閑話 管理番の観察 ②
姫様を見守っていると、姫様が侯爵家のご令嬢とテラスへ向かわれるのが見えた。
ご令嬢に嫌なことを言われなければよいのだが。あの方は殿下に近しい方。姫様のことで周囲からいろいろ言われているはず。姫様は大丈夫だろうか?
姪に飲み物を飲みに行こうと声をかけられながら、姫様のことが気になって仕方がない。そのうち姪はお友達が会いに来てくれて、話を始めてしまった。それを良いことに私は姫様の方を盗み見る。
今度は殿下と話を始めていた。何を話しているのだろうか? 隊長様の顔が厳しくなっている。最近の殿下の言動を快く思っていない隊長様は、殿下への評価が厳しい。隊長様も社会に出てから思うことがお有りなのか、以前よりも殿下に厳しく接しておられるようだ。殿下にはその気遣いは分からないらしい。無理もない気がする。
私の勝手な想像だが、殿下は寂しい方だと思っている。私の想像だがこの考えは間違っていないと思っている。そして、その事に誰も気が付かれていない気がする。噂に聞く問題のある言動は、寂しさの裏返しだと感じている。誰かに自分だけを、自分そのものを見てほしいのだと、そう思っているのではないかと感じている。あの年頃にはよくある事ではないだろうか? 私の妹と比べるのは良くないが、妹にもそんな頃があったので特にそう思える。殿下と呼ばれ、周囲に人は多くいるけれど、殿下という肩書と陛下の息子という立場しか見てもらえず、寂しい思いをされているような気がしてならない。
姫様が厳しく自分を律しておられる分、殿下の言動は甘えと周囲に取られ辛い思いをされているのだろうと感じてしまう。もう少し周囲に理解があれば、と思うし、殿下自身を見てくれる方がいれば良いのに、と思ってしまう。そうすれば殿下の寂しさや、問題のある言動は減っていくのではないだろうか? そう思ってしまう。
だからと言って姫様のお相手にとは思わない。隊長様から漏れ聞こえる話から、姫様がご苦労を抱えるのは目に見えていた。姫様には幸せになっていただきたいのだ。苦労を抱えこむご結婚は絶対に、絶対に反対だ。声を大にして言いたい。気持ちの上で。
そうしているうちに隊長様と姫様がホールに出られ踊られる様だ。何かあったのだろうか? 殿下と揉めた? でなければ今夜は一曲しか踊らない、と宣言されていた姫様が踊るはずがない。自分を犠牲にされて殿下を庇われたのかもしれない。お優しい方だから。殿下にもその優しさが伝わると良いのだけど。どうだろうか? 難しいかもしれない。
姪は友達とおしゃべりをしていて楽しそうだ。やっと頬に赤みが差してきた。気分も浮上できて、楽しめているようだ。良かった。
ん? 何かあったのだろうか? 今度は隊長様や筆頭殿が話しこまれている、そうしていると隊長様が周囲を見回した。もう一度私と目が合う。どうしたのかと不安に思っていると、隊長様たちが私の方へ歩いてくるのが見える。こうすると私が動くことはできないわけで。姪も、お友達も隊長様がこちらに来ることにざわつく。そしてお友達は席を外す。
城の中で私はそれなりに知られていた。姫様と、と言うよりは隊長様と話すことができる、ということで知られているのだ。仲介を頼まれたこともある。すべて断っているので隊長様と今の関係が続けられているのだが。その私の方に隊長様が来られれば、私に用事があると言っているのと同じだ。姪はソワソワしていた。自分がここにいて良いのか、と思うのと、先ほどの失態で同じ過ちを繰り返したくない、と思う気持ちと混ざっているようだ。だが、姪よ。すまない。私が動くわけにはいかないので、この話に巻き込まれるのは確定だ。
そんな事を考えていると隊長様から姪を離宮に招待したいとの話があった。招待、という事は姪を姫様の話し相手(学友ではない)、にという事だ。その話に私は考えが追いつかなかった。姪を紹介したのは顔見知りがいれば良い、と言うだけの話だ。決して話し相手や、学友にしたいと思ってのことではない。というかその立場に姪がふさわしいとは思えない。先程失敗したばかりだ。姪のせいで姫様のお立場や評判が落ちるようなことがあってはならないのだから。本人を前にそこまでは言えないので、遠回しにお断りをする。姪も私の意見には賛成のようで、頷いていた。姫様は優しい方だ。同じ身分、もしくは私たちがもう少し上の位置ぐらいなら良いお友達か話し相手になれただろう。良い関係が作れたとも思う。しかし、貴族の隅の我々と、頂点に属する姫様では姪の負担が大きすぎる。私はどうしても賛成はできなかった。筆頭殿が姫様にも姪にも練習が必要だと言われる。要は練習相手になれ、ということだ。練習相手なら、と思うが、やはり決めきれなかった。横では顔を真っ青にしている姪がいる。済まない、私がエスコートをしたばっかりに。こんなことなら兄にお願いすれば良かったと思っているだろう。下手なことを言えずにいたら姫様が姪の意見はどうなのかと、聞いてこられた。
姪は必死になって迷惑をかけると断っていた。自分では身分が違うと、その発言は間違っていない。隊長様からの圧がすごかったので、涙がこらえきれずに姪がうつむく。それを見た姫様が詫びてくる。泣いている姪を気遣ってくださっていた。
その上、あの隊長様に後から注意するから許してほしいなんて。姫様、なんてことを。ありえない発言に眩暈がしそうだった。それは姪も同じだが、姫様はデビューを台無しにしてしまった、と気にかけてくださっている。
この発言に姪は感動していた。その上自分を気にして、あの隊長様に注意をしているのを目の当たりにするのだ。これに感動しない同世代の女の子はいないだろう。
姪は感情のままに言葉が口をついて出たようだ。姫様に本当に友達になってくれるのかと確認していた。身分を見ない姫様だ。即答でこの国で初めての友達になってほしいと言われている。私はこの言葉を耳にしたとき、勝敗は決したことを理解した。
姪は感動した感情のまま、姫様の手を握りしめ頷いていた。
これは当然の結果だろう。姪は離宮に行くことが確定した。