外出のその後で ②
閑話 外出のその後に (管理番と商人の場合)
出来上がったジャムを目の前に二人の男性が難しい顔をしている。いや、一人は難しい顔をしているがもう一人は楽しそうな、嬉しそうな顔をしていた。
難しい顔をしている管理番が楽しそうな顔をしている商人に話しかけていた。
「そのジャムは売れそうだけど、色の件で文句を付けられないかな? そこだけが心配だ。大丈夫か?」
「大丈夫だろう。ご令嬢が母君にお願いすると言われていた。あの方が使ってくだされば間違いなく評判になる。いい意味でも、悪い意味でもな。それに姫様が考えられたもので売れなかったものはない」
「確かにそうだが。悪い意味とは?」
「どこにでも対抗勢力はいるもんだ。追い落としたい連中が何か言い出すだろうが、それをねじ伏せるだけの美味さがあるから大丈夫だろう。それに貴族に使われなくても城下ではすぐに評判になるから問題ないさ」
商人は自信ありげにニヤリと笑う。その笑いは姫様には見せたことのない側面だった。管理番は見慣れているからか気にする様子もなくジャムの瓶を見る。
管理番はジャムを前にして今日の事を思い返していた。
やはりというべきか予想を外さないというか、姫様の外出が普通に終わるはずはなかった。前半は買い物をしたり、試着をしたりと貴族のお姫様のような買い物だった。途中途中で自分の姪の問題行動に頭を悩ませてはいたが(帰宅してから報告兼説教コースを心に誓いつつ)管理番は意外に普通だな、と思いながら順調に進んでいくことに安心していたのだ。
だが、やはり姫様だ。何事もなく終わるはずもなかった。街の男たちに絡まれている露天商を見て、すぐに立ち去れないのが姫様だ、と思いながら本人に理由を聞くと果物が気になったと言われていた。
果物が原因なのが姫様らしいと言えば姫様らしいのだが、困った方だと思わなくもない。あの隊長様は困り切っていた。あの隊長様を困らせられるのは姫様ぐらいだろう。
しかし、本当かどうかはわからないが、赤い果物は危険だと言われていた。良くてもお腹を壊すか、悪かったら死んでしまうと聞いている。その実をためらいなく食べようとする姫様に声も出なかった。護衛騎士の一人が毒味をしていたが、勇気のある人だと思う。姫様のためなら私も毒味はできるがあの場ですぐに自分が食べなくては、という考えまでにはいたらなかった。護衛騎士の方たちは、わが身を盾にと考えている方たちなので、毒見も自分が、とすぐに思えてしまうのかもしれない。私は自分の思慮が足りずに恥ずかしく思ってしまう。
毒見が済んだと思えば、その後も姫様は露天商と交渉を始めてしまわれる。その姿は商人と交渉をしていたことを思い出してしまった。私が懐かしんでいる間に、果物をすべて購入して次の分も購入されるとか、本気なのだろうか? 新鮮だから毒がなかっただけで、古くなったら毒が出てくるとかあるのではないだろうか? 姫様はあの果物を食べたことがあるような話をされていた。私としては毒が心配で仕方がないが、商人のところで何かを作られるおつもりのようだ。考えがおありなのだろうと思っていたら、あっという間にジャムと言うものを作ってしまわれた。しかも地域の人たちに稼ぐ方法を教えなければならないと、ジャムの作り方も教えてしまわれるそうだ。姫様は取り分もいらないと言われてしまっていた。こうなっては姫様に良いことがないと心配していたら、隊長様が公平性のことを姫様に説かれていた。姫様のお顔から察するに【私は困ってないから良いじゃない?】とか思っておられそうだ。隊長様の公平性に頷かれていたので、姫様ばかりが損をする事が無くて良かったと思ってしまう。姫様は妙に聡いところと、抜けておられることがあって心配になってしまう。特にご自分の事には無頓着なところを多々お見受けする。隊長様が頭を悩まされておられるので気持ちが理解できるところだ。まあ、そこが姫様らしくて良いところなのだけど。
こうなってはジャムは評判になり、あの者のいる地域は有名になり、収入が上がっていくだろう。姫様が心配されていたことが少しづつ改善されていくはずだ。良いことなのだが、姫様の評判が上がっていく事は間違いないはずだ。姫様は殿下のエスコートを断ったことで自分の評価は下がったと思っておられるのだろうが、そんな事はないはずだ。陛下は姫様を諦めてはおられないだろう。
姫様が困ったことにならなければよいのだが、それだけが心配でならない。
外出のその後で (姪っ子ちゃん家族の場合)
「ただいま戻りました。お母さま」
「お帰りなさい。買い物はどうだった? 楽しかった? お姫様やご令嬢にご迷惑をおかけしてはいないわよね?」
「とても楽しかったです。姫様もご令嬢も優しくて。もっと大好きになりました」
姪っ子ちゃんは母親に抱き着きながらそう話す。三人娘の中で一番年相応なのは姪っ子ちゃんなのかもしれない。母親もその娘を大事そうに抱きしめ返していた。正しい母娘の姿だ。父親も帰宅していたのか、帰って来た娘に声を掛ける。
「お帰り。楽しかったようだが、姫様にご迷惑をおかけしなかったか?」
「お父様まで。ご迷惑なんてかけてません。楽しかったんですよ。ご令嬢と姫様のドレスを選んで、露店でパンを食べて、雑貨を選んだり。途中でちょっと怖い男の人がいましたけど、すぐに警備の人が来てくれたので、何もありませんでした」
姪っ子ちゃんは初めの父親の言葉に少しだけ頬を膨らませたが、その後の自分の言葉で楽しかった事を思い出したのか楽しそうな表情になり、今日の出来事を父親に話す。
「絡んでくるような人がいたのか?」
「はい。少し怖かったですけど、隊長様や警備の人たちがすぐに対応してくださいました。ですので大丈夫でした」
「そうか。良かったよ」
父親は心配そうな表情が一転して安堵の表情になり娘の頭を撫でてやる。穏やかな家庭の一場面だ。
しかし、姪っ子ちゃんは知らない。管理番は姪っ子ちゃんの問題行動を報告する予定がある事を。それにより、姪っ子ちゃんは両親、管理番から説教コースが待っている事を。
頑張れ、姪っ子ちゃん。