お料理教室 アゲイン
というわけで、私はプリンを作る準備をしている。横には今日の助手の筆頭さんがいる。いつもなら一人で作るのだが、今日は手伝うと言われてしまった。ご夫君に渡す分を作るのに私一人で作らせては申し訳ないというのだ。いつものことだから私は気にしないのだが、筆頭さんは気になるらしい。だけど、料理をしない筆頭さんがお手伝いできるかな? 大丈夫だろうか? 心配になってしまう。プリンを作るのはそう難しくはないけど、もう少し簡単な方が良いだろうか? だが、卵を消費したいからプリン一択な訳だし。これ以上簡単な調理も思い浮かばないから、諦めよう。
「筆頭さん。無理はしなくても良いのよ。私はいつも一人で作っているし、慣れてるけど」
「姫様。わたくしではお手伝いにはならないでしょうが、よろしければお手伝いさせてください。できる範囲でお手伝いさせていただきたいと思います。こう申し上げてはなんですが、少し興味もあります。隊長様たちがおいしいと絶賛されるお菓子たちはどのようにしてできあがるのか、見てみたいと思う気持ちもあるのです」
「そうなの? ならお願いするわ。確認だけど、卵は割ったことはないわよね?」
「はい。食材を触るのは初めてです」
「ふふ。なら、今日は初めてづくしになるわね」
胸を張って言える話ではないが、環境的に仕方がない事で。でも、筆頭さんは少し恥ずかしそうに返事をしてきた。私自身は今から筆頭さんがどんな反応をするのか想像しつつ卵や牛乳を並べる。誰かと料理をするのは隊長さん以外は初めてだ。隊長さんの時は強制的に手伝ってもらったわけだし。厨房は陛下の命令だったし。純粋に作りたいと言ってくれたのは筆頭さんが初めてかもしれない。そう思うと嬉しくて楽しみで、ニヤニヤしそうだ。顔の筋肉を引き締めよう。でないと不審者になりそうだ。
プリン製作用の材料を筆頭さんは珍しそうに眺めている。筆頭さんは私のキッチンにも基本的には入ることはない。あそこは私が大事にしている場所だから、と日頃は遠慮してくれているようだ。私が作ったお菓子を離宮のスタッフに配る時もあるが、その時もスタッフを優先して自分は口にはしない。基本的に厨房から届けられたものを口にしている。厨房の一件から、届けられたものは筆頭さんが食べるようになっていた。これは後から隊長さんに教えてもらった話だ。毒見だけで自分が確認しなかった事を反省している様だと教えてもらった。
その筆頭さんに卵を渡す。
「これはなんでしょうか?」
「卵よ。見たことはない? オムレツやプリンはもちろん、他の料理にも使われているわ。結構重要な材料よ」
私は笑いながら卵の説明をする。そして肝心の卵の割り方を説明する。
「平らな部分にコンコンと軽く当ててヒビを入れるの。そしたらこうやって二つに割ると、中身が出てくるのよ」
私は実演してみせる。そして筆頭さんは私のしたことを実行しようと、恐る恐る卵を持ちテーブルにコンコンと当てている。それじゃ割れないけど。と思いながら行動を眺める。口うるさいことを言うつもりはない。何事も初めてのときは失敗するし、トライアンドエラーをしないと覚えないものだ。筆頭さんは大人だ。アドバイスが欲しい時は自分から言って来るだろう。筆頭さんを見守っていると。初めての卵あるある。グシャと割っていた。もちろん手は卵まみれだ。殻と中身が入り混じった状態で使える状態ではなかった。それを見た彼女は眉をハの字にする。
「申し訳ありません。卵一つ割れないとは。情けない。姫様は簡単にされていたのに」
「大丈夫よ。初めてのときは誰でも失敗するわ。私も初めて卵を割ったときは同じ事をしたわ。誰しも初めては失敗するものよ。諦めずに繰り返した時に上手になるわ。もう一度やってみましょう? できるまで練習すればいいのよ」
簡単そうにできると思った事が自分にできなかった。そのことに筆頭さんは肩を落としている。だが簡単そうに見えても卵を割るという行為は経験が必要だ。私だって初めは何回も失敗したのだ。そう気落ちをしないでほしいと思う。気持ちを込めて筆頭さんに話をする。彼女はぎこちなく頷き二回目の卵割りにチャレンジする。何回かは失敗するだろうな、という予想は見事に裏切られた。彼女は優秀だった。二回目で見事に卵を割って見せた。グシャともならず、綺麗に割っている。
「できました」
子供のような嬉しそうな笑顔で私を見る。別名【どや顔】と言う。微笑ましかった。できたことがよほどうれしかったようだ。少し頬が紅潮していて。気持ちがとても理解できる。そして彼女は自分を振り返り、子供っぽかったと思ったのか、別な意味で顔を赤くしながら卵をボールへ入れた。そして何事もなかったような顔をしながら、
「他の卵も同じようにしますか?」
「ええ。全部割りましょう。お願いね。私はその間にカラメルソースを作っておくわ」
任せて大丈夫そうなので、卵は全権委任をする。その間に私は別な工程だ。鍋と砂糖と水を用意しカラメルソースを作っていく。やはり二人で並行していくと仕事が早いものだ。
筆頭さんに卵を割ってその後は卵をよく混ぜるようにお願いする。私が作るのは簡単な方法だ。所詮は家庭料理だし、楽しく簡単に作れるのが一番だと思っている。ちなみに砂糖は控えめだ。そのほうが卵の優しい感じがわかるから、という私の独断と偏見からのチョイスだ。後の手順は一般的だ。卵をなめらかにするために数回濾していく。滑らかさは大事だ。そんな話をしながら筆頭さんと作っていく。筆頭さんは慣れないからか、興味本位なのか、なぜ濾す必要があるのか、砂糖を入れる量が多いのではないかと確認していた。これだけ色々聞きながら作っていけば家でも一人でも作れる勢いだ。何でも知りたいという知識欲は大事なことだと思う。
カラメルソースを引き、卵液を入れていく。プリン型の半分までお湯を入れて、温めていたオーブンに入れれば出来上がりだ。フライパンで作る方法もあるけど今回は基本に忠実に作ることにした。筆頭さんは初めて作るので基本の方法が良いと思ったのだ。
筆頭さんは中が見えないのにオーブンの前から離れなかった。出来上がりが気になって仕方がないのだろう。私はその間に後片付けを始める。オーブンの前でソワソワしていた筆頭さんだが私の行動に気がついて、慌てて流しに戻って来る。
「失礼しました。わたくしは道具を拭けばよろしいでしょうか?」
「ありがとう。お願いするわ」
二人で流しに立ち片付けをしながら私は当然の提案を筆頭さんにする。
「出来上がったら味見をしましょうね。美味しくできてると思うけど」
「味見? でございますか?」
「そうよ。厨房でも見たでしょう? 作った人間の特権よ。出来上がったのを一番に食べるの。できたては美味しいわ。プリンは冷やして食べるものだけど、出来立ての温かいものは別な美味しさがあるの。せっかく作ったんですもの。一緒に食べましょう?」
「わたくしがご一緒するのですか? それは」
「だめよ。作ったからには一緒に食べるの。感想を言い合いながら食べるまでが料理を作るということです」
本当は違うけど私はそうでも言わないと同席するとは言わない筆頭さんに釘を刺す。