書籍発売記念 殿下の気持ち
いつも読んでいただいてありがとうございます。
ありがたいことに今日、書籍2巻が発売されます。
読者の皆様のおかげです。
ありがとうございます。
今回は殿下の胸の内を書いてみました。
思春期の男の子です。
複雑なんです。
よろしくお願いいたします。
一人の少年が自室で憂いていた。
この国で唯一人、後継ぎである殿下だ。殿下は姫が入学式で首席であることに驚いていた。あんなに小さいし勉強はできないだろうと勝手に思っていたのである。
だが、よく考えればわかることだ。自分の父が気に入り従兄弟は姫の護衛騎士だ。必然的に勉強も見てもらっているのだろう。従兄弟が学生のときは自分も勉強を見てもらっていた。教え方もわかりやすくて、家庭教師よりも勉強が進んだものだ。その従兄弟が勉強を見ているのだ。首席でないほうがおかしいだろうと思い直す。
殿下はなんとなく自分の周囲が変わっていることを感じていた。何が違うと言われると困るのだが、なんとなく変わっているように思うのだ。
父親は以前から自分に関わることはなかったが、宮殿にいる時は朝の挨拶を毎日していた。その時に学校のことや勉強の様子などを話すようにしていたのだけど、最近はその話もおざなりに聞かれているような雰囲気がある。勉強しろとか、家庭教師との関係はどうだとか、困っていないかとか前は聞いてもらえていたけど、最近はそんな事も聞かれることが少なくなっている気がする。
不思議に思い宰相に忙しいのかと聞いたら、陛下は忙しくないことの方が少ないと言われてしまった。確かにそうだけど、周辺地域の掌握は終わっているし、逆らう国なんて無いだろうし、何がそんなに忙しいのかと聞いたら、宰相が困った顔をしていた。
その上で一言。
「掌握したのなら統治する義務があります。国は勝手に治まってはくれません。反発もあるでしょうし、内乱を企むものもいるでしょう。そのような者たちを抑え、我が国に治められて良かったと思わせる必要があるのです。そのために陛下は心血を注がれておられます。ご理解いただけますか?」
「内乱を企むものなど、処罰すればよいのだ」
「確かに処罰も必要です。ですが、もっと大事なことは内乱を起こす気にならないような統治をすることです。内乱を起こしても良いことはないと理解させることが必要なのです。なんでも武力で片付ければ良いものではありません。武力は最終手段です。殿下、もしや我が国に逆らうことは愚かなことだから、処罰すれば良い。ぐらいに考えてはおられませんよね?」
「そ、そんなことはない」
宰相の言葉に否定はするものの何がいけないのだろうと思ってしまう。だが、そんな事を聞けばそんなこともわからないのか? と思われるだろう。今でもそんな事をよく言われているのに、これ以上は言われたくはない。
その思いが殿下の口をつぐませる。
宰相は何かを感じたのか殿下の目を真っ直ぐに見つめコンコンと言い諭す。
「殿下。自分のお立場を思い、自分を見つめ直してください。その上で今の自分に何が必要なのか、何をするべきなのか思い返していただきたいのです。殿下、殿下は今の御自分をどう思われておられますか?」
「今の自分?」
殿下は思いもよらぬことを言われ戸惑ってしまう。
今の自分なんて考えたこともなかった。だが、今日の宰相はなにか考えがあるのか、珍しく追及の手を緩めない。
「殿下。では今のご自分はこの国に必要とされていると思われていますか?」
「必要とは」
「殿下でなくてはいけない、という事です」
「それは」
「どうでしょうか?」
殿下は先の言葉が続かなかった。
自分は後継者と言われてはいるが確定していないことは知っていた。だが、他に跡継ぎはいないし自分が後継者になるのだとなんとなくは分かっていた。だが、父親はその事を良くは思っていないような気がする。そうなると自分は何なのだろうか? 殿下は自問する。
今まで考えたことはないことだった。宰相は何かを言いたい様子だ。今まではこんなことはなかったので、思い切って聞いてみようと思った。今の機会をなくせばこんな話は聞けないような気がしたのだ。
「宰相。構わずに教えてほしい。なにか言いたいのだろう?」
「お気に障るのは確実ですが?」
「構わない。今聞かなければいけないと思うのだ」
殿下の言葉に宰相はおや? という顔になる。今までなら話すら聞こうとしなかっただろう。なにか思うことがあったのかもしれない。
宰相は殿下と向き合う。
立ち話でするようなことでないのかもしれないが、宰相自身もこの機会をなくせば殿下の成長は望めないのではないかと思ったのだ。
「では、不愉快な話をさせていただきます。最後までお聞きいただけますか?」
「わかった」
殿下は少し緊張した顔で頷く。
「殿下。殿下は陛下のただお一人のお子様です。その関係で後継者と目されております。陛下もその事は否定されていません。ですが、殿下は今のご自分がその立場に相応しいと思っておられますか? その立場に恥じない行動をされていますか? 自分が人を守る立場にあるのだということを理解されていますか?」
「守る立場?」
「そうです。国の頂点に立つということはその国民を守り、食事をさせ、安心して休む場所を作る必要があります。黙っていては危険な事から守ることはできません。何もしなくても国は回るものだと思っておられましたか? 国を動かすのは陛下です。文官が勝手に動かすのでは無いのです。陛下が指針を作り、私がその指針に必要なことを考え、陛下とすり合わせ、文官が実行していきます。その実行に問題が無いのか確認していくのが私達の役目です」
殿下は唇を噛んでいる。教わってはいても実感はないのかもしれない。もしくは自分の中で繋がっていなかったのかもしれない。
「殿下。陛下が姫様を気に入っておられる理由をなんだと思いますか? 少しは姫様の噂は聞いておられるでしょう」
「聞いている。父上に逆らったと」
「逆らった?」
「違うのか?」
「その噂をどなたから? 真偽は確かめましたか?」
殿下は返事ができなかった。
同じセリフを姫からも聞いた気がする。そんな事を思い出していた。
「逆らった、というのとは少し違います。姫様は陛下に進言されたのです。明らかな罪であっても裁判が必要だと。作った人間が守らない法律はいずれなくなる。国民の期待を裏切ることは良くない、そう進言されました。別の時には隊長や筆頭を守るために陛下の前に立たれたこともあります。同じことが殿下にできますか?」
「父上の前に立つのか?」
「ええ。姫様は時には震えながら、陛下の圧力に泣きながら、それでも諦めることなく自分にできる最大限を振り絞り、守るべきものを守ろうと必死になっていらっしゃいました。自分が国民の代弁者であると自覚されておられるようでした。どうでしょうか? 殿下に同じことができますか?」
「父上に進言すると言うことは、父上が間違っているというのか?」
「陛下への進言は間違いを正すことではありません。別な案を提案するということです。同じ人間で考えると、どうしても同じ考えになってしまいます。ですが別な案をもらうということは新しい知恵が入るということです。陛下にとっては何よりも大事なことでしょう。その理由がおわかりになりますか?」
殿下は首を横にふる。
思いもよらない話ばかりで殿下は混乱していた。だが、姫が自分にできないことをしていることだけはわかった。だから、父親に気にいられてるということも。
「父上に進言しようなどど考えたこともなかった」
「殿下。進言することは悪い事ではありません。陛下は進言をいつも待っておられます。良い進言であれば受け入れますし。受け入れられない進言でも必ず耳は傾け、意見は必ず聞かれています。唯々諾々と従うだけが良いことではないのです」
「姫はなぜ父上に進言したのだ?」
「横領問題のときでした。私と陛下は極刑にするべき罪だったのでそのまま刑を執行しようとしていました。それを止めたのが被害者である姫様です。法律を守るためだと言われておられました。法律を作ったのに守らなければ法律はなくなる。国民は喜んだのになくなれば国民の信頼を無くすことになる。国民の信頼を守り、陛下の評判を買う、2つの意味でも裁判をするほうが良いだろうと」
「被害者が裁判を進言したのか?」
「ええ反対の立場を取られた陛下を説得してまで、です。国民のために必要だからと頑張っておられました。どうでしょう? 殿下。同じことができますか?」
「できない。父上に進言するなんてできないし、反対されたらそのまま諦めると思う」
殿下は素直に自分にできないことを認めていた。
宰相は殿下の素直な態度に驚いた。今までなら反発するか、無言で立ち去るのかのどちらかだっただろう。だが、今日は素直に自分にできないことを認めている。
もう一歩進んでも良いのかもしれない。
「では、殿下。お考えください。自分にできることは何があるのか? 自分が守るべきものは何なのか。守るためには何をすればよいのか?」
「わかった。どこから考えれば良いのかも考えてみる。宰相。まずは自分で考えてみる。でも考えてもわからなかったら、きっかけでも相談に乗ってもらえるだろうか? その時は相談させてほしい」
「かしこまりました。わたくしで良ければ喜んで」
「ありがとう。すまない」
殿下はほのかに笑い、頭を下げて立ち去った。
宰相はその様子に驚いた。だが、もしかしたら殿下は変わることができるかもしれない。
宰相はその可能性を信じたかった。宰相に取っては敬愛する陛下の息子だ。できるなら殿下に後を引き継いでもらいたいと思っているのだ。
頑張って欲しいと思っている。
頑張れ殿下。