説教案件
「お初にお目にかかります。わたくしは」
「たしか伯爵家の次男だったな」
「は、はい。この度姫様と同じクラスになりました。お見知り置きいただければ嬉しく思います」
「そうか」
隊長さんの塩対応モードが発動した。
人が話している時にぶった切るのは良くないと思う。人前では窘めることもできず、気持ちの上でオロオロしてしまう。
せっかくここまで案内してくれたのに、この対応では申し訳ない気がして仕方がない。
だが、隊長さんは私の気持ちも知らずに、思わず構わず尋問か? というくらいに冷たかった。
「その次男がなぜ姫様と?」
「私の案内をしてくれたのよ」
次男くんが発言する前に間に入る。
彼の口から【案内】という単語が出ると隊長さんからブリザードが発せられそうな気がしたからだ。
隊長さんはそうですか、とその一言で済ませてしまった。
お礼は? 私が言えないから代わりにお礼を言ってくれるんじゃないの? と思ったが隊長さんにその気はないようだ。
それだけ言うと彼の方には見向きもしない。
次男くんも隊長さんの様子を気にする事もなく私の後ろに下がってしまった。だが、私は隊長さんの対応にドン引きだ。
「では姫様。お疲れでしょう。帰りましょうか」
私を馬車の方へ誘導しようとする。次男くんは立礼をし見送る態勢だ。
え?? これで終わりなの? お礼は? 挨拶は? 何もなし? あんまりじゃない?
私は納得がいかず彼の方を振り返る。だが、ここで下手なことを言うとかえって彼の立場が悪くなる可能性もある。発言には気をつけなくては。
少しの迷いの後一言だけ言うことにした。申し訳ない思いを込めてなるべく穏やかな表情を心がける。
「ごきげんよう。また明日」
「はい。どうぞお気をつけて」
次男くんは私から挨拶があるとは思っていなかったのか、弾かれたように慌てて顔を上げ返事をしてくれた。
それには笑顔で頷くに留め、隊長さんの誘導で馬車に乗り込む。
彼は立礼で見送ってくれた。
最後まで申し訳ない。これは隊長さんに説教案件だ。
馬車の中で珍しく私から隊長さんに説教だ。
私から説教なんてめったに無いことだ。だが、親切にしてくれた次男くんなのにあんな失礼な態度はないと思う。
そこはぜひ訂正していただきたい。
隊長さんの体面も立場もあると思うが、あれはない。別な方法でお礼の気持を表すことは出来るはずだ。礼儀は人間関係の基本だし、円滑に勧めるための手法でもあると思う。
というわけで説教だ。大事なことなので二回言いたいと思う。
「隊長さん。あの態度は失礼だわ。せっかく親切にしてくれたのに。それにわかっているのでしょう? 私が迷子になりそうなのを助けてくれたのよ」
隊長さんは私からの説教案件に驚いている。無理もない事だ、私から説教なんて滅多にない事だ。だが、この事に関しては私は譲れないと感じたのだ。
「そのことに関しては私からも。むやみに面識のないものに道案内をお願いしないで頂きたいと思います」
「では、私に迷子になれと?」
「教師に案内をお願いする手もあったと思いますし、私が教室にお迎えに行く事も可能でした。説明不足の私も問題でした。姫様が車寄せに直接来られるとは考えていませんでしたので」
隊長さんからも私に苦言があるらしい。だが、私も隊長さんにクレームをつける。
せっかく案内をお願いしたあの子に申し訳無さが半端ない。隊長さんはなんとも思わないのだろうか。それともお貴族様のヒエラルキーの頂点にいるであろう人は気にしないものなのだろうか? 庶民の私から考えるとありえないことだ。
隊長さんは私に、簡単に誰にでもついて行くなという。隊長さんとしては私が教室で待っていると思っていたらしい、というか帰りは迎えに行くと言われていたのだが、私と隊長さんの送迎の位置がずれていたのだ。私は車寄せ、隊長さんは教室。
本来は護衛でも学校の敷地内には入れないのだが、帰りの迎えだけは例外らしい。
隊長さんとしては教室からの帰り道で危険ポイントを説明する予定のようだった。普通のお姫様は護衛がいないのに、最終ポイントから動いたりすることはないらしい。その法則に従って移動しないと考えていたようだ。
その事は申し訳ない気もするが、相手は私なのだ。その点は考慮してほしかったと思うのは贅沢な事だろうか? 私を普通のお姫様にカウントすることが違っている気がする。
そこを言ってもどうしようもない。なので隊長さんの対応を問題することに立ち返りたいと思う。
「隊長さん、問題がすり替わっているわ。私は次男くんへの対応を問題にしているのよ。私との合流を失敗したことは問題にはしていないわ」
「それはそうですが、姫様の安全に関することは後から、というわけにはいきません。それに次男への対応は問題にはならないと考えています」
「初めて会ったのよね? 初対面であの態度はないわ」
「そうですか? 問題になるようなことはしていませんが? 私と彼では明らかな立場の差がありますし、加えて後輩にもなります。姫様のお優しいお心は立派なものだと思いますが、誰にとっても良い効果を発揮するとは限りません。今までは問題ありませんが、これからは姫様に関わる人間は多くなっていきます。そのすべてが良い人間だとは限らないのです。残念なことではありますがその事は覚えておいてください」
「その可能性は理解できるわ。でも、そうやって警戒するばかりでは良好な人間関係は作れないのではない? 疑ってばかりでは相手も信用することはできないでしょう?」
「姫様が身分をお持ちでなければそれでも良かったでしょう。ですが、姫様には身分がついて回ります。その事を考えると警戒は必要な事です。なにか有ってからでは遅いのです。自分の身を守るということも覚えていただきたいと思います。特に学校内では私はお側に居られませんので」
「隊長さんは、予防的に人を疑えと言うのね」
「そうなりますね」
「良い関係は作れないのではない?」
「ですが、姫様もわたくしに初めて会ったときは、どんな人間だろうと考えませんでしたか? その延長だとお考えください」
隊長さんは【警戒しろ】という考え方を変える気はないようだ。あくまでも私に警戒するように言ってくる。その上で次男くんへの対応は問題ないと言いたいらしい。
おまけに【わたくし】って言った。私にその言い方をすると言うことは、意見を変える気はないと宣言しているようなものである。
私はその事に不快感を覚える。
意見を変えてほしいとは思っているけど嫌味じゃなかろうか? 意見を変える気がないにしても、もっと他の言い様や方法がある気がする。私は言い知れぬ怒りを覚えている。
だが。この気持を感情のままにぶつけるわけにはいかない。それは最低の上司のすることだ。意見は違えど最低な上司になる気はない。なんでも私が正しい、従えと言う気はないのだ。気持ちを落ち着けようと深呼吸をする。そして自分の気持ちを分析してみる。
隊長さんに納得できるよう話をしたい以上は、自分の感情に向き合って対応する必要があると思ったのだ。