外出のその後で
隊長さんと筆頭の場合
「隊長様。姫様に危険はなかったのですか?」
「大きな問題はなかった。あの街の男たちが例外だったのだが。周辺の監視が緩かったのだろう。あの地区の担当者は処罰をしておく」
「姫様はお気づきでは?」
「お気づきではないだろう。自分のことには無頓着な方だからな」
「そうですわね。もう少し自分の事に気を使っていただけたら安心なのですが」
隊長と筆頭はため息を付く。姫様の無頓着加減をどうにかできないかと頭を悩ませているからだ。
姫様は気がついていない。護衛は4人と言われていたが実際は20人以上の警備が配置されていた。周囲は勿論のこと、その日に限っては、街の門にも特別警備が配置され、問題ないかと監視していたのだ。隊長からすれば、街で絡まれた事自体が問題だが、その後の聞き取りで街の住人で有ることが確認された。流石に住人を追い出すわけにもいかず。普段であれば問題行動であるが、捕まるほどのものでもない行動だったので、住人を排除するわけにもいかなかった。実際、姫様がその場から立ち去れば問題が大きくなることもなかったのだ。そう考えるとあの男たちも不幸かもしれない。
「まあ、このことで姫様の危機意識が育つと思えば結果的には良かったかもしれないな」
隊長の言葉に筆頭も頷く。どんなことにも良いことが有るはずよ、とは姫様の言葉だった。
令嬢の場合
外出から帰宅し夕食も済ませ寛ぐ時間。令嬢は父親の元へ向かっていた。仕事が終わっていないと執務室へ父親が籠っているからだ。令嬢は気になる事があり、どうしても父親に確認したいことがあったのだ。
「お父様。お時間をよろしいでしょうか?」
「珍しいな。この部屋に来るなんて。入りなさい」
「失礼します。お聞きしたいことがあったのです」
令嬢は緊張からか少し表情が硬い。父親にこんな事を聞くのは初めてだ。叱られないだろうかと不安になりながら示されたソファに座る。
父親は娘の珍しい行動に驚きつつも拒絶する事はなかった。娘が自発的にこの部屋に来る事はない。仕事の邪魔をするのは申し訳ないと遠慮しているのを把握しているのだ。その娘が来るからには何か理由があるのだろう。
「聞きたいこととは?」
父親から口火を切られる。令嬢は忙しい父の時間を無駄にするのは申し訳ないので言葉を選びながら話を始める。
「お父様。以前。赤い草の実を習慣的に食べる地域が有るから心配している、と話されたことがありました。その地域は確か、お父様の所領だったと思うのですが? いかがでしたでしょうか?」
「そうだよ。随分前に少し話しただけだったのによく覚えていたね。赤い実は毒がある可能性があるから食べないように、と何度説明しても昔からあるから、と習慣を変えようとはしないのだ。幸い死亡者は出ていないのが救いだが、困ったものだと、頭を悩ませているのだが、解決策が見つからなくてね。どうしたものか。それがどうかしたか?」
父親の肯定に令嬢は血の気が引くような気がした。
では、あの露天商は父の所領の人間だったのだ。父の所領の人たちが寒さに困らないようにと草の実を売りに来ていたのだ。知らなかった。所領の人たちがそんなに困っているなんて。自分はこんなに恵まれているのに、彼らは寒さを心配しなければならないのだ。なんてことだろう。
令嬢は自分の無知が恥ずかしく、悲しくて仕方がなかった。
令嬢は、自分の立場には責任があるのだと教えられて育ってきている。その責務を果たすために教育を受け、他の人よりも恵まれた立場にあるのだと。今まではその責任を果たすのはどういう事か理解は出来ていなかった。
しかし今日、姫様からその手段の一つを見せてもらった気がしていた。姫様はお金を配るのではなく稼ぐようにしなければならない、と言っておられた。要は手助けをしながら自分たちで生活できるようにしなければならない。援助が無くなれば彼らは直ぐに立ち行かなくなる。そんな中途半端な援助は良くない、という事なのだろう。
令嬢はその言葉の意味が理解できた時、姫様の視野の大きさに驚く事しかできなかった。露天商の話を聞いていた時は可愛そうとしか思えなかったが、姫様は彼らの援助方法と先の事まで見据えて考えておられたのだ。
令嬢は自分にできることは何なのか考える。姫様がジャムを作ってくださったのなら、自分は売れる手助けができないだろうか。幸い、母の言葉は社交界では重んじられている。母が気に入った物はその後飛ぶように売れるのだ。
ドレスや茶器、靴にハンカチ、母に使ってもらいたいと多くの物が持ち込まれる。母が認めたものはそれだけ販売数が違うのだろう。その母がジャムを使えばどうなるか、考えなくてもわかる事だ。
「お父様。お願いがあります。お母様を一緒に説得してほしいのです。お父様の領民が困っているのです」
「詳しく説明しなさい」
令嬢の言葉に父親の目がきつく光った。