祝 お出かけ ④
私は神経をゴリゴリ削られながらドレス屋さんを出た。あのドレス一式は宣言と共に離宮への配達が決定された。その手配と姪っ子ちゃんがドレスに見入っている間に隊長さんに着る機会がないともったいないのでは? と確認したらいい笑顔で返事が返ってきた。曰く「機会はいくらでもありますが、万が一ない場合は作ればいいんですよ」との事だった。この話を広げると私自身に被害が及ぶので黙って引き下がる事にした。
姪っ子ちゃんや令嬢が買い物をすませたので、次のお店へ行きつつ露店を見ることにする。ついでに食べ歩きが出来ればいいなと企んでいた。
私は日本で生活していた時も食べ歩きが大好きだった。旅行やバスツアーなどで出かけた時も欠かさず買い食いはしていたので、今日も楽しみで仕方がない。神経をゴリゴリと削られた後なので、買い食いに癒しを求めることにする。
外はスッキリと快晴で気持ちが良かった。冬だけあって少し寒いがそこまで気になる程ではなかった。これは私の日ごろの行いの賜物だろうと、日本人らしいことを考えつつ露店を覗いて歩く。バッグを中心に並んでいる露店を見つけ、皆に声を掛け覗かせてもらう。私としては気になって仕方がなかったのだ。ぜひ心行くまで覗かせて欲しい。
「いらっしゃい」
露店の主に声を掛けられる。気風の良いおば様だった。見せて欲しいと伝え眺めてみる。商売っ気のない人なのか、あまり色々を言われず見やすかった。だが、風習が違うだけあって私の好みの物はなかった。
「お嬢様。どういうものがお好みなのですか?」
「少し大きめの物が好きかな? 大きい方が便利でしょう?」
「そうですか? 中に入れるような物がありますか? ハンカチとかだけだと思うのですが?」
「そうですね。お嬢様なら大きな荷物は持ってもらえば良いでしょうし」
生粋のお嬢様たちは発想が違った。なるほど、荷物は自分で持つのではなく人に持ってもらうのね。思いつきもしなかったわ。だからなのか女性向けのバッグは小さいものが多いのだと納得した。私は自分にない発想に驚きながら、好みの物はないなと諦めかけていたらワゴンの端の方に茶色のバッグを見つけた。それが気になって手を伸ばす、が届かない。自分の身長が恨めしい。背伸びをして手を伸ばすと管理番が私の代わりに手を伸ばしてくれた。
「これですか?」
「ええ。ありがとう」
私はそのバッグを開けて中を確認する。小さな茶色のバッグ。布製品だがマチはしっかりしていた。中に仕切りはなく小分けに入れられるようなポケットもなかった。小分けにして入れるようなものが無ければポケットは必要ないのかもしれない。バッグの出来具合を確認していると隊長さんが購入するか確認してきた。欲しいと言えば欲しいけど、使い道があるだろうか? 私のお出かけや今後の事を考えて躊躇っていると令嬢がアドバイスをくれた。
「お嬢様。購入されても良いのではないでしょうか?」
「使うチャンスがあるかしら? 使ってあげられなかったらこのバッグが気の毒だわ」
「ご自宅の中で使われても良いですし。学校に通学されるときに気に入った物を入れても良いかと思いますわ」
なるほど、離宮の移動の時に好きな物を入れるという手があるか。それは目から鱗だ。納得。使える気がする。せっかく購入するのだ、使わない道具は可哀想だが、使えるなら欲しい。そう思い隊長さんに買ってよいか聞こうと思ったら、すでにお金を払っていた。行動が早い。
こうして茶色のバッグは私のものとなった。ご機嫌でバッグを持っているとお店のおば様がハンカチをおまけで入れてくれた。
「大事に使ってよ」
「ありがとうございます」
「道具は使ってもらって嬉しいものだから。本当にそう思うよ」
店主のおば様もさっきの話を聞いていたらしく、共感してくれたのか、おまけをくれたようだ。
私はその気持ちが嬉しくてもう一度お礼を言ってその店を後にした。
新しいバッグをルンルンで持っていると令嬢が意外そうに言ってきた。
「お嬢様はご自分が購入されたのにお礼を言われるのですね」
「? どういう意味かしら?」
私は意味が分からず聞き返す。品物を購入したら【ありがとう】を言うものではないだろうか?
令嬢は少し恥ずかしそうにしながら、自分はお礼を言ったことがないと告白してきた。お金を払う方だから必要を感じたことがないのだと言う。なるほど、生まれながら高位の貴族に生まれ、令嬢として育っただけにそういう感覚が出来上がっているのかもしれない。
「確かにお金は払うけど、それは売られている物に対する対価で当然のものでしょう? 良い物を作ってくれてありがとう。良いものを見つけてくれてありがとう、って言うのは当然の事だと思うわ。先日クッキーを作ったでしょう? 一生懸命作ったクッキーを何も言わずに食べられたら悲しいと思うのだけど、どうかしら? ありがとう、とまでは言われなくても美味しいとか、頑張ったのね、とか一言は欲しいと思うのだけど?」
「はい。それはそうだと思います」
「でしょう。お店の方は初めて会う方だし、長く話すわけではないから【ありがとう】が一番気持ちが伝わると思うの。だからなるべく言う様に気を付けているの」
「そういえば、お嬢様は商人にもいつも言われていますね」
管理番が思い出したように話を足してくれた。隊長さんも思い出したようだ。もしかしたら【ありがとう】は私の口癖かもしれない。軽いかな? でも何かしてもらったら【ありがとう】は必要だよね。私は止める気もないので必要な事だと納得していると令嬢も共感してくれたようだ。
「そうですわね。品物に金銭を払うのは対価だから当たり前の事であって、良い商品に対するお礼を言うものとは別ですものね」
令嬢も今度から少しでもありがとうを言うと宣言していた。私の経験だが、これが習慣になると対人関係が変わってくると思う。
この習慣は前の人生で職場の上司に言われてた事だった。【すいません】ではなく【ありがとう】でしょう。いつも【すいません】を言うものではない、自分を否定する言葉だからと。あまり注意をしない上司が真顔で注意してきたことがあった。その言葉に納得できた私はそれ以来【ありがとう】を言うようにしている。それからだったが対人関係が上手くいくようになった気がする。気のせいかもしれないけど。言葉は大事だと実感した時だった。
私は昔を懐かしく思い出しながら、次の食べ歩きをするべく露店の探索を始めた。