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お菓子教室 3

「姫様、なにをされているのですか?」

 私がプリンの用意をしていると令嬢が不思議そうに聞いてきた。休憩を宣言していたので私も一緒に休憩をすると思っていたのだろう。本来ならそうするのだが、今日はプリンも作る予定だったのでそうはいかないのだ。

 私は笑いながら令嬢に説明する。

 「本当はもう一つ。プリンを作るつもりだったの。クッキーだけでは寂しいかな? と思ってね。でも、二人共大変そうだから今回はプリンは延期にしようと思うの。でも材料もあるし、簡単だから私が作ってしまおうと思って。二人とも見ていてね。簡単だから工程さえ覚えてしまえば作れると思うわ」

 私がそう説明すると二人は私の手元をガン見し始めた。一緒に作りたい、と言い出すかと思ったけどその元気はないようだ。それを良いことに私はそのまま作り始める。


 卵を割っているとお茶を入れ終わった筆頭が手伝いを申し出てくれた。

 「姫様。お一人では大変でしょうから、卵はわたくしが」

 「ありがとう。助かるわ」

 筆頭から言い出してくれたのでありがたく手伝いをお願いする。その筆頭を令嬢がなにか言いたげに見つめていた。が何も言わず見つめるだけだった。筆頭が手伝うとは思わず驚いているのだろう。

 その筆頭は前回の経験が生きているのか、私に確認をしながら同じ内容を手助けしてくれた。順調に進んであっという間にプリンをオーブンに入れる所まで来る。やはり一人より二人の方が仕事がサクサク進む。姪っ子ちゃんたちはプリンが作られる工程をポカンと見ていた。自分たちがまごまごしながら作っていたのに、あっさりと出来上がって行く事に驚きを隠せない様子だ。私からしたら、なんてことない事だけど、若葉マークからしたら目を見張る事かもしれない。

 今まで作ってきたお菓子だ、繰り返すだけの作業だけに考えるまでもなく体が動いていく。私にとってはいつもの工程をこなしているだけだが、令嬢たち二人には特別な事に見えるのか視線が動くことは無かった。【見ていてね】とは言ったが、ここまで見られるとは思っていなかった。そこまで見られるとなんとなく照れくさくなるが、そこは我慢だ。私も初めの頃は友人が作っていく様子を見て神業だと思ったものだ。二人の気持ちが手に取る様に理解できる。自分が初心者のころを思い出しながらプリンをオーブンへ入れた。

 プリンを蒸してからクッキーを焼くことにする。クッキーを焼く間にプリンの粗熱をとれば効率が良いはずだ。手順が決まってあとは実行あるのみ。

 二人は休憩ができたとは思わないが、クッキーの工程に戻るとしよう。仕方ない。

 

 「では、プリンは一区切りついたのでクッキーの生地を切りましょうか?」

 「プリンはこれで終わりなのですか?」

 とは姪っ子ちゃん。プリンの工程がわからないから終わったのか不思議なのだろう。 

 「蒸して粗熱をとれば終わりよ。蒸し終わったらそのままクッキーを焼くわ」

 それで理解できたのか二人共キッチンへ戻って来る。休憩は休憩ではなかったようだが気にならないらしい。

 

 生地を丸めたものを保冷庫から取り出す。二人はその生地を覗き込む。触りたそうにしていたが私の許可が無いので触ることは無かった。そこまで気にしなくても良いとは思うが、なにせ全てが初めてな事と、一番初めの失敗に懲りているのか何事にも慎重な姿勢が伺えた。

 丸めた生地をまな板の上に出し、そのまま好きな大きさに切る様に説明する。しかし、説明だけでは不十分なので私が切ることにした。

 「このくらいの大きさで良いと思うわ」

 適当な大きさに生地をカットする。二人はそのまま私の真似をして包丁を手に取った。時に私は待ったをかけた。先ほどの事を教訓にする。二人は包丁を持つのは初めてのはずだ。指でも切ったら大事になる。慌てて包丁の持ち方、切り方を教え一人ずつためし切りをしてもらう。

 ゆっくりと確実な切り方をする令嬢、ここにも性格が出ている。私は安心してそのまま切る様に説明する。姪っ子ちゃんの方は令嬢を見て切り方を再確認。同じように切っていた。それはそれで問題ないので最後まで切る事にしてもらう。二人とも緊張しながら息を詰めて切っていた。刃物を持っているので慎重に切ってもらうのは良い事なのだが、その緊張具合が私にまで伝わってくる。自然と私も息を詰めて二人の様子を見守っていた。時間をかけ切っていく。生地が緩くなるのが心配だがここで急かすと危ないので、早く切ってしまって、と念じながら見守る。

 「切れました」

 「終わりました」

 二人はふーと大きく息を吐き出しながらやり切った感を出していた。私も二人が終わった時に良かった、と詰めていた息を吐き出す。全員が緊張していたのだろう。何となくキッチンの空気が緩んだ気がする。ホッとしながらオーブンを見る。

 今度は私が焦る番だった。二人に集中しすぎてプリンの様子を見るのを忘れていたのだ。ヤバいと焦って中を覗くとどうにか大丈夫そうだ。私の焦りに筆頭が気がつき、代わりにプリンを出してくれた。そのまま粗熱を取る作業に入ってくれる。できる人は違うな、とそのまま作業をお願いし、クッキーを焼く作業に入る。

 クッキーを天板の上に並べてもらいオーブンの中へ、流石に中に入れる作業は私がする。火傷の危険性があるのでお願いは出来なかった。慣れたら二人にもこの作業をしてもらう事もあるだろう。蓋が閉まるまで二人はジッと見ていた。いや、蓋がしまっても見ている。これは筆頭と同じだ。気になって仕方がないのだろう。焼く時間はそう長くはないせいぜい15分程度だ。そのまま見ていてもらっても良い時間だ。こげないように見ていてもらおう。

 私は筆頭に再度お茶をお願いしつつ、オーブンの前から離れない二人をそのままにプリンの確認もする。すも入ってなくて大丈夫そうだ。良かった。


 クッキーは問題なく焼き上がり粗熱を取るために冷ましていると、二人はのぞき込むようにしてそこから動かない。多分、出来上がりが気になり味見をしたいのだろう。気持ちは分かる。しかし、今の状態で味見をすると火傷コース間違いなしのだが、どうしたものか。今それを説明しても受け入れられるだろうか? いや、表面上は頷くががっかり感は隠せないだろう。しかたない、本人の判断に任せよう。都合が良いのは承知だが、自己責任だ。


 「二人とも、食べてみたいのでしょう? 初めて作ったのだもの待ちきれないのよね?」

 私の質問に二人は黙って頷く。その様子を隊長さんが笑いをかみ殺しながら見ていた。自分も同じことをしていたのでおかしくなったようだ。いや、同じ様子の筆頭もいた。皆気持ちは同じらしい。私は宣言? 忠告? 脅しかな? をする。

 「今、このクッキーはすごく熱いの。食べたら多分、口の中を火傷するわ。それでも食べてみる? 火傷したらお茶を飲んだりするときに沁みちゃうけど。大丈夫?」

 私の説明に二人はゴクリと息を呑む。あまり熱いものを食べたことのない感じがする二人だ。火傷と言ってもピンと来ないかもしれない。それ以上の事は口にせず、どうするのか。

 私は見守っていた。

 

 二人は顔を見合わせ、同時にクッキーに手を伸ばした。


 


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人質生活から始めるスローライフ2
― 新着の感想 ―
[一言] 止めてあげて!
[一言] あつあつも生の生地の味も好きだ
[一言] 淹れたての紅茶より熱い、くらいに言っとくとより伝わったのかも? (淹れたての紅茶なら飲んだことあるだろうし)
感想一覧
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