試験のその裏で
今回は殿下の気持ちです。
姫様が入学してくるので、モヤモヤしています。
少し短いですが、お付き合いください。
よろしくお願いします。
「殿下。もう数日で新入生が入学予定となりますが挨拶などの準備はよろしいですか?」
宮殿内の殿下の部屋だ。
侍従から入学の準備について確認があった。その言葉に殿下は憂鬱でたまらない。理由は簡単だ。あの姫が新入生として入学してくるのだ。憂鬱にならないはずがない。
殿下は総会の人間だ。どうしても自分は新入生のフォローをしていかなければならない。もちろん、全学年でそんな事を行なうわけではない。だが、殿下は在校生の最高学年で総会の人間となればフォローは当たり前だ。最高学年者で総会の責任から逃れる事が出来ないのだ。
学園は10歳〜18歳まで通学することになっているが、18歳は卒業となり社会人として即戦力にならなければならない。そのため17歳〜18歳の2学年間は自分の希望する仕事に実習生として下積みに出るのだ。もちろん、必ず希望する仕事に下積みに行けるわけではないし、希望していても下積みをして合わないと分かる場合もある。その場合は就職先の変更もできるようになっている。要は仕事のミスマッチを減らすこと、合っているのであれば即戦力になる事を求められているのだ。
高位貴族は親の跡を継ぐ予定の者であっても、他の仕事を経験する事になっている。そうすることで社会のルールを学ぶのだ。現に隊長も国内の有力貴族であるが騎士職についている。他を学ぶことで後々の自分の仕事に繋げるためでもあるのだ。経験に勝るものはない、というのが学校の教育方針だ。
そのため学内の最高学年は実質16歳となり、総会を始めとして学校内を取り仕切り、新入生のサポート役となる事になっている。そうして下積みや社会に出る前に、取りまとめや人前で話すスピーチなどの練習を行なう事、下の者のフォローを行なうこと等を学ぶ事になっている。
その最たる役目は総会となる。総会役員は生徒の模範となる事が求められるのだ。
総会役員を決めるルールは二つある。一つは成績上位者となる。もう一つは学内の推薦が多い順で決められる。その二点を合わせた総合判断で決定されるのだ。
殿下は現総会の会長である。もちろんルールに則り、推薦と成績で決められていた。次代の総会長が新入生のデビューの開催と挨拶を行なうのは慣例だ。今年度からまとめ役であることを実感するためにデビューを主催する事になっている。だからこそ殿下が姫のデビューのときに挨拶を行ったのだ。
殿下は気が重かった。総会長となったときは嬉しかった。推薦は本当に皆がそう思って推薦してくれたかはわからない。陛下の手前忖度がなされた可能性も否定できないのだ。殿下は自分が他人からどう見られているのか自覚を持っている。人はみな自分の後ろにいる陛下を見ているのだと、理解しているのだ。だからこそ推薦に自信を持つことは出来なかった。だが成績は本物だ。殿下はいつだって自分の立場に恥ずかしくない成績を取らなければならない、そう思い勉強を頑張ってきたのだ。だれも褒めてはくれない、誰も気が付いてはくれないが、それでも勉強をおろそかにする事はしなかった。
殿下にとって覚えることが多い勉強は苦痛だった。暗記は苦手なのだ。それでも、父親はこの国の支配者だ。その後継者である自分が恥ずかしい成績を取ることはできない。父親である陛下に恥をかかせる訳にはいかないし。従兄弟はいつも首席で総会長だった。その従兄弟に情けないと思われたくなかった。その2つが殿下の勉強に対するモチベーションなのだ。
今の殿下は姫の事で頭が一杯だった。自分の大好きな従兄上をそばに置き、自分の方は見向きもしてくれない父親が関心を持っているのだ。その上、城下の人気の食事は姫の考案だと聞いたことがある。自分は社会に関わった事はない。
だが姫は社会と関りを持っている事になる。自分には成しえない事だ。羨ましいのと妬ましい気持ちと複雑になっていた。
本来なら自分は姫のサポート役となるべきなのだろう。それは分かっている。だが、気持ちの整理がつかないのだ。自分は分かってもらいたい人には見向きもされないのに、あの姫は自分が欲しいものをやすやすと手に入れているのが妬ましくてならない。年下の少女にこんな気持ちではいけないと分かっているのだが。
殿下の考えは堂々巡りになっていた。この気持ちはどうする事も出来ないのだ。
彼は気がついていない。自分の視線が身内にしか注がれていないことを。
父親や従兄弟、家庭教師から視線は常に国民を見るように、周囲を見るようにと言われているが、その事を実践できていない事に気が付いていなかった。国民に視線を向けたことはなかったのだ。殿下は父親と大好きな従兄弟に褒められたい、認められたい、という思いしか持っていなかった。
彼に実感として、自分の視線の行き着く先が国民でなければならない、とは思っていなかったのだ。結果としてその行為が彼を父親・従兄弟から認められるという事から遠ざけることに気がついていなかった。
殿下は自分の考え違いに気がついていない。要は父親と従兄弟に認めてもらいたい思いだけに囚われている。そして殿下に近しい人はその思いに気がついていなかった。殿下自身もその事を誰かに口にしたこともなかった。それ故に誰も気がつくことができないのだ。それは悲しいことだった。
だれか殿下の思いに気がつくことができれば、殿下の周囲は大きく変わることが出来るのかもしれない。