お菓子教室 2
筆頭に注意された二人は背中をピンと伸ばし私の前に立つ。教えて欲しいと言ったのに浮かれまくっていたのを反省したらしい。だが、この年頃はなんでも楽しめるのが最大の利点だと思う。興味を持ってどんな事でも楽しんで、いろいろなものを吸収してほしいと思っている。
「「よろしくお願いいたします」」
改めてお菓子を作ろう。そして楽しもう。緊張していては楽しくない。
「二人ともそんなに固くならないで、楽しく作らなければ美味しいものは出来ないわ」
「そうなのですか?」
「怖い顔をして作るのと、楽しく作るのでは楽しく作った方が美味しそうだと思わない? まあ、プロの人は話が別でしょうけど。これは自分たちが美味しく楽しむために作るのよ? 楽しく作った方が良いと思うわ」
だから楽しみましょう、と話をする。二人とも緊張を残しつつも笑顔が覗いた。私は頷きを返しつつもクッキーの工程に戻る。
「では、初めからいきましょうね。まずは小麦粉を量ります」
「「はい」」
二人からの気合いの入った返事が来る。量ったうえでまずは小麦粉をふるいにかける。今回は一人で一つづつ作ってもらう予定だ。そのため二人の前にはそれぞれに道具が並んでいる。慎重に量った小麦粉を二人はふるいにかけた。そして悲惨な? お約束な展開が起こる。
「ええええ」
「きゃっ。どうして?」
二人の声が響く。うん、答えは簡単だよ。ふるいをそんなに大きく動かせば、粉は外に出ちゃうよね? それに上下に動かすと粉は舞うと思うよ?
令嬢のエプロンは真っ白になり、姪っ子ちゃんのエプロンは無事なものの作業台の上は白くなっていた。失敗だった。初心者にありがちな事なので、ふるいが必要ない工程にすればよかったと思うが、もう遅い。何事も経験と割り切ろう。そして私も悪かった。粉を振るうくらい、と甘く考えていた。外にはみ出さないように横に小さく動かすようにと説明しなかったのだ。これは私の責任でもある。そう思ったが二人は泣き出しそうだ。もっと上手にできるしスムーズに行く事を想像していたのかもしれない。だが物事はそんなに簡単にいくはずがない。この事は良い経験になる、はず。と責任転嫁をしつつ二人に詫びようと思ったら、言葉を間違えないようにしないといけない事に気が付いた。私はそう簡単に謝ってはいけないのだった。面倒くさい。
「大丈夫よ。これは私の説明不足よ。私が悪いの。説明もなしに上手くできないわ。二人とも初めてなのに。それにどんなことだって初めから上手くいくはずがないでしょう? 安心して。私も初めて作った時はこんなものだったわ。ボウルごと落としてしまった事だってあるの。その時は全部だめにしてしまって、初めから作り直したわ。それを思えばこれくらい、なんてことないわ」
私は自分の失敗談を披露しつつ、自分の説明不足を織り交ぜる。その上で大したことではないと教えておく。しかし最近、同じセリフを口にしているような気がする。気のせいではないはずだ。内心、最近のお料理教室を振り返りつつ二人を慰め。リカバリーに入る。
小麦粉を量り直しふるいをやり直す。今回は小さく横にボウルの範囲内で動かすように注意する。二人は失敗に懲りたのか、慎重に動かしていた。その分時間は掛かっていたが丁寧な作業に問題はなく、今度はスムーズだ。
次は室温に戻していたバターを練る作業だが意外に初めは固く練りにくい。こんなときは男の人の出番だ。
「隊長さん、申し訳ないけど手を借りて良い?」
「はい。何をしましょうか?」
「悪いけど、初めだけ形を崩してほしいの」
ボウルを並べてお願いする。隊長さんは私のお願いに固まっていた。私だけなら躊躇なく参加してくれるのだろうけど、今回は人の目があるから難しいかな? じゃあ筆頭にお願いしようかな。力が必要なので隊長さんの方が適任と思ったけど仕方がない。私は諦めて筆頭にお願いしようと思ったら隊長さんが協力してくれた。
「これを崩せばよいのですか?」
「ええ。お願いするわ」
「姫様? よろしいので?」
令嬢が綺麗な紫色の瞳をこれ以上ないくらい見開いていた。隊長さんにこんな作業を依頼するなんて、と驚いている様だ。だが、バターは固いから男の人にしてもらった方が楽なんだよね。
私は自分に言い訳しつつボウルを差し出し崩してもらう。隊長さんは苦笑いをしながらも、初めの固い部分が無くなるくらいには形を崩してくれた。助かります。ありがとう隊長さん。
そうして粉を混ぜたりして寝かしの段階になる。
後は一時間くらい寝かせ切ってから焼くだけなのだが、二人はすでに疲労困憊だった。緊張と慣れない作業で、ぐったりしてしまっている。私はそれを見ながら今回はクッキーだけの方が良さそうだと判断した。寝かしの間にプリンを作ってしまおうと思っていたけど難しい様だ。二人は少し休憩にしよう。
「今から生地を寝かせるから少し休憩にしましょうか?」
「寝かせる? とはどういう意味なのでしょうか?」
「そのままの意味よ。生地が馴染むように保冷庫で休ませるの。休ませることは寝かせるともいうでしょう? だから寝かせると言うの。人によっては休ませる、と言う人もいるわね。要は少し時間を空ける、と言う意味だと思ってもらえば良いわ」
「そういう意味なのですね。知りませんでした」
「料理をしないと知らないと思うわ。私も料理をするまで知らなかったもの」
知らない事は不思議ではないと説明すると二人は頷きつつも他にも知らない事がありそうだと話しあっていた。ずいぶんと仲が良くなっている印象がある。やはり一つの事を一緒に頑張ると仲が良くなるようだ。その事を実感しつつ、再度休憩を宣言する。
「生地を寝かす間に少し休憩しましょう。慣れなくて疲れたでしょう?」
「疲れましたけど楽しかったです。初めての事ばかりでした」
「わたくしも楽しかったです。粉を混ぜたり、一つになっていくのが面白かったですわ」
令嬢も姪っ子ちゃんも作業が終わったかのように言うので、まだ終わっていない事を伝えておく。
「二人ともまだ終わってないわ。この後生地を切って焼いて試食をするまでが残ってますからね」
「「そうでした」」
二人そろってあ、という顔になり、顔を見合わせて【失敗した】と小さく笑いあっていた。その様子は姉妹のようで可愛かった。仲良くなれたようで良かったと思いつつ私はプリンの作業に入る。
全員で作れない事が残念だが、二人には見学してもらおう。今回のお菓子作りが嫌でなければ、次回があるのなら、次回に作ろうと考えていた。