説得工作 筆頭の場合
令嬢は筆頭に絶対の信頼感があるのかこう述べられた。
「筆頭様の説得は問題ないとわたくしは思います」
「あなたは筆頭の説得に自信があるのね?」
「はい。自信と言う訳ではありませんが、筆頭様は話を聞いて下さらない方ではありません。加えて、誰かと親睦を深めるときは何かを一緒にするのは良い事だと言われていました。それを思えば今回のお菓子作りにも一定の理解を示されると思います。話を聞いてくださらない方ではありませんので」
「確かに、そうね」
私は令嬢の意見に頷く。以前の筆頭なら、初めて会った頃の筆頭ならこんな感想を持つことは無かっただろう。初めて会った時には頭の固い、一番近づきたくない人間だと思っていた。距離を取ったお付き合いをしようと心に誓ったくらいだ。だが、今はそんな事は思わない。私への苦言は大事な事だと理解できるし、意見をごり押しして押し付ける事も少なくなった。私の意見を聞いた上で必要な事だと窘める形をとるようになったのだ。そうなると私も現金なもので、必要な事だと話を聞く姿勢になっている。そして今はぎくしゃくしていた頃が嘘のように関係性が改善されたのだ。良い事だと思っている。
令嬢の言う様に今の筆頭なら話を聞いてくれるだろうし頭ごなしの批判はしないだろう。
「ええ。そうね。彼女は私達の気持ちを尊重してくれると思うわ」
「はい。筆頭様は厳しい方でしたが話を聞いてくださらない方では有りませんでした」
「今なら理解できるわ。それに私には秘策があるの」
「秘策? でございますか?」
姪っ子ちゃんが不思議そうに聞いてくる。私はそれに力強く頷く、筆頭は以前の彼女とは違い話し合いができるのだ。そこが安心材料で秘策のポイントだ。
自信を持って頷きながら二人を見回し方法を伝授する。
「そうよ。筆頭にはお願い攻撃よ」
「「お願い攻撃?」」
「そう。筆頭にはお願い攻撃と相談が一番なの。相談しながらいい方法を教えてって言うのが一番と思うわ」
二人はその言葉にキョトンとする。それだけで大丈夫なのか気になるのかもしれない。だが、私はこの方法に自信があった。
そう考えると筆頭は心配ないが隊長さんの説得をどうするかのほうが問題だと思っている。どうするべきか。腕を組みながら考える。
だが、相手は隊長さんだ。下手な小細工は無用かもしれない。正攻法で頼んでみよう。なにせ、彼はトリオの一人だ。私の話は聞いてくれるはず。と信じている。駄目なら駄目でその理由は教えてくれるはずだ。うん、そうしよう。
私はそう決めると彼女たちに同意を求める。
「筆頭にはお願い攻撃で問題ないと思うわ。そして隊長さんには正攻法でお願いしてみようと思うの」
「隊長様は話を聞いてくださるでしょうか?」
心配そうな姪っ子ちゃんがいた。この中で隊長さんと一番接点がないし、デビューの時の苦い経験があるので心配そうだ。不安軽減のためにニッコリとして見せる。
「たぶん大丈夫だと思うわ。話を聞いてくれない人ではないもの」
私の断言に二人はゴクリと息を飲む。
それから私達三人は再度額を合わせ相談をヒソヒソと始めることになった。
私達の話し合いも終わり、私は筆頭を呼び出した。
その筆頭は私達三人を前に驚きを隠せないようだ。言葉が半分ひらがなになっているような感じがする。目が遠くを見つめているのは気のせいではないだろう。
「もうしわけありません。すこし、みみのちょうしがわるいようで」
「大丈夫よ。筆頭の耳が悪いわけではないわ」
「では、聞き間違いでしょうか? 皆様でお菓子を作ってみたいとおっしゃったように聞こえましたが?」
「間違いないわ。みんなで親睦を深めるためにお菓子を作りたいと思うの」
「姫様?」
筆頭の眉が少し寄ったように思う。お菓子を作ることに反対ではない様子だが、まだ早いとの判断かもしれない。私が何かを言う前に令嬢が反応した。
「筆頭様。わたくしがお願いしたのです」
「いいえ。一番初めに言い出したのはわたくしです」
「待って、私も賛成したのよ」
三人三様に自分が言い出したとお願い攻撃が始まる。
先陣を切ったのは果敢にも教え子の令嬢だった。
「筆頭様。ぜひ、皆様と親睦を深めたいと思います。何かを一緒にすることで話が弾むと教えてくださったのは筆頭様です」
「それは、お茶会をしたり、刺繍をしたり、お話をしたりすることですわ」
「では、刺繍をするようにお菓子を作ることもよいのではないでしょうか? わたくしは皆様と親睦を深めたいと思っています」
「ですが」
「筆頭様。ご迷惑をかけないよう、注意します。ですので」
令嬢は失礼にならない程度に距離を詰めお願いしている。筆頭の方が背が高いので必然的に上目使いになる。子供のお願いを無下にしづらいのは母親の心理かもしれない。
二番手は姪っ子ちゃんだ。二の句を告げさせず言い募る。
「筆頭様。姫様のお料理の腕前は陛下や隊長様、筆頭様も認められるほどとか、その腕前を教えていただけたらと思うのです」
「姪御さんの言われることはわかりますが」
「ぜひ、ぜひ、教えていただきたいです。美味しいお菓子を姫様のように自分で作れるようになりたいと思います」
姪っ子ちゃんは理屈はなくお願いの一択だ。両手を胸の前で組み、瞳をウルウルさせながらお願い攻撃をする。純粋にお願いされて嫌だと言いにくいのは誰でも同じだと思う。姪っ子ちゃんの純粋なお願いは私でも断りにくいかも、と思ってしまった。
二人の圧に筆頭が押されている。
最後の決めは私だ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「筆頭。私がこちらに来てからの初めてのお友達二人だわ。仲良くなるきっかけになると思うの。言いたいことはわかるわ。令嬢や姪っ子さんがキッチンに入ることは悪い噂が立つかもしれないと心配してくれているのよね?」
筆頭の心配を肯定する。
最近の肌感覚だが、基本的に彼女は優しい人だと思う。優しいから厳しくなれるのだ。弱いから優しくする事しかできないのとは意味が大きく違うとも思う。その考え方は理解できるし、好きな考え方だ。だからこそ、否定はしない。その心配を肯定した上で逃げ道を用意する方が話が進みやすいと思っている。
「そうです。ご理解いただけて嬉しく思います」
「でも、私が誘ったなら彼女たちは断れなかった事にできるわ」
「それでは姫様が」
「私はいつもの事だし。今更だわ。陛下達もご存知の事だもの。それにこの話が外に出なければ良いのでしょう?」
「どうなさるおつもりですか?」
「その時の護衛を隊長さんにお願いするわ。それに筆頭には悪いけど、その時は筆頭と隊長さんだけにすれば話は外に出にくいでしょう? それでもだめかしら?」
「確かに、そうされるのなら。問題は少ない気もしますが」
「「お願いします」」
「ね、二人もこう言っているし。私からもお願いするわ。それでも、だめかしら?」
私を見た筆頭に可愛らしく首をかしげて見せる。そしてもう一度。
「ね、良いわよね? お願い」
「「お願いします」」
少しの沈黙の後筆頭がうなだれた。
私達の勝利の瞬間だった。
「承知いたしました。ですが、この話は外ではなさらないこと。キッチンの護衛は隊長様だけとなりますので、外への配置は隊長様に相談させていただきます。中の侍女はわたくしだけとしますので行き届かない事もあるかもしれません。ご了承ください。では皆様、お約束だけは必ずお守り下さい」
釘を刺すことは忘れない筆頭だった。
合掌。