お菓子教室
いつも読んでいただいてありがとうございます。
エプロンって大事ですよね。
全員が道具や材料の確認を終えたので、今日のメインのお菓子作りに入る。と思っていたら隊長さんから待ったがかかった。ここへ来て何事? と思ったら至極当然の事を口にしていた。キッチンの安全と保安についてだった。私には日常でなんとも思っていない事だったが、初めての人には危険な事もあるので注意喚起が必要だったのだ。ありがとう、隊長さん。
「皆様。楽しいお菓子作りの前に申し訳ないのですが、安全関係の事をお伝えしておきます」
仕事モードの隊長さんを前にお客様たちは背筋を伸ばす。私は気にしていないけど、二人からすると自分より目上の隊長さんから敬語で話されると緊張するものだよね。そこは理解できるが隊長さんからすると今は私が主人で、その私のお客様だ。お客様に丁寧に話すのは当然の事と認識しているのだと思う。
私がそんな事を考えていると隊長さんからキッチン内の護衛は自分だけで他は外配置になる事。キッチン内は危険である事。お湯ですら怪我をする可能性がある事を注意していた。そう言われるとオーブンだって危ない。高温になるので火傷の元だ。キッチンは危険がいっぱいだった。改めて危険を認識していると最後に、最も言っておきたかったであろうことを忘れず口にしていた。
「皆様。最後になりますが、今回のお菓子作りは楽しみにされていたと思います。気持ちは理解できますが、この事を誰かに話したり、姫様とのお付き合いについてお友達に吹聴して回る事が無いようにお願いたします。理由はお分かりですね?」
最後の一言の時は噛んで含めるように念押ししていた。そして目がアニメのようにキラッと光ったように見えた。もちろん錯覚である。
キッチンに入る事に関しては話さないように、と言うと思っていたら私との付き合いに関しても駄目だったらしい。なんで? と思ったけど今は聞くべきではないだろう。後で確認しよう。
確認事項を考えていたら姪っ子ちゃんが一生懸命、首を上下に揺らす。
「はい。注意いたします。叔父からも注意されました。姫様はまだ学校に通われていないので付き合いのある人はいろいろな意味で耳目を集めるから、と。私では対応できないから人に話さないようにと」
「そうですね。もし、話したいのであれば管理番と話をされるのが良いでしょう」
隊長さんは当然のように姪っ子ちゃんの発言に頷き、管理番の注意喚起を肯定する。ついでに喋りたい時は管理番と話すように促していた。話せないと辛くなるから吐き出した方が良いと思っているのだろう。王様の耳はロバの耳という事かな?
令嬢も同様の事を考えていたようである。
「わたくしもお約束いたします。わたくしは姪御さんよりは問題になりにくいとは思いますが、注目を集めるのは本意ではありません。姫様とは楽しくお付き合いできればと思っています。そのためには周囲に煩わされる事なくお付き合いできることが望ましいと思っております」
「そうしていただければ安心です」
二人の返事を聞いた私の感想はお貴族様って面倒くさい、と思っていた。理解していたつもりだが、やっぱり面倒くさい。その気持ちは変わらなかった。そんな思いの私とは裏腹に、隊長さんと筆頭は満足そうだ。注意はしたがそれぞれに考えて来てくれていたので安心感が増したのだろう。私の一番の心配は二人の名誉だったが、いつの間にか問題はすり替わっていた。しかし、人に話さなければ問題ないのでこれで良しとしよう。
始まる前の難題がクリアになったので、今度こそ本当にお菓子教室が始まる。
「では材料を量る事から始めましょうか? 料理は感覚で作っても問題はありませんが。お菓子は正確な量が大事になります。皆さんの前にメモがあります。それを見ながら量りましょう」
そう言いながらメモを見てもらう。今回は突発的なお菓子教室ではないので、事前に材料や簡単な手順をメモしておいたのだ。それも皆で見ながら進めれば作りやすいと思う。簡単に言えばお菓子本の代わりだ。
当然の話だがこちらにも秤はある。ただし私が知っているものとは別物だ。そしてお菓子や料理本はなかった。私は感覚を頼りにパンやお菓子を作りその量をメモしながら自分の満足するパンやお菓子を作っていたのだ。いうなれば今あるメモはその集大成? だ。
令嬢たちは楽しそうにそのメモをのぞき込む。隊長さんも筆頭も気にしていたが二人の手前涼しい顔をしている。その両方を見ながら私は大事な事を思い出していた。二人にエプロンを渡さなきゃいけない。汚れても良い服装で、と話してはいたがやはり離宮に来るだけあっていい加減な服装ではない。これを汚された日には、私が洗濯する立場だったらキレる自信がある、と言う訳でエプロンは必須だ。そのエプロンを渡すと反応が早かった。
「これ、エプロンですね」
ご令嬢だ。受け取ったエプロンを自分に当ててはしゃいでいる。姪っ子ちゃんも広げて自分の前に掲げて眺めだした。
普通のエプロンなのにこの浮かれよう。どういう事なのか?
えーと。二人とも。それは普通のエプロンですよ? 何なら私が普段使っているのを貸す形なので新品ではありませんよ? そこまで喜ぶものでありませんが?
私は二人のはしゃぎっぷりに若干引いていた。その私に気が付かず二人はお互いのエプロンの評価を始めている。
「ご令嬢のエプロン可愛いです。青の花柄、良いですね」
「姪御さんのも可愛いわ。黄色の水玉。リボンも大きくて可愛いわね」
二人の語尾にハートマークがついてそうな感じだ。
このエプロンは侍女さん達のチョイスなので私の趣味ではありません。でも、自分なら買わないものなので可愛いとは思ってます。そう思いながら観察を続けていると、二人はエプロンは初めてだと取り替えて当てっことかもしている。なるほど、普段料理をしないからエプロンを使う機会が無いので初めて見るエプロンにはしゃいでいるわけだ。理解が出来た。理解はできるが二人の嬉しそうな様子を見ると声がかけにくい。加えてあの中に入る勇気もない。私には入れない女の子の世界が出来上がっている。
さて、どうしようか? このままではお菓子を作り始められない。まあ、今日は完全に楽しむために作るので時間の心配はない。誰かを呼ぶ予定もないし、お茶会の予定もない。完全にプライベートで私達だけだ。このまま様子を見るべきか? どうしよう。女の子たちがキャッキャしてるのは微笑ましくて、止めにくい。そう思っていたら講師をしていたので慣れているのか筆頭が止めてくれた。
「お二人とも嬉しいのは分かりますが、そろそろ始めましょうか?」
「「そうでした。申し訳ありません」」
ありがとう筆頭、私には止められなかった。
今度こそお菓子作りが始められそうだ。