お料理教室 アゲイン ②
釘を刺す形になった私の言葉に筆頭さんは困ったような、呆れたような、怒りたいような複雑な表情を見せた。それを眺めながら私は次の言葉が予想できていた。
「姫様。本気でおっしゃっていらっしゃいますか? わたくしは同席できる立場にありません」
「言うと思ってたわ。でもね。これはお茶会じゃないわ。味見をするのは作った者の義務なのよ。人に出して問題がない味なのか確認しないといけないの。だから二人で味見をしましょうね」
予想の範囲内の反論が来たことで、私はにこやかに断言してみせることができた。今度は筆頭さんは絶句していた。私はそれを眺めながら自信たっぷりに笑って見せる。作った者の義務だと言われれば、初めてお菓子を作る筆頭さんには逃げ出すことはできないだろう。
私としては、初めて筆頭さんとお茶を飲むことができるので楽しみだ。
筆頭さんの葛藤を他所に私はオーブンからプリンを取り出そうとする。それを見た筆頭さんから慌てて止められる。
「姫様。熱くなっていますので、わたくしが」
「大丈夫よ。慣れてるもの」
「いえ。わたくしが出しますわ」
そう言うとオーブンからプリンを取り出してくれた。私達が食べる分だけ皿に移し、残りは粗熱を取る。
見た目的には概ね問題が無い様だ。すが入っている様子もない。美味しそうに見える。
これ以上筆頭さんの反論が出ないうちに、私は初のお茶会の準備をする。ニヤニヤが止まらない。女子会、というわけではないが、トリオ以外の人と【楽しく】お茶をする機会は少ないので楽しみなのだ。陛下たち相手ではお茶を楽しむ余裕はどこにもない。
「姫様。では、わたくしはお茶をお入れしますわ」
「筆頭さん、お茶を入れられるの?」
純粋な驚きで聞き返してしまう。だが、そこは窘められてしまった。
「姫様。心外です。いくら料理をしたことのないわたくしでも、おもてなしのために自らお茶を入れることもあります。これは教養の一部です」
「ごめんなさい」
素直に謝っておこう。イメージで筆頭さんはお茶もいれられない人なのかと勝手に思ってた。イメージで決めちゃだめよね。うん。
私が納得していると筆頭さんから一つの提案がなされた。
「姫様。試食は作った者の責任とおっしゃっていましたが、その点は事実なのでしょうか?」
「そうよ。味に問題がないのか。形や食感に問題がないことを確かめる必要があるわ。そのための試食よ」
「承知いたしました。では、わたくしは姫様の方針に従って試食をいたします。ですので、姫様もわたくしの方針に一つ合わせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」
「方針?」
「はい」
私は筆頭さんの言う方針がなんのことか分からなかった。全部を合わせることなど不可能だが、なるべく教育方針には合わせているつもりだけど?
私は言われたことが理解ができず首をかしげ、先を促す。しかし、筆頭さんは内容を教えてくれなかった。もう一度合わせてほしいと言ってきた。あんまりゴリ押しをする筆頭さんではないので、よほどの事だと理解する。そこまで言われるならと、私も了承することにした。彼女も私の方針に合わせてくれたのだ。私も一つくらい合わせるべきだろう。
私の了承を確認した筆頭さんは口角を上げながら方針を示してくる。
「姫様。わたくしを呼ぶときはさんは、敬称は不要です、と何度も申し上げているかと。そろそろ慣れていただきたいと思います」
「あっ」
予想外の話に私は固まってしまった。こうきたか。以前から言われていて、公的な場所では【さん】をつけることはなかったけど、それ以外の場では、やはり講師の立場でもある筆頭さんを呼び捨てにするのは違和感が強くて知らないふりをしていた。だが、そろそろ限界だったらしい。こうやって直接指摘されると思ってはいなかった。言い方を訂正しない私に業を煮やしたらしい。こうなると、私からはどうすることもできなかった。だが一応、上目遣いで小さな抵抗を試みる。
「公の場では気をつけているけど? それでも」
「姫様。どこで誰が聞いているかはわかりません。加えて習慣は大事なことです。姫様の立場では敬称を外すことも覚えていただきたいと思います。立場上、必要な事ですので」
「わかったわ」
私は首を縦に振るしかなかった。
立場上必要といわれれば、頑張って習慣にするしかないようだ。
私が頷いたことで納得できたのか試食と言う名のお茶会を始める事が出来る。
ダイニングで筆頭と差し向いに座る。この構図は初めてだ。私は嬉しくてニコニコしてしまい。心なしか筆頭も嬉しそうだ。初めて作ったプリンを今から食べるのだ。楽しみだし、嬉しくもなるだろう。同席者同士で笑顔になれるのは良い事だ。
「私が言うのもおかしな話だけど。さあ、どうぞ」
「ありがとうございます。出来上がるとこうなるのですね。買ったもので見たことはありますが、出来上がった物を見ると感慨深いものがあります」
筆頭はプリンを眺めている。持ち上げて眺めるのは、はしたないと思っているのか、テーブルに置いてあるプリンを上からジッと見ている。許されるなら360度動かして眺めたいはずだ。その気持ちがわかる私は魔法の言葉を持っている。その魔法を発動させることにした。
「筆頭。出来上がりは見た目も重視されるの。底の色合いが変わっていないか、横に気泡が出来ていないかを確認するのも調理した者の義務よ」
「そうなのですね」
私のお墨付きをもらった彼女はキリッとした顔をしてプリンを持ち上げ、裏側や横を動かしながら眺めていく。観察に余念がない。
私も初めて作ったクッキーを見る時はこんな感じだった。余熱が取れていないのに、持ち上げようとして火傷をしたり、そのまま食べようとしたり、テンションが高く何をするか分からなかったものだ。筆頭は大人だからそこまではないが、気になるのは仕方がないと思う、こうなれば満足するまで眺めてもらいたいと思うが私の感想も付け加えておこう。
「滑らかにできて綺麗だと思うわ」
「はい。姫様のおかげですわ。買い求めたように綺麗に出来ています」
「味も気に入ってもらえると良いのだけど」
今回は私が主導して作っているので私の味だ。砂糖も控えめだったりする。味についても満足してもらえると良いのだけど。
眺めるのに満足したのか筆頭はスプーンを手に取る。普通なら私が口にしてから食べるものだが、毒見を兼ねるつもりなのか筆頭は自分からプリンを口に運んだ。
口に入れた瞬間大きく目を開き、次にうっとりしたように目を細めている。その様子からプリンの味に満足してくれたのは間違いない様だ。言葉は出てこないがその様子ですべてを察することが出来る。私も彼女の後を追いプリンを口に入れた。
追記
筆頭とのお茶会は楽しかった。今は子供の私だが大人の経験も持つので話題には事欠かない。有意義なお茶会だったと言えるだろう。
次は姪っ子ちゃんたちとのお茶会だ。こうなると次も楽しみで仕方がない。