学校生活の前に ②
いつも読んでいただいてありがとうございます。
いちご農家さんのその後は少し気になると、コメントがあり
書いてみました。
今回は姫様も周辺の人物も出てきません。
時には変化があって良いかな、と思っています。
よろしければお付き合いください。
学校生活の前に イチゴ農家のみなさん
農家の男は満面の笑みを隠そうと必死になっていた。
自分の草の実が売れたのが信じられなかった。どうせ売れないだろうと思っていた。正直に言えば破れかぶれだったのだ。近所の人や親戚にも止められていた。言いがかりをつけられたり、危ない目に遭うかもしれないからと忠告されたのだ。だが、自分の子供が寒そうにしているのを見ていられなかった。万に一つの可能性でもあるのなら、その可能性にかけたかったのだ。
そして自分は賭けに勝ったのだ。
全部売れた売上で子供の服を買った。妻には手荒れがひどいから手油を買った。街の人間からみれば高価なものではないが、自分たちには高価なものだ。
妻は手荒れがひどくて、この前は少し血が出ているのを見たのだ。少しでも手が良くなればいいと思い買っていた。それだけの物を購入しても現金が少しだけ残った。本当は美味いものを買おうと思ったが取って置くことにしたのだ。
あのきれいなお嬢様は次も買ってくれると言っていたが本当かはわからない。
街の人間は気まぐれだ。それにお嬢様の隣にいた男はいい顔をしてはいなかった。お嬢様の買い物を良いとは思っていないようだった。次は代わりの者を来させると言っていたから、あのお付きの男が来るのだと思う。そうなると、次も買ってもらえるかはわからない。
男は警戒していたし、自分が来なかったと言われればお嬢様には本当の事か分からないから、買って帰らなくても不思議ではなくなる。そう考えると本当に次も買ってもらえるかは確約ではないのだ。男はその不確定さに少しだけイライラしていた。昔あった街の人間の身勝手さを思い出していたのだ。
だが、それでも今日買ってもらっただけでも、ありがたい事だと思うべきだろうと考え直す事にした。今日の売り上げで子供は寒い思いをしなくなるのだ。今日の目的は達成されたのだ。それは喜ぶべき事だろう。
男は荷物を抱え直す。誰かに取られたり、言いがかりをつけられたりしてはたまらない。この荷物は家族に持って帰りたいのだ。
村の人間たちからすると今の自分は高価な物を持っている事を自覚していた。買った物がバレないように売り物も持って行った袋に入れていた。これで何も売れなかったと思われるだろう。
嫌味や、やっぱり売れなかっただろうと、色々言われるだろうが、そんな事は構わない。家族の喜ぶ顔に勝るものはないのだ。
「ただいま」
男は家に帰ってきた。家には妻と子供が3人いる。内一人は生まれたばかりの女の子だ。初めての女の子で可愛くて仕方がない。その子が寒さで風邪でもひいてはたまらない。男はそれが心配で草の実を売りに行ったのだ。
「おかえりなさい」
男の子二人が走って自分の方へ向かってくる。あまり外出しない男が帰ってきたのだ。街はどんなところだったのか話を聞きたいのだろう。
自分に抱きついてくる子供が可愛くて仕方がない。女の子とは違う可愛さがある。男は子供たちの頭をかき混ぜるように撫でてやる。子供たちはされるがままになりながら嬉しそうだった。
「とうさん。まちはどうだった? ひとはいっぱいいたの?」
「くさのみはうれたの?」
子どもたちが口々に言うことを笑いながら頷いてやる。
「ああ。人がたくさんいたぞ。それに草の実も売れた。お前たちにもいい物を買ってきたぞ」
男はそう言いながら冬服を出してやる。子供たちは新品の冬服に歓声を上げる。
「いいの?」
「これおれの?」
服を手に取りながら抱きしめる。返せと言われても返さない構えだ。自分の物と決めているようだ。その様子に男は自信たっぷりに言ってやる。
「そうだ。お前たちのだ。大事にしろよ」
「お父さん。あんないい物、大丈夫なの?」
妻が子供たちの後ろに立っていた。そして心配そうに聞いてくる。
売りに行った手前、売れなかったとは言えずに無理をしたのではないかと心配しているようだ。その気持は自分にも覚えがあるので、安心させるように袋の中身と残りの金を見せてやる。
「見ろ。全部売れたんだ。買ってくれたお嬢様がいたんだ。明後日も持ってくるように言われた」
「本当に?」
妻は信じられなかったようだ。袋の中身を覗き込む。その中には娘の冬服と妻の手油が残っていた。そして草の実は本当に残っていなかった。
それを見た妻は初めて売れたことを実感できたようだ。涙ぐみながら安堵の息をこぼす。
「これで冬も安心して過ごせるのね」
「ああ。本当に助かった。だけどな、お嬢様は明後日も買ってくれると言っていたが、おつきの人は嫌そうな顔をしていた。次も本当に買ってもらえるかはわからない。持っては行くが買って貰えなかった事も考えておこう。そう思って金は全部は使わなかったんだ」
「そうね。街の人は気まぐれだから」
妻も同じ感想のようだ。自分よりも堅実なので納得してもらえて安心する。そして多くのものは買ってやれなかったが、せめてもと思い手油を渡してやる。
「お前にはこれしかなかった。すまん」
「ありがとう。あたしのために買ってくれたんだ」
妻は手油を両手で包み嬉しそうだ。妻が喜んでくれたことにホッとする。
無茶を言う人間ではないが自分の不甲斐なさを感じているから、責められるのでは無いかと思っていたのだ。
「お父さんのは?」
袋の中は娘の冬服と残りのお金しか無い。男の物が無いことに妻は気がついた。男は嬉しそうにニヤニヤしている。その不穏な笑顔に妻は不審顔だ。子供たちも自分の父親を見る。あんまりしない顔なのでどうしたの? と首を斜めにしている。
「お父さん?」
「俺のはいいんだ」
「どういう事?」
「久しぶりだ」
「何が?」
「お前がホッと安心した顔をするのが。すまんな。俺が甲斐性がないせいでお前には苦労をかけてばっかりだ。本当はもっといいものを買ってやりたいのに。それもできない。だから、俺のはいいんだ。少しでも金は残したいしな。お嬢様が次も買ってくれたら、今度は少しいい肉を買おう」
妻は涙ぐむ、自分の夫は甲斐性は無いが、この優しさがあるから自分は今まで頑張って来れたのだ。本当にこの人と一緒になって良かったと実感していた。一人では頑張れないが、二人でなら頑張れるのだ。
「お父さん。またまちにいくの?」
「おにくをかってきてくれるの?」
子どもたちは胸に抱きしめた服を離さず父親に詰め寄ってくる。寒い部屋の中で男は嬉しそうに、子供たちに草の実が売れたら買って来ると約束をしていた。
売れなくても残っている金がある。少しくらいなら使っても良いだろう。
妻と目配せをしながらそんな事を決断する。
同時に近所や近くに住む親戚にも黙っていることにした。明後日の約束はわからないし、ちょっとずるいが自分が頑張って掴んだ収益だ。買ってもらえるとわかったからと乗り込んで来られてはたまらない。
そう思った夫婦は無言を貫くことにした。
だが、夫婦は忘れていた。
たとえ自分たちが黙っていても他はわからない。人の口に戸は建てられない。
それは子供は特にそうなのだと実感することになるのは翌日だった。