入学式
入学式の日だ。
私は出席するために馬車に乗っている。当然、その馬車には護衛として隊長さんもいる。筆頭はお留守番だ。保護者の出席はない事になる。それは他の人も同様らしい。
そのため姪っ子ちゃんのご両親や管理番もお留守番だ。
これは貴族が多いので保護者の出席となると面倒ごとが多くあったらしい。それを避けるための策なのだそうだ。
今までいろいろあったのだと察せられる。大変だったのだろう。
そうなると護衛が学校に入るのも問題になるだろうと思っていたら、やっぱり護衛は禁止らしい。
これにも例外はなく殿下たちにも護衛は付かず、学校内は入れない。入れるのは車寄せまでになるそうだ。隊長さんとしては不満らしいが、そこはルールなので仕方がない。と言う訳で学校内は完全に教師と生徒だけになる。
学校内は貴族社会とかけ離れたものになる、と思われがちだが、そんな事はない。なんのかんの言っても身分制度から離れることは難しいらしく、それなりに幅を利かせるものはどこにでもいるのだそうだ。
隊長さんはそこを心配しているらしい。
自分が今まで大変な思いをしたようだ。
詳しい事は教えてはくれないが、それなりに嫌な思いをしたのだろう。
私もそんな事を想像すると心配なのだが、私は所詮小国のもの。大きな問題にはならないだろうと、思いたい。
注目を集めることは無いと思うし、それなりにお友達もできると思いたい。が、逆の立場であれば私は近寄りたくない人ナンバーワンだろう。
自分なら近づきたくないのに、仲良くしてほしいと思うのは図々しい人、な気がしている。
だが、仲良く出来る人がいないのも辛いので、そう考えると姪っ子ちゃんにはぜひ同じクラスになって欲しいと思っている。これは切実な願いだ。
だが、こういった希望は往々にしてかなわないものなので期待しないようにしている。
期待しすぎてだめだった時のダメージは切実だと思っているのだ。これは自己防衛本能だ。
期待が外れた時の予防を考えていると隊長さんは私が緊張していると思ったのか心配顔だ。
「大丈夫ですか? 姫様。心配事がありますか? 私も学園内の護衛につければ良いのですが。やはり陛下にお願いをして特例を作ってもらいましょうか?」
「何を馬鹿なことを言っているの? 責任あるものが特例を作るのは一番良くないことよ。そんな事、一番良くわかっているでしょう?」
「ですが、姫様の身になにか有っては遅いので」
「大丈夫よ。学校内は学生と先生しかいないのでしょう? なにかありようがないわ。まあ、子供同士の何かはあるのでしょうけど。それはどこでもあることだし、慌ててもしかたのないことよ」
「そうですが。その子供がなかなか面倒なのですよ」
「隊長さん。学生時代に嫌なことがあったの? だから私を心配してくれている?」
私の問いかけには直接的な返事はなかったが苦笑いを浮かべていた。それが何よりの返事だろう。隊長さんの中ではかなりのトラウマなのかもしれない。
だが、それも経験だ。隊長さんが心配してくれているからと言って特例を作るのは良くないことだ。心配性の隊長さんは本気で陛下に何かを言い出しかねないので、しっかりと釘を刺しておこう。
「隊長さん。心配してくれて嬉しいけど。特例はだめよ。何か有ったとしてもそれはすべて私の経験だわ。その事にどう対応するかも私の経験なの。嫌なことから逃げてばかりでは、私はどんな経験も積むことはできないわ」
「経験の種類にもよると思いますが」
「経験に種類はないわ。良いことも悪いことも、全て等しく私の糧だわ。陛下にへんな事をお願いしないでね」
「ですが」
「だめよ」
「姫様」
隊長さんはなかなか折れてくれない。
どうしても学校内でも護衛として付きたい様だ。だが、それでは私も困るのだ。
隊長さんは有名人だし一緒では目立つし、お友達もできにくい気がする。それにルールは守らなくてはいけない。
「だめって言ったらだめ。そんな事したら」
「そんな事したら?」
私はダメを強調するべく言葉を切って隊長さんを見る。隊長さんが心配そうに私の言葉を復唱する。隊長さんのダメージになるかは不明だが、私に自分にできそうな事を真顔で言ってみる。
「そんな事したら、昼食会の食事、隊長さんの分を減らすからね。私は本気よ」
「姫様。何を言ってるんですか?」
隊長さんは少し怯んでいる。私は真顔から精一杯のしかめっ面を作る。本気で言っていることを理解してもらえると思っていたら考えが甘かったようだ。
「それくらいで私が怯むとお思いですか?」
「違うわよ。怯むとかじゃなくて護衛は必要ないと言いたかったの。とにかく人間関係の形成はこれから私に必要なスキルなの。身につけなければならない事なんだから、心配しないで。それに隊長さんも嫌な思いをしたことで学んだことも有ったんでしょ? それは今、役に立っているはず。前にも言ったでしょう? どんなことにも良い面があるって。今回もそうなるはずよ。だから今は見守ってて。自分の手に負えないって思ったら相談するわ。それでいいでしょう?」
「分かりました。そこまでおっしゃるのなら、様子を見させていただきます。でも、なにかあれば本当に私に相談してくださいね。私に言いにくいのであれば筆頭に言ってください。お約束くださいますね?」
「ええ。必ずそうするわ。約束する」
私の返事に隊長さんは渋々と頷いてくれた。しかし、隊長さんがここまで言うくらい嫌なことがあるのだろうか? 少し不安がないと言えば嘘になるが、まあ、何事も始めてみなければわからない。まあ、学校が始まればわかるだろう。
それに嫌な子だけがいるとも限らない。いい子だっているはずだ。そこに期待しよう。
そろそろ馬車は学校に着きそうだ。
これから新しい生活が始まる事になる。