交渉
「どういう意味でしょうか?」
私の目の前に能面のように表情のない侍女が立っている。
「どういう意味?言葉そのままの意味だけど? おかしなことを言ったかしら?」
変なことを言ったつもりの無い私はそのままの意味だと伝えた。
それを聞いた侍女が渋い顔をする。
初めて見る顔かも……
こんな顔もするのね…
何時も表情筋が無いかのような無表情しか見たことがないので、なかなか新鮮だった。
新鮮さも手伝ってマジマジと顔を眺めてしまう。
私が眺めている事に気がついたのか侍女の表情は何時もの無表情に戻ってしまった。
やはり王宮の侍女だけあって淑女教育はバッチリらしい
切替の速さはすごいわ。
私にはできないから、素晴らしいと、感心してしまっていた。
密かに感心していると抑揚のない言葉が目の前の侍女から飛んで来る。
「食事の準備が不要、と聞こえましたが」
「ええ、そうよ。それと保冷庫やパントリーの補充をお願いしたいの。定期的にね」
「…」
沈黙が返ってくる。
「どうかした?」
反応がないので私からは聞き返す。
「お食事はどうなさるのですか?」
「えっ? 自分で作るけど、それが何か?」
「ご自分で作られるのですか?」
「そうよ、せっかくキッチンをプレゼントに頂いたんだもの、活用しないと陛下に失礼だわ」
「陛下はそのような考えでキッチンを作られたとは思われませんが」
「そうかしら?でも、私は頂いたからには活用したいと思っているわ。だから自分で作りたいのよ」
ニッコリと笑顔を付けて言ってみた。
「しかし自ら料理をするなど…」
侍女が言葉を詰まらせる。『立場のある人間』がすることではないと言いたいらしい。
私は『人質』だから、この国では『立場のある人間』ではない。なので何も問題ないはずだ。
侍女が言いたいことなどわかりきっていたが、あえて知らない顔をして聞き返す
「何か問題かしら?陛下に頂いたプレゼントを使いたいだけよ」
「しかし、自ら調理をされるのは…」
私が言ったことを否定することがない侍女が珍しく食い下がる。
いつもなら「わかりました」の一言で終わりなのに
「何を気にしているの?私が料理をするだけよ。あなたたちの手間は増やさないし。この離れから出ることも少なくなると思うわ。別に不都合なことはないでしょう?」
「…」
返ってくるのは沈黙のみ
私はさらに言い募る
「作るのも、片付けるのも私が自分でするわ。キッチンにあなたたちが入る必要はないし。入ってもらうつもりもないし。それでも何か問題があるの?」
「…」
「何か言ってくれないと私もわからないわ。何が言いたいの?」
返ってくるのは沈黙のみ。
交渉は長引きそうだ





