筆頭の配慮 ②
出てきた私を見て隊長さんは驚いていた。慌てることの少ない隊長さんだがプチパニックの様子だ。
私が先触れもなくいきなり来たのだ。不意打ちだし。驚くのも無理はないと思う。申し訳ないことをしてしまった。
私が同じことをされたら、部屋の掃除もしてないのに不意打ちなんてするんじゃない、と思ってしまう事だろう。ここは素直に謝って後から私の部屋に来てもらうほうが良いだろうか?
そんな事を思いながら部屋の中を観察する。控室と言われるように中は広かった。
大きな一枚板の机に隊長さんは座っていて机はその一つだけ。執務机なのだろう。もう一つ大きなソファがあるけどそこに座っている人はいなかった。後は書棚があり、ロッカーのようなものはなかった。
どこで着替えるのだろう? それに他の騎士さんはいない。巡回中なのだろうか?
私は部屋の作りを不思議に思いながら中を見回す。
その間に隊長さんのプチパニックは解消されたようだ。落ち着いた声が聞こえてくる。
「姫様。このような場所においでとは。連絡をくだされば私がお部屋に伺いましたのに」
「いいの。隊長さんに謝りたかったの。だから直接来たの。騎士さんを怒らないでね。私がお願いしたから断れなかったのよ」
「分かりました。その事については不問にしましょう」
隊長さんは仕方ないな、という苦笑を顔に浮かべながら机の前から私の方へ歩いてくる。
私自身もいきなり本題には入りにくくて、違う話題を振っていた。
取っ掛かりがわからなかったのだ。
「控室と聞いていたけど、お部屋は大きいのね。騎士さんが大勢いるから大きくなるのかしら?」
「いいえ。ここは私の執務室です。他のものたちの控室は別なのですよ」
「そうなの? 隊長さんが使う部屋にしては地味な気もするのだけど」
「執務室ですので。仕事ができればそれで問題はありません」
そう言いながら隊長さんは私の前に来ると片膝をつき、視線を私に合わせてくる。私の身長が伸びたためか、視線は少し下になる。隊長さんが少しだけ私を見上げる形だ。
謝るなら今だろう。隊長さんが話しやすくするために視線を合わせてくれた気がする。私はそう思うと謝罪のために口を開こうとした。
だが、その前に隊長さんから言葉が発せられる。
「姫様。先程は申し訳ありませんでした。姫様にもお考えがあってのことでしょう。私の意見を押し付けるような事をしてしまいました」
隊長さんの謝罪に私は固まってしまった。
隊長さんも私の気持ちを考えていてくれたのだ。私が入浴している間に考えてくれていたのかもしれない。
私にも考えがある様に隊長さんにも考えがあって当然の事だろう。やはり馬車での話には隊長さんの考えがあったのだ。私は自分の意見を押し付ける前に隊長さんの意見を聞くべきだったのだ。
自分の浅はかさが恥ずかしい。でも隊長さんが謝罪してくれたように、私にも悪い部分があったのだ。【お互い様】なのかもしれないと思いたいが、そうはいかない。
私は隊長さんに対し責任のある立場だ、聞く姿勢を示さず拒絶をしたのだからそこは謝罪するべき部分だ。隊長さん一人を悪者にするわけにはいかないと思う。
そこははっきりさせておこう。それに、謝罪を受けいれるという事は、それだけは困るのだ。隊長さんが間違っていたと理解してくれたように、私にも同様の気持ちがある。
それに私が間違っていたら教えてもらえるのは大事なことだ。ここでこの謝罪だけを受け入れたら、私は苦言を呈してくれる人をなくしてしまう。そんなことはしたくない。
「隊長さん。謝らないで。私も悪かったの。感情的になってしまったわ。隊長さんが言う意味もわかっているの。それなのに自分の考えに固執してしまったし、説明する努力を怠っていたわ。私も悪いのよ。ごめんなさい。許してくれる?」
「姫様。姫様のような方が簡単に謝罪を行わないでください。お立場に関わります」
「だめよ。隊長さん。どんな立場であったとしても間違っていたら謝罪はしないといけない。そうでなければ私はみんなの信頼をなくしてしまうわ。せっかく忠告をしてくれたのに、それを感情で退けるような人は信頼をなくしてしまうと思っているの。だから私は信頼を取り戻す努力をしなければならない。ごめんなさい。私を心配してくれていたのに」
「姫様。私にも問題があったと考えています。姫様は人との関わりを大事にしておいでです。その考えでいけば、あの次男のことも関わりを大事にしようと考えるのは当然でしょう。馬車の中で私もその事は考えておりました。ですが、だからこそ、心配だったのです。あの次男に関しては大きな問題はございません。ですが、そのような人間ばかりではないのです。姫様。どうぞ害意がある人間もいるのだということ覚えておいていただけませんでしょうか?」
「心配してくれてありがとう。私もわかっているつもりよ。いい人間ばかりではないわ。侍女長の事もあったし、あの一件も忘れてはいないわ。そうね。確かに子供だからこそ怖いこともあるわね。そう考えると隊長さんの言うことは決して大げさなことではない。目先だけの私と、先々を心配してくれている隊長さんとでは話がずれて当然よね。私がその事に気がつくべきだったと思うわ」
「姫様。申し訳ありません。姫様にそのような事を言っていただくわけには」
「ううん。必要なことよ。隊長さん。許してくれる?」
「いいえ。姫様。お許しを頂くのは私の方です」
私と隊長さんはごめんなさい合戦をしていた。これでは埒があかないと思ったのか大人しかった筆頭が間に入ってくれる。
「では、お二方ともお互いに申し訳なかった、ということでいかがでしょうか?」
その言葉に二人で顔を見合わせる。
筆頭はニコニコ顔だ。
いいのだろうか? 責任の分量で行けば私の方が多いと思うのだが。だが、筆頭の言うようにこのままでは埒が明かないのも本当だ。
私は隊長さんともう一度顔を見合わせてる。同じ事を思っているのだろう。
一言。
「じゃあ、お互い様ね?」
「そうなりますでしょうか?」
「うん。そうしよう?」
「はい」
こうして私と隊長さんの初のいざこざは終了した。
明日からは本格的な学校生活が始まる。序盤から心配なことだが、隊長さんがここまで言うからには問題のある子もいるのだろう。
そのことだけは忘れないようにしよう。
でも、筆頭はどうして先触れもなく控室に連れて来てくれたんだろう?
その事だけは不思議だ。