お菓子教室からの
「「熱ーい」」
二人は同時に悲鳴を上げた。口から出したいくらいに熱いだろうに、ハフハフして熱を逃がしつつクッキーを味わっている。飲み込むにも時間がかかっている。あの熱さを飲み込むのは無理だろう。私はそう冷静に判断していた。トリオの時も思ったが熱いものを食べるときの行動は誰でも同じなのだと思う。二人は熱いけど美味しい。美味しいけど熱い。これ如何に? と言った心境だろうか?
だから、熱いと言ったのに。と言うのは私の心の声だ。口にはしていない。何事も経験だが、今回は人の忠告は聞くべきだ、という事と。出来立ては熱いという事。火傷も経験したことがないだろうから、口の中も火傷をして後から食べると沁みて痛いという事を経験するいい機会だ。普段ではできない事だろうから良い経験と思うことにしよう。私が。
「熱かったでしょう? 大丈夫?」
「はい。熱いです」
「ひりひりします」
二人は涙目になりながら熱いと言う。当然だろう。と思いながらも筆頭に水をお願いする。本当なら舌をべーと出して熱いと騒ぎたいだろうなと想像しつつ、上品に涙目で耐えているところが教育の凄まじさを感じる。どんな時でも上品さを保とうとするのは骨の髄まで叩き込まれているのだろう。
「どうぞ」
「「ありがとうございます」」
二人は筆頭にお礼を言いながら水を上品に(これが重要)飲んでいる。私ならあおる勢いで一気飲みだな、と庶民丸だしな事を思いつつ二人が落ち着くのを待つ。二人は数回に分けて水を飲みつつ口の中を冷やしていた。
「少しは落ち着いた?」
私の質問に首を上下に動かしながら肯定し、一緒に首をコクコク動かす様子は可愛かった。それを微笑ましく思いつつ感想を聞いてみる。
「熱かったです。熱くて味がわかりませんでした」
「私も熱いと思いましたけど。後から甘さがわかりました。後、クッキーってサクッとする感じかと思っていたんですけど。柔らかいクッキーもあるのですね。噛んだ時の感触がいつもと違っていたので驚きました」
姪っ子ちゃんの感想はどこの食レポだ、というくらいに感想が纏まっていた。令嬢の方は熱すぎて味が分からなかったようだ。そのあるあるに笑いが込み上げてきた。我慢できずに少し笑ってしまうと令嬢がむくれてしまう。三人で過ごす事に慣れてきたのだろう。良い傾向だ。
「姫様。笑ってしまわれるなんて。ひどいですわ」
「ごめんなさい。私も初めはそうだったと思うと、おかしくて。誰でも経験する事だと感じたの」
「姫様も同じような経験をされたのですか?」
「そうよ。皆と同じよ。誰かとは言えないけど、他の人も同じことを経験しているのを何人か知っているわ」
「そうなのですか? 皆様、同じような事をされているのですね」
自分だけではないと知った令嬢は嬉しそうだ。そして私の正面にいる大人二人組は少し恥ずかしそうだ。因みに私の正面にいるので、お客様二人は後ろの大人たちの現状を知らないでいる。世の中には知らない事が良い事もあるはず。
そんなことを話しつつお茶の用意を始めてもらう。クッキーは熱いがプリンは冷えているだろうし、用意をしている間にクッキーも冷えるだろう。
出来上がったクッキーを皿に開けると少し冷えてきたのか乾いた音がしていた。全部は皿に移さず少しは残しておく。二人が初めて作ったクッキーだ、内緒で誰かに渡すかもしれないし、家に帰ってから一人で楽しむかもしれない。そう思うと全部を食べるのはやめておいたほうが良いと思ったのだ。初めて作ったお菓子だ。二人にとって特別なものになるはず。
二人が作ったそれぞれを半分ずつ残し、プリンと合わせてお茶にする。3人で改めて席に着きお茶を楽しむことにする。
出されたお菓子の中で姪っ子ちゃんは迷わずプリンを手にしていた。クッキーは食べたから今度はプリンにしたようだ。嬉しそうに目の前に掲げている。
口元を緩めながら少し香りを確認してスプーンを手に取っていた。ゆっくりと差し入れ掬っている。スプーンから少しはみ出るくらい多めに掬っていた。スプーンの上のプリンはふるふると揺れている。いや、その揺れを楽しむように揺らしていた。揺れを確認しつつ一口。パクリ、と口に入れる。
「んん。やらかい」
目を細め。スプーンを口に咥えたまま。悶えている。その様子から、美味しいと感じてくれていることが伝わってくる。本来なら行儀が悪いよ。と思われる行動だが黙っておく。彼女はプリンの美味しさに浸っている。その邪魔をすることは憚られたのだ。
令嬢は熱い思いをしたが最初に食べたいのはやはりクッキーのようだ。お茶やプリンには目もくれず、クッキーに手を伸ばしていた。
粗熱は取れているもののまだ少し熱さが残っている。それがわかっているためか慎重に手を伸ばしていた。
そっと一枚をつまむ。今度は一気に口に入れず指で熱さを確かめ、出来上がり具合を確かめるように裏表を返しながら見つめている。端を少しだけかじる。今度は耐えられる熱さなのか舌の上で転がすように味わっていた。
「甘い」
正直な感想だろう。周囲のことが目に入っていないのか口元がほころび、フワッと笑っている。いつもの令嬢然とした微笑みではなく、自然に出てきた笑みだ。
令嬢のこの様子を見ていると、姪っ子ちゃんの方が無理なく年相応の振る舞いだと感じることができた。やはりお貴族様は大変だ。庶民が一番気楽で良いなと思ってしまう。庶民で良かった。自分の気楽さにありがたさを覚えていたら自分の考え違いに気がついた。
だめじゃん。私も身分を気にしないといけない一人だった。面倒くさい。
自分の立場を思い出し舌打ちをしたくなる。行儀が悪いからしないけど。ため息が出そうになる気持ちを切り替え、改めてお茶とおしゃべりを楽しむことにした。難しい事を考えるのは今は止めておこう。つまらない事で楽しい時間を台無しにしたくはなかった。
「どうかな? 自分で作った感想は?」
「難しかったけど、楽しかったです」
「わたくしも楽しかったです。お菓子を作るのは難しいのですね。今度からお菓子は感謝しながら食べなければ、と思いましたわ」
二人の感想を聞きながら楽しんでもらえたことに安心する。その上で確認事項を思い出した。
「どうするとは? どういうことでしょうか?」
「いえ、初めて作ったクッキーでしょう? お家でお菓子として食べるかな? と思って。誰かに渡しても良いかと思ったけど、流石に自分で作ったとは言えないし。それならご自宅で自分で楽しむのはどうかな? って思ったの。どうする? 少し持って帰る?」
私の提案に二人は考える。
「わたくしは叔父と楽しみたいと思います。この機会を作ってくれたのは叔父ですので。感謝も込めて二人で楽しみたいと思いますし。できたよって自慢したいです」
姪っ子ちゃんらしい感想だ。令嬢は少し考えた後お家でお茶の時に楽しむとの事だった。名目は私からのお土産で問題ないと筆頭に確認したのでその運びになった。全員でお茶を楽しんでいると令嬢と姪っ子ちゃんから嬉しい提案があった。
私はその提案に思わず身を乗り出し聞き入る事となる。