祝 お出かけ
私は今この国に来て最高潮に浮かれているだろう。なにせ初のお出かけは間近だ。
しかもこの国に来て初めてのお友達とのお出かけなのだ。嬉しくてたまらない。
そして最大の問題である護衛については相談の結果。6人になった。
ここにたどり着くまでには紆余曲折、侃々諤々の論争があった。その最大の原因は私と隊長さんとの危険性と護衛がつくことに対する認識の差である。
この差は大きかった。私の感覚では安全性の高い日本で暮らしていたあの感覚だ。その関係で護衛も念の為、もしくは形だけのつもりでいた。現に今までも危険なことは一度もなかったからだ。隊長さんの説明を聞いて、今の安全は隊長さんたちの努力の結果であると理解できた。
やはり私の周囲は時々危ない事があったようだ。といっても命の危険ではなく、【陛下のお気に入りはどんなやつなのか】、という調べられる面での危険性だ。ある程度の情報は仕方がないとしても、離宮に忍び込むような危険は排除されているそうだ。今までは私が怖がると思って知らされていなかったようだ。
しかし、今回は城下である。調べられる危険性ではなく、スリや強盗、誘拐(そんな危険な事が城下で起こるとは一回も考えなかった)などの危険なので、譲れない、ということになった。陛下のお膝元なので他所よりは治安に力をいれているので安全性は高いが、それでも、ということだ。
あれだ。平和な日本で暮らしていたら、海外で危ないことへの認識が低いというやつである。私は幸いなことに強盗にもスリにも誘拐にもあったことはないので、ピンと来なかったが、反省の意味を込めて隊長さんの護衛計画に頷いた。
大変申し訳無いと反省したものだ。
今後は私も認識を改めて安全面については協力体制がとれるように配慮するつもりだ。
というわけで、護衛の一人目はトリオの一人である隊長さんだ。この人抜きで護衛は語れないだろう。もう一人は私について、他の人達は離れた場所から護衛をしてもらうことになった。しかし、そうなると周囲が手薄になる、ということで令嬢の護衛さんが二人つく(他の3人は離れた場所からの護衛らしい)ことを良いことにそれに便乗させてもらうことになった。その人達には私の身分は明かさず、友達という事になっているらしい。しかし、隊長さんが一緒ならバレる気がするけど、そこには触れないことにした。ヤブを突く気はない。もしかしたらわかっていて、そういう話になっているのかもしれない。令嬢が説明してくれるというので、そのままお願いした。
他のメンバーは荷物持ちという名目で管理番も来てくれることになった。管理番は姪っ子ちゃんも一緒なので、そのお目付け役も兼ねているらしい。どちらにせよ気楽なメンバーが多くて楽しみだ。
外出のときは目立たないようにと、普通の服で良い事になった。令嬢たちもあまり華美な服装は着ないそうだ。溶け込めるようにとの意図があるらしい。隊長さんや騎士さんも私服になる。なんにせよ服装も気楽で嬉しい限りだ。
ここまでのお膳立てがつつがなく揃うとお出かけが楽しみで仕方がない。食べ歩きもしたいし、買い物はしなくても良いけど、お店は覗きたい。私はワクワクしていた。
「姫様。楽しみで仕方がないようですね」
筆頭がにこやかに話しかけてきた。今日はなんの予定もなく趣味の読書に勤しんでいた。護衛は隊長さんでなく別の人だ。隊長さんは城下へ下見に行っているらしい。
「そうなの、楽しみだわ。初めての外出だもの。城下はどんな感じなのかしら? 人は沢山いるのよね? 屋台みたいなのはあるのかしら?」
「屋台? ですか?」
「あ、ごめんなさい。こちらでは露店というのだったかしら」
危ない危ない、浮かれすぎて庶民感覚が丸出しだわ。
「露店のことなのですね。ございますわ。なんでも歩きながら食べるものもあるらしいですよ」
「筆頭は食べたことはないの?」
「はい。流石に食べながら歩くのはちょっと。。。。」
さすが礼儀作法の先生は子供の頃から躾がバッチリだ。しかし、筆頭の言葉で露店があって食べ歩きができることがわかったので食べ歩きは絶対することに決めた。食べ歩きをするようなものなら値段も手頃だろう。
その時大変な事に気がついた。私は血の気が引いた。そして筆頭にすがるように視線を投げる。
「どうしよう。大変な事に気がついたわ」
「姫様。どうなさいました?」
筆頭もどうしたのかと私の顔を覗き込む。近くに来てくれたことを良いことに筆頭の腕を握って訴えかける。
「どうしよう。筆頭。私、お金を持ってないわ」
「はい?」
筆頭の目が丸くなる。予想外の事を言われたような感じだ。だが、私はそれどころではない。先立つものが無ければ何もできないのだ。買い物は諦められるけど、買い食いが出来ないのは痛い。血涙が出そうだ。どうしよう。
「私、自分で自由に使えるお金を持ってないわ。どうしよう。お買い物ができない。食べ歩きも。楽しみにしてたのに。せっかく初のお出かけなのに、楽しみが半減する。本当にどうしよう。誰かに借りるとか? でも返す当てもないし。遊びにお金を借りるのは道義的に良くないし。どうしよう」
「姫様。落ち着いて下さい」
筆頭は私の発言に驚いていたが、私を宥めるように落ち着いた様子を見せる。そう言われても落ち着けない。私は頭の中でどうしよう、お金がないがグルグルしている。
だが筆頭は落ち着いていた。落ち着いて下さいともう一度言われた。対策があるらしい。私は救いを求めて筆頭を見上げる。
「どうにかなるの?」
「姫様は自由に使えるお金はお持ちですし、お店の買い物は離宮に届けるように依頼してください。離宮で支払います。もしくは隊長様が精算してくださいます。露店でお買い物をなさるのなら、それも隊長様がお支払いをしてくださいます。なんの心配もございません。ご安心ください」
「? 私の支払いを隊長さんがしてくれるのっておかしくない?」
「支払いをされるのは隊長様ですが、品格維持費の中から支払いますので隊長様が支払うわけではございません」
「食べ歩きのお金は品格維持費は関係ないと思うのだけど」
「名目は品格維持費ですが、実際は姫様のための予算ですので、おこづかいも含まれます。ある程度の自由はききますので。予算を大きく超えなければ問題にはなりません」
「そうなの? 食べ歩きと、買い物しても怒られない?」
「問題ございません。むしろ予算が余っているので使って頂いてちょうど良いかと」
「そうなんだ。良かった」
私は本気でホッとしていた。使って良い予算があるとは思ってもいなかった。使いすぎは良くないんだろうけど、ある程度の自由があるのは嬉しい誤算だ。
これで準備万端といったところだろうか。
後は当日を待つのみだ。