凄腕の隊長さん?
隊長は、侯爵と商人の話に口を挟むことなく大人しく聞いていた。自分が介入することは良くないだろうと思っていたからだ。先程の侯爵の話には思わず言葉を発してしまった。姫様の取り分が少なくなるのは賛成できなかったので仕方がないと思っている。
隊長には侯爵の真意が分からなかった。今回の話に関わろうとしている真意も分からない。
自分の領民のため、娘から話を聞いたから、と言うだけでここまで関わろうとするだろうか?
侯爵が姫様の事をどう思っているのかもわからない。だが目端の効く人だ、これだけ色々な噂のある姫様に愚かな対応はしないだろうと思っている。それに自分の娘が付き合っている事もどう考えているのだろうか? いや、付き合いに反対しているのなら今回の外出は許可しないだろう。それとも姫様を探っているのか?
隊長にも今回の事は判断が付かなかったが、その隊長をよそに二人の話し合いは続いている。それを良い事に隊長はさらに考え込む。
だが、結論は出なかった。
隊長の考えついた結論としては、侯爵はともかく、いずれ姫様から侯爵のことを聞かれるだろうと思っている。
その隊長の判断は正しかった。
「隊長さん教えてほしいことがあるのだけど」
「はい。私でわかることなら」
「令嬢のお父様。侯爵閣下のことよ」
「侯爵のことですか?」
「どんな方なのかしら? 人柄を教えてほしいの」
「気になっているのはジャムの件でしょうか? それとも侯爵の考えでしょうか?」
隊長さんは当然のように返事を返してくれた。心あたりがあるらしい。私は隊長さんから侯爵の事を教えてもらうことにする。
「どちらかと言えば、人柄の方かしら? 私はどんな方なのか知らないから。教えて欲しいの」
「ジャムの事ではないのですね」
「そこは商人が頑張ってくれているから、私が口を出す事ではないと思うの。それよりも侯爵が今後何かをするつもりがないか。そちらの方が気になるわ」
「難しい質問ですね」
私の質問に隊長は落ち着いていながらも、返答に詰まるような雰囲気を醸し出していた。私はそんなに困るような質問をしてしまったのだろうか?
隊長さんの様子に私も戸惑ってしまったがこのままでは話が進まない。難しい事を聞きたいわけではないので、隊長さんの印象で良いからと、もう一度話を促してみる。私の言葉に納得してくれたのか、諦めたのか口を開いてくれた。
「侯爵閣下は私の父と親しいのですが、その関係で私も顔を合わせる機会が多くありました。父とは仕事の繋がりもあります。まあ、私は息子ですので随分と丁寧に対応してくれていました。夫人とも何度か顔を合わせたこともありますが、夫人の方は明るく穏やかな方と言う印象があります」
「あまり悪い印象はないのね」
「そうですね。ただ、私や父の前だからと言う可能性も考えられます。私の家はそれなりの家なので、揉めないようにと気を使われている可能性もありますので」
「そうね。侯爵と言う身分を考えても自分より良いお家は少ないわよね。揉めないようにと考えるのは普通の事だと思うわ。隊長さんの印象だけでなく、他のお家の方々はどう思っているか知っている?」
「噂話程度ですが。見事に二分しています。良い印象を持っている家だと、領民のために気を使っている家だと言い。悪い印象の家だとがめつい奴だ。という感じですね」
「見事なまでに真逆の感じなのね」
「はい。子供は二人。上が令嬢で、下が息子になります。姫様の2歳年上です。息子の方は大人しい感じの子です。親に言われるままに育っていると言った感じでしょうか」
「令嬢の弟なのに? 令嬢とは違う印象ね」
「そんな感じです。男子であれば、と言う条件は付きますが、弟よりも令嬢の方が侯爵家の跡取りに相応しいと思います」
「男子でないと後継ぎになれないの?」
私は隊長さんの話に疑問を感じた。女子ではダメなのだろうか? 優秀なら誰でも良いはずなのに。
その疑問が顔に出ていたのか隊長さんが苦笑いで答えをくれる。
「姫様のお国でもそうだと思いますが、第一継承権は兄君ですよね? 姫様には継承権がないと聞いていましたが?」
「国の継承権はそうだけど、お家も同じなの? 必要に応じて女性でも継げる場合があるわ。こちらではないの?」
「わが国ではよっぽどの理由が無ければ跡を継ぐことはできません。家長が亡くなって、跡取りがなく、娘だけの場合ですね。その場合に申請し通れば妻が後を継ぐことが出来ます。繋ぎですね。その後娘が婿を取る事で存続が出来ます」
「手続きが大変なのね」
「基本は男性が家長になるものですので」
私は初めて知る内容に興味津々だった。今の話だと家の後継ぎは申請次第では一時的に女性でも後を継ぐことが出来ると言う訳だ。私の国では女性でも後を継ぐことが出来るのに。国によってルールは違うものだと理解できる。
「そうなると令嬢は後継ぎにはなれないのね?」
「そうなります。息子がいますので令嬢は嫁がれる可能性が高いでしょう」
「そう」
家庭科を専攻したくなかったようなので、令嬢は就職したい仕事があるのかもしれない。嫁ぐのではなく、就職すると言う道はないのだろうか? もちろん、令嬢が納得して嫁ぐのであれば問題はないのだが、思うところがあるのであれば協力できる事があれば協力できればと思ってしまう。だが、今は侯爵閣下の事だ。
「隊長さんは侯爵の事をどう思っているの? 印象が、なんて言っているけど、本当は調べているのでしょう? 令嬢と出かける機会もあったし、気にならないはずがないもの。私も聞いて良いのなら教えて欲しいわ」
「話せ、と命じることもできるのですよ?」
「嫌な事を言うのね。私にそんな事が出来ないのはわかっているでしょう? それに私が聞かない方が良い事もあるわ。私に必要だと思う事を教えて欲しいわ」
「私が黙っている可能性もありますよ? よろしいのですか?」
「今日は意地悪なのね。黙っているのなら命令したって同じ事でしょう? それに、隊長さんはそんな事をしないでしょう? それにそんな事をされたのなら、私に問題があるわ」
「姫様にですか? 騙した私が悪いのでは?」
隊長さんの言いように私はため息をつく。今日はとことん私を試したいらしい。
「騙されるのなら理由は3つだと思うわ。① 私に不満がある ② 私に人を見る目がなかった ③ 誰かに脅されている。そう考えると③はどうしようもない理由だわ。脅されている内容にもよるけど、人は弱みに勝てないものよ。①と②は私に問題があるわ。そう考えると私に問題がある事になるでしょう」
「そのようなお考えになるのですね」
「何よ? 何か文句がある?」
今日は隊長さんが意地悪なので私もつい強気に出てしまう。私のそんな態度は気にも留めず、朗らかに笑う隊長さんがいた。
「申し訳ありません。文句などあるはずがありません。信頼していただけて嬉しく思っています」
「本当かしら?」
疑いのまなざしを向ける私に笑顔のままの隊長さんだ。
「姫様の信頼にお応えするべく私の知る限りの情報をお教えいたします」
隊長さんの情報はとても詳しいものだった。聞いていて怖くなるほどだ。
どこからこれだけの情報を持って来るのだろう?
不思議だ。