祝 お出かけ ⑩
私のいちご愛が炸裂しています。
ジャムは単品で食べるよりも、なにかと合わせて使うほうが使いやすいと思う。そう考えているうちにお茶とクッキーの用意がされていた。あっと言う間のことである。用意されたクッキーや紅茶に追加してパンも用意してもらう。ジャムとくればパンだろう。後からパンを思いついた私は慌ててパンも追加してもらったのだ。
商人は一度口にしたからかためらいがない。パンや紅茶を楽しんでいる。管理番はその様子を見てパンを手に取りジャムを乗せていた。初めて食べるから少し乗せるだけだと思ったら、意外にもたっぷり乗せて、あむ、っと食べる。ためらっていたわりに意外にも大胆だと思って眺めていると、それに続いたのは隊長さんだった。隊長さんもパンを選択して食べている。2人は甘い物好きなので甘さがわかりやすいパンを選んだのかもしれない。
トリオが食べているのを店員さんや令嬢たちが心配そうに見つめている。味見を無理に勧めるのもな、と思っていると横から姪っ子ちゃんの声がした。
「これ、甘くて美味しいです。ビックリしました」
「こら。はしたない」
姪っ子ちゃんの大きめの声に管理番が驚いて嗜める。だが、自分が思っていたよりも美味しいことに驚いたであろう、姪っ子ちゃんの声は更に大きくなっていた。
「でも、叔父様。思っていたのとぜんぜん違うんですもの」
「どう思っていたのかしら?」
皆が忌避感を持っていることが気になっていたので、ついでの様子を装って聞いてみる。
私の質問に首をかしげた姪っ子ちゃんだったが、私が外国人だった事を思い出してくれたのか、忌避感の理由を教えてくれた。
「赤い果物は毒があって、食べたら死んでしまうと言われていたんです」
「かなり昔の話ですがなくなった人物がいたらしく、それ以来食べてはいけないと言われています」
姪っ子ちゃんの話に令嬢が付け加えてくれる。ついでとばかりに隊長さんも話を追加してくれる。
「赤いということと、木になる果物でなく、赤い小さい草の実、ということだけがわかっています」
「なるほどね。だからトマトとかは平気なのね。いちごは小さいから草の実だと思えるし。見慣れなければ不安に思うでしょうしね」
私は忌避感の理由に納得できた。そうなるとジャムで売るのは正しいかもしれない。ジャムだと最初の形はわからないから食べ物と認識してもらえるだろうし、実演販売で一つだけでもその場で食べれるように封を開けていても良いだろう。
私は商人に売り物になるか聞いてみる。
「どう? 商人。売れるかしら?」
「この美味しさなら問題ないと思いますが、色が大丈夫でしょうか?」
「ジャムなら元の形がわからないから大丈夫ではないかしら? どう思う?」
「いちごそのものは販売されないということですか? 売るのはジャムだけにされますか?」
「皆の話を聞くとその方が良い気がするわ? もちろん生産者の方達がどう思うかにもよるけど。いちごそのものも販売できたほうが良いと言われるかしら? 忌避感があることを説明すればジャムだけでも良いと言われると思うけど」
「そのへんは相談ですね。ジャムが売れて美味しさが広まればいちごも馴染むかもしれませんし」
「では、販売をお願いしたいわ。生産者の方達は今日は夕方まで、次は明後日に来る予定になっているわ。いちごを買う予定になっているから、いちごを買ってジャムを作って販売の相談まで、ってなるから結構手間だと思うけどお願いしていい? ジャムを販売する相談はなにもしてないの。生産者の方からすると寝耳に水の話だわ」
「ご安心ください。いつもの販売手順と何ら変わりません」
商人は力強く請け負ってくれた。安心感が半端ない。このなんでもやってみよう、というチャレンジ精神が今の商人を作っているのかもしれない。中途半端に話だけを持ってきて、後は丸投げの私を責めることもなく商人は販売を引き受けてくれた。
商人との話がまとまったことに安心し、後は皆の反応を聞こうと思っていたら隊長さんからダメ出しが入った。
「姫様。今回のジャムについて姫様の収益は生産者に配分と言うことでしたが、それはいかがなものかと思いますが?」
「どうして?」
隊長さんからのダメ出しの理由が理解できない。私の取り分を私が決めて何がいけないというのか? ちんぷんかんぷんの私は本気で隊長さんに理由を確認する。
首を捻っている私を珍しいものを見るような目で理由を説明される。
「聡明な姫様らしくないですね。姫様のお立場では公平性が必要な立場です。一つの地域だけを優遇するのは感心できません。商人経由で取引をした場合は取り分が発生し、姫様の目に止まったものだけは取り分が発生しないというのはどうでしょうか? 話さなければわからないことでしょう。ですが、どこからか話は漏れるものです。そうすると商人がピンはねしたことになります。支払われる金額が違うのですから。今度は商人の信用問題に関わります。商人が悪徳商人になりますが。そこはどうお考えですか?」
「そうなるの?」
私は思わぬ話に商人を見る。商人は微苦笑していた。商人にはこの事はわかっていたようだ。それでも私の考えを優先して教えてくれなかったのだろう。商人の評判を落とすのは本意ではない、私はただ子どもたちに少しでも良い環境を作りたかっただけだ。
どうしよう。いつもと同じにするべきだろうか? だが、それでは環境改善には時間がかかる気がする。季節は待ってはくれないのだ。
「どうしたらいい? 商人の評判を悪くする気はないわ。でも、子どもたちが寒い思いをするのも嫌なの」
私は隊長さんに教えを請う。大人としての知識はあっても、施政者としての知識はゼロだ。勉強している隊長さんなら良い案があると信じたい。
「やはり、自分の分は配分されたいと思われますか?」
「ええ。私には充分なお金があるわ。溜め込み過ぎは良くないと話をしたばかりよね? だったらその分を配分することは良いことだと思っているわ」
「わかりました。では、この方法ではいかがでしょうか?」
隊長さんから提案があった。
① 初年度は、仕入れ分のみの支払いとする
② 次年度から販売数が一定数以上になったらアイデイア料を姫様に支払う。一定数以下なら免除とする
「そして、次回からはすべての契約を同じ内容で行えば商人の売上には影響はありませんし、姫様の利益は変動しますが、分配をするという意味では安心ではありませんか? これなら公平性もたもたれるでしょう。今までの契約には影響しませんが、これまでの契約では充分な利益が出ているようですし、そこまで大きな影響はないでしょうし」
「ありがとう。そんな方法があるなんて思いもしなかったわ。商人も迷惑をかけるところだったし。気が付かずに悪かったわ」
「いいえ。姫様のお気持ちを思えばそれくらいのことはと思いまして」
「ありがとう。その気持は嬉しいけど、商人の評判が悪くなるのは良くないわ。私が気がついていないことがあれば、次から教えてほしいわ」
「承知いたしました」
商人は約束してくれたけど、ちゃんと教えてくれるかな? 気が付かないふりをして黙っていそうだ。隊長さんに確認するようにしよう。
心にメモをしつつ、味見組の様子を見る。皆で紅茶を楽しんでいた。慣れたのか美味しそうにしている。その反応に満足していると令嬢からお手伝いをさせてくださいと提案があった。