お茶会が始まります
今朝は気持ちの良い朝だ。だが、私の気持ちは爽やかからほど遠い場所にある。
私は朝からソワソワして落ち着かない。なにせ今日は初めてのお茶会の日なのだ。実はソワソワして落ち着かないのは今朝からだけではない、正式にお茶会の日程が決まった時からなのだ。お菓子の材料をフライングするくらいなのだ。その落ち着きのなさは推して知るべしだろう。
「掃除は大丈夫よね?」
「もちろんです」
「お菓子も用意はできているわよね?」
「はい。商人殿が納品してくれております」
「茶器とかも問題ない?」
「はい。可愛らしいものをご用意しました」
「後は」
「姫様。ご安心ください。何度も確認しておりますので問題はございません。用意の方は問題ありませんので、そろそろご自分のご用意をお願いいたします」
「そうね。私も支度しなきゃ」
私は筆頭に言われて自分の支度を思いだす。
今日は略式なのでデイドレスで大丈夫ということだけど、その中でも選ぶ必要はあるらしい。私的にはなんでも良いと思うけど、格式やら相手との兼ね合いやらで必要と言うのであればそうなのだろう。筆頭がいうことなので間違いないと思っている。その方面について、今では絶対的な信頼を持っている。
その私は衣装部屋で戸惑っている。
衣装部屋には担当の侍女さんたちがいて部屋と衣装と飾り物の管理をしてくれている。着るものにこだわりのない私なので飾りの少ない動きやすいものをお願いしている。管理や選ぶのも当然のごとく苦手なので、ありがたく管理やセレクトをお願いしてる。今日はお客様が来るということで、もちろんドレスのセレクトは彼女たちの担当だ。
以前に彼女たちからもう少し可愛らしいものを、と言われたこともある。けど私には可愛いものは似合わないし、料理をするときに不便なので動きやすいものを重視してもらうようにお願いしている。
その事を思い出しつつ今日はお客様が来るので、セレクトはどうなっているだろうか。あまり可愛いものでないと良いのだけど。そんな事を心配しながら衣装部屋に行くと、侍女さんたち微笑みをたたえながら迎えてくれた。彼女たちの後ろにあるドレスの仮置き場には多くのドレスがあり、その横には控えめなアクセサリーが置いてあった。それを見つけた瞬間、私の頬がひきつるのを感じられたが、意思の力で抑え込む。
私は彼女たちの微笑みに抵抗ができなかった。
私の準備も無事に(?)終わり、お客様を迎える準備は万全だ。
時間ぴったりに来てくれたのは姪っ子ちゃんだ。管理番が付き添いとして一緒に来てくれていた。あくまでも付き添いの姿勢を崩さない管理番は姪っ子ちゃんの後ろに控えている。挨拶は姪っ子ちゃん自身にさせるつもりのようだ。私には目礼してきた。
その姪っ子ちゃんの緊張は一目瞭然だった。顔を強張らせながら一生懸命に挨拶を述べてくれた。
「本日はお招きいただきまして感謝の言葉もございません」
「ありがとう。来ていただけて嬉しいわ」
私としてはもう少し砕けた感じで挨拶をしたかったのだが、今日はそうもいかないようだ。筆頭仕込の挨拶と笑顔でファーストコンタクトを乗り切る。慣れない話し方で舌を噛みそうだが、そこは我慢だ。大人の余裕を持って乗り切りたい。
口角を上げつつ姪っ子ちゃんを応接間へ案内を頼む。管理番はそれを確認すると仕事場へ戻っていった。帰りを見計らって迎えに来るそうだ。
そうしていると僅差でご令嬢が来てくれた。私は二人共来てくれたことに安心しながら、挨拶をしつつ彼女も応接室へ案内する。この二人との関係性が安定するとサロンとか、私室とかになるらしい。私は二人とそんな関係になれることを期待しつつ応接室に入った。
そこには口をぽかんと開けて応接室を見回す姪っ子ちゃんがいた。見慣れない部屋で圧倒されているのが感じられる。年相応だな、と思いながら私は彼女とご令嬢に椅子をすすめる。
「し、失礼いたしました」
顔を少し赤くしながら姪っ子ちゃんは謝罪をする。自分がポカンと口を開けていた事に気がついて恥ずかしくなったらしい。
私は気にしないように言うつもりだったが、ご令嬢は生まれつきのものが備わっているのか、教育なのか、柔らかく微笑み頷くにとどめていた。それだけで明確な返事はなくても姪っ子ちゃんの言葉を受け入れたことが理解できた。私は【ほえー】と胸の内で思いながら、それを真似することにする。良いものは取り入れたい。
姪っ子ちゃんはその頷きに安心したのかホッとしたのか、会釈をしながら席につく。そうするとすかさず、お茶が出される。流れるような連携プレーだ。普段は気が付かないが、侍女さん達の本領発揮なのだろうか。私は感心している事を感じられないように注意しながら、その流れを見つめそうになって思い出した。
今日の私は主催だ。みんなが退屈しないようにおもてなしをする立場だ。それに令嬢と姪っ子ちゃんは初対面だ。紹介もしなければならない。
私は最初から予定していましたよ、という雰囲気を装いつつ二人に話しかける。
「改めて、離宮へようこそ。お二人とも来てくれて嬉しいわ。楽しくお話できたら嬉しいと思っています」
「お招きありがとうございます。今日はお伺いできる事を楽しみにしていました」
「わ、わたくしもお招きありがとうございます。叔父からお話を聞いていて。今日も楽しみで昨夜はよく寝れませんでした」
この挨拶で二人の性格がよく出ているのがわかる。姪っ子ちゃんはどこまでも素直で。ご令嬢は丁寧で、礼儀正しい感じだ。もちろん私との付き合い方がわかっていないのでそうなるのは仕方のないことだろう。そこは理解できる。
お互いを理解できていないので無難な感じになるしかないのは当然の事だ。あとはどこまでその警戒を解くことができるかにかかっている。
私は警戒をされることがないように注意しつつお互いを紹介する。姪っ子ちゃんはご令嬢を知っていたらしい。彼女はそれなりに有名な人の様だ。和やかに挨拶を交わしている。令嬢の方は姪っ子ちゃんの事は当然知らないが、微笑ましい感じで受け入れてくれている様子だ。お互いに忌避感がない様子で安心が出来た。
「まずはお茶をどうぞ。出入りの商人にお勧めされたお茶とお菓子なのよ。気に入っていただけると良いのだけど」
私の言葉に反応が早かったのが令嬢だ。テーブルのお菓子を嬉しそうに見ている。彼女から意外な情報が入ってきた。
「まあ、姫様、出入りの商人と言えば今、城下で話題の商人ですわね。なんでも新しいものを取り扱っているとか。評判が良いのかなかなか手に入らないとか。予約をしても順番待ちが長く、一番短くても3か月はかかるそうですわ」
「そんなに評判なのかしら? いつもお願いしているし、私は城下に出ることがないから詳しくは知らないのだけど」
「そうですわね。姫様のお立場では軽々しく外には出れませんものね」
「では、ご令嬢は出かけたりする事は多いのかしら?」
「そんなに多くは有りませんが、姫様よりは多いかと」
ふふっ、と上品な笑みをこぼしながら令嬢と話をしていると姪っ子ちゃんが無口なことに事に気がついた。私は無口になっている姪っ子ちゃんをもう一度見る、彼女はなんとなく残念な表情をしているように見えた。なにか嫌いなものでもあったのだろうか?
「ごめんなさい。なにか嫌いなものでもあったかしら?」
「もうしわけありません。嫌いなものなんて一つもありません。大丈夫です」
「でも、表情が優れないようだけど? 正直におっしゃって。大丈夫よ」
姪っ子ちゃんは私の言葉に躊躇いを見せ、少しだけ唇を噛んでいた。