お菓子教室とお茶会
お菓子教室が始まる。
令嬢たち2人は慎重に牛乳の量を測ったりしていた。流石に刃物は持たせられないので切る工程だけは私が行なう。といっても慣れた行為だけにサクサクと進めることが出来る。
お芋さんを水に晒し、その間にトマトを少し小さめに切る。火の通りが早くなるからだ。電子レンジがないのでこの方法しかない。
そうして材料を刻んでいる間に2人は計量を終えてパンを浸している。よく浸るようにパンを押さえようとしているのであまり押さえすぎないように注意する。押さえすぎるとパンが潰れて美味しくない気がするのだ。これは私の気分の問題なので本当かどうかはわからない。どうせジャムをつくる時間がかかるのだ、その間にゆっくり浸透させれば良いと思っている。
私は2人にジャム作りのお手伝いをお願いする。材料を入れた鍋を火にかけたので焦げないように注意してほしいのだ。2人に注意点を説明し鍋の番をお願いした。2人は少し緊張した様子だったが、しっかりと頷いてくれ鍋の前に立つ。鍋が焦げないのも大切だがもっと大切な事は火傷をしないことだ。普通の子供だったら小さな火傷は経験と割り切るのだが、この2人はそういうわけにもいかないだろう。小さな怪我でもした日には親御さんに怒られるのは容易に想像がつくし、このお菓子教室のこともバレて大変なことになるだろう。それらのリスクを避けるためにもぜひ、怪我のないように注意していただきたい。だが、ソレばかりに注意を払うとお菓子教室そのものが楽しめなくなるので、程よいバランスを大事にしたいと思っている。
2人がその事に気がついているかはわからないが、そこは私が注意していけば良いと思っている。
そんな事を考えながら2人の様子を見守る。2人は慎重にしながらも鍋の番を行っていた。その様子はフレンチトーストのことなんてすっかり忘れているようである。目の前の事に集中している様だ。
可愛いな。そう思いながらも着々とジャムは出来上がっていく。2人ともいちごジャムを作る過程を見ているので大きな戸惑いはないようだ。そのまま頑張っていただきたい。
その間に私は瓶の消毒を始める。本当は一番はじめに行っていたほうが良かったのだが、うっかり忘れていたのだ。うっかりミスをしたが作業は順調に進み無事に試食と相成った。
特筆すべき点として、フレンチトーストを焼くときに令嬢たちから自分で焼きたいとの希望があった事だろう。本当なら焼かせてあげたかったのだが、火傷が心配だった私は了承ができなかった。がっかりした2人を見た私は、令嬢からの【行動しなければ上達しない】という言葉に動かされ、今日は見学、次回は実践する、ということで話は落ち着いた。その約束のためか2人は私の手元をじっと見つめていた。見つめられての作業はなんだか緊張するもので、動きがぎこちなくなったのは気が付かれていないと信じたい。
そんなこんなでフレンチトーストとジャムはできあがった。フレンチトーストはともかく、ジャムは自分で作ったと思えるものなのだろう。瓶をキラキラしたお目々で見つめながら大事そうに両手で包んでいた。そのジャムはぜひお持ち帰りいただきたい。いちごジャムの様に紅茶に入れることはできないが、パンに付けたりして楽しむことは出来るはずだ。
んん? 持って帰ると親にバレるからだめかな? 後で確認しよう。自問自答しながらダイニングにお皿を並べていく。ちなみにお茶は令嬢が淹れてくれた。姪っ子ちゃんへの指導付きである。お茶会に呼ばれても、主催しても良いようにお茶の入れ方を覚えましょうと声をかけていた。もしかしたら筆頭にお願いされての事かもしれない。筆頭に教わるより令嬢に教わったほうが覚えやすいと思う。
全員が席についたところで、2人はフレンチトーストを眺め、私に視線を移す。その意味に気が付かない私ではない。
「どうぞ。召し上がれ」
「「いただきます」」
2人の声はきれいにハモっていた。その声は喜色を帯びている。2人は早速フレンチトーストにナイフを入れていた。甘い匂いに抗いきれなかったようだ。私も気持ちはわかるので2人の行動に倣う。
焼く時に側面まで中火を少し弱くした感じでじっくり焼いたので外はカリッと、中はしっとりとしている。卵の味も染みていて食べごたえがあった。蜂蜜やいちごジャムをつけても美味しいので勧めてみる。
2人はフレンチトーストを少しだけカットして蜂蜜やいちごジャムを乗せていた。他のものと味が混ざらないように気をつけているようだ。
2人は新しい味に夢中になっていたが、自分が作ったジャムの存在も忘れていなかった。初めて作ったジャムをフレンチトーストに載せる。先程と同じ様に少しだけ載せていた。トマトジャムは少しさらっとしていて甘酸っぱい感じだ。お芋さんのジャムは甘くコクが有りねっとりとした感じになっている。
私は少し心配している。作りたいものを、と思って希望のジャムを作ったがフレンチトーストとの相性を考えなかったのは失敗だった。私はお芋さんとトマトのジャムでフレンチトーストを食べたことがないので相性が分からないのだ。二人が美味しくない、と思わないと良いけどなと心配していたがそれは杞憂だった。
「甘くて美味しいです」
「わたくしの方はさっぱりした感じになりましたわ」
令嬢はトマトジャムの感想だ。自分で作ったからか、口に合ったからなのか否定的な感想はなかったので安心した。
私も二人と同じ様にジャムを味見してみる。2人の感想のままだった。お芋さんのジャムは甘くて美味しいし。トマトのジャムはさっぱりして食べやすかった。私にも新しい発見があって嬉しくなった。
そうしてフレンチトーストを堪能していると令嬢からいちごジャムの話があった。良いことと悪い、というか上手く行かなかった部分もあるようだ。
「姫様。申し訳ありません。あの実の、いちごジャムの件なのですが」
「お母様に使ってもらうという話だったけどどうだったのかしら?」
令嬢の話に耳を傾ける。令嬢は話しにくそうにしながらも順を追って丁寧に説明してくれた。話をまとめると納得の行く話だった。令嬢の父親の判断は間違っていないと思えるものだった。