでもない、と話している様子は女性の楽しみだ。
男の私の出番はなさそうだった。
休日で家にいるのに、お茶の一杯も一緒に楽しめないのは残念だが、楽しんでいるのを邪魔する事も無粋なので息子の家に遊びに行くことにする。
二人の息子は成人し独立しているので別に居を構えているのだ。成人したばかりなので結婚はまだだ。息子たちには言えないが早く孫の顔が見たいものである。
お土産を買い、息子の家に遊びに行くと残念な事に息子は友人と出かける約束があるという。それは申し訳ないことをした。約束も無しに、いきなり来たのだ。息子にも約束があることを考えるべきだっただろう。
残念だがお土産だけを渡し街を散策することにする。息子は申し訳無さそうにしていたが、悪いのは私なので気にしないように声をかけ、散策をする。
久しぶりに歩く街はなかなか新鮮だった。街を散策しても楽しいと思うことがなかったが、今は楽しめるのだから不思議なものだ。
気の持ちようなのだろうか? 妻が楽しくしていると思うと私の気持ちも軽くなるのだろう。以前は落ち込んでいる妻を慰めることもできない自分が不甲斐ないと感じていたので、仕方がないことだと思う。
街を歩いていると新しい店がいくつか目についた。
目につくもので多いのは食堂だろうか。その次は野菜などの食品関係。何かを買う気はなかったのだが、目につくものが多いと気になるものである。目ぼしいものを見繕いながら歩いていると商人殿のお店が目に入る。
妻の話では今、彼の店は飛ぶ鳥を落とす勢い、なのだそうだ。姫様の助言をいただき、商品を取り扱う彼の店は急拡大しているのだそうだ。今までも勢力的には大きかったのだが、最近は他の店の追随は許さないらしい。
私が店で買物を直接する事はほとんど無いのだが、妻の話を思い出し、気になって中を覗いてみることにした。
「いらっしゃいませ」
丁寧な対応の店員の声がする。私は軽く頷きながら店の中を歩いてみる。店は大きく二階もあった。
一階が食品関係。二階は雑貨のたぐいらしい。普通は逆なのではないだろうか? それともこれが普通なのだろうか?
店に入る機会が少ないだけに判断がつかなかった。だが、新鮮な気持ちで店を歩く。
店の中はお菓子関係のものや調味料など多岐に渡っている。私は店を観察していると実演販売という張り紙が目に入った。
「実演販売?」
私は意味がわからず呟くと、後ろから店員が説明してくれる。
なんでも、新しい商品を発売する時は調理工程を含め、味を知ってもらうために目の前で調理してくれるのだそうだ。そのためのスペースもあるらしい。
私はその発想に驚いた。
確かに、知らないものをいきなり購入するのは心配だが、一度口にしてしまえばそのハードルは下がるだろう。
私は実演販売が気になり、販売の予定を確認すると、決まった時間に開催されるそうで、今日もその予定があるらしい。
待てる時間だったので、私は実演販売を待ちながら店を見ていることにした。
そうしているうちに店の一角で、数人の店員がゴソゴソと動き始めていた。
彼らが実演販売をするのだろうか。じっと見ていると先程の店員が、今用意をしているのだと教えてくれた。よかったら近くで見ても良いのだと教えてくれる。
私はその言葉に甘え近くで眺めることにする。
近くで見ていると、驚いたことに野菜のような物を切ったり水につけたりしていた。そんな丁寧な事をするのだと驚いていると。用意をしていた店員が、こうすると苦味や調理した後の色が良くなるのだと教えてくれた。
ここの店員は丁寧で、なんでも気さくに教えてくれるのだと感心する。
商人殿の教育が良いのだろう。
私は感心しながら眺めていると、大きめの鍋に水を入れていた。水で茹でるのかと思っていたら、それは油らしい。油で揚げるのだそうだ。『揚げる』の意味が分からなかったが、忙しそうなので聞くのは辞めておくことにする。
普段見ることのない工程を見るのは楽しいものだ。私は飽きることなく店員のすることを眺めていると、いつのまにか周囲には人だかりができていた。私が眺めているので、なにかあるのかと周囲の人も集まってきたのかと思ったら、この実演販売は有名らしい。これを目当てにお店に来る客もいるのだそうだ。
新しいものが無い時は以前に作った物を販売するらしい。最近街に来ることがなかったので、そんな情報にも疎くなっていた。やはり時々は街に出ることも重要なのだと反省する。
そうしているうちに実演販売が始まった。
先程切っていた野菜のようなものを、店員が油に入れていく。
なるほどこれが揚げるという工程なのだろう。そうして野菜のようなものが浮かんでくると、それを次々とボールに入れ、はちみつだろうか。それを掛けていた。
「おまたせしました。大学芋です」
私に差し出される。見ていたので購入すると思われたのだろう。もちろん購入するのだが、金額に驚いた。あれ程の手間を掛けているのに子供のお小遣い程度の値段なのだ。これで買えない人はいないだろう。
値段に驚きながら渡された大学芋を見る。皿に載せられているだけなので、このままでは持ち帰れない。どうしようかと思ったら、私の次に買った人物が横にあるテーブルに移動している。どうやらそこで食べることができるらしい。だが、椅子がない。どうしようかと思ったら、次に買った人は立ったまま食べ始めた。
私はそれに衝撃を受ける。いいのだろうか? 動けずにいると、他の人から壁際にある椅子に座っても良いのだと教えてもらった。
教えてもらった事に礼を言いながら壁際の椅子に座る。そうすると実演販売の注意事項という張り紙が目に入った。
その紙には食べる際のマナーや椅子の使用方法、カトラリーや皿の返却方法などが書いてあった。私は調理にばかり気を取られ、その注意事項を見逃していたらしい。丁寧な説明が書いてあった。
ここまでの丁寧な対応をする店があるのだとは知らなかった。
今日は知らないことばかりで目新しい一日だ。新しい事を知るのは楽しいことだ。
私は気分が高揚していた。
この新しい事を妻にも教えて上げたいと思ったが、今は新しいドレスを作ることで頭がいっぱいだろう。
妻の気持ちの余裕ができたときに、一緒に出かけるのも良いだろうと思いなおす。
私は妻の次の休みを楽しみにしながら大学芋を一つ食べてみる。甘い味が口いっぱいに広がる。初めての味を楽しみながら味わうことにした。
この大学芋も美味しいし、いい一日だった。
次の休みを楽しみに待つことにしよう。