閑話 管理番の観察 ①
いつも読んでいただいてありがとうございます。
今回は管理番の観察です。
周囲から見ると姫様のデビューはこんな感じだったのか
と感じて頂けたら嬉しいです。
姫様がいよいよデビューされるそうだ。
離宮では隊長様と筆頭殿はその用意に奔走されている。姫様はお気づきではない様子だが、隊長様たちの忙しさはかなりのもののようだ。姫様の前ではなんてことのない様子を見せているが、疲労はかなりのものと推察される。
離宮での久しぶりの食事会。隊長様の忙しさを感じていた。私などから大丈夫ですか、と聞けるはずもなくその様子を伺うことしかできなかった。
姫様のデビューは筆頭殿が付き添うことで落ち着いたそうだ。私にエスコートのお話があったときは嬉しくもあり、驚きで言葉が出ないの二つの気持ちが渦巻いていた。お誘いは嬉しかったが私のようなものでは姫様と釣り合うはずもなく。関係ないわ、と言い切られる姫様の身分を見ない優しさは嬉しいと同時に心配になってしまった。貴族社会の中では姫様のような考えの方は少ない。姫様の前ではそうでもなくお気づきではない様子だが、隊長様ですら身分には厳格な部分をお持ちでいらっしゃる。これから学園に通われる姫様の事が心配になるのだが。大丈夫だろうか? 筆頭殿がおられるので教育はされていくのだろうが、学園では嫌な思いをされないだろうか? 姫様の今の優しさがなくなるのは嫌だけど、嫌な思いをされるのも嫌で、複雑な気持ちだ。だが、まずはデビューを無事に終ることが肝心だろう。
デビューの夜。私は姪と出席していた。本来なら私の兄である父親と出席するべきだったのだが、どうしても父親と出るのは嫌だと言い張って、私と来ることになった。兄は苦渋の選択だったようだ。あれほどデビューで娘と踊るのを楽しみにしていたのに。見ている私が気の毒に思うほどがっかりしていた。弟の私と出席するならと妥協していたが、他の誰かと出席すると言い出したらデビューそのものを中止しかねない様子だった。
その姪はこの日を楽しみにしていた。私が時々姫様の話をするので、今夜は遠くから姫様を見ることができると楽しみにしているのだ。決して直接会えるなんて思っていない様子だった。私も姪と姫様を会わせるつもりはない。姫様とは身分が違いすぎる、失礼があったら、と思うと会わせるのに不安があったのだが、気が付いたのだ。
姫様は前任の侍女長の事もあってこの国では知り合いが少ない。よく考えれば、同年代の知り合いは一人もいないはずだ。それを考えると学園では大変な思いをするかもしれない。その事に思い至ると友人になれるとは思いはしないが、顔見知り程度での知り合いでも、いないよりはマシではないだろうか? そう思うと顔だけでも知っていてもらったほうが良いのではないかと思い、姪を紹介しようと考えていた。紹介するには隊長様の許可がいる。許可が出なければ諦めれば良いだけのことだ。私はそう結論を出していた。
姫様が入場される。
いつもの様子を知っている私からすると、今日はかなりの澄まし顔だ。だが、凛とされている様子は気品を感じさせられるものだった。
今夜、姫様が身につけられているドレスは綺麗だし落ち着いていて似合っているが、少し地味だと思った。姫様にはもう少し華やかなものでも良いのに、とも思った。だが、派手なものを嫌ったのだろうとも思えた。あの姫様の事だ。私には派手なものは似合わないわ、と筆頭殿に話していそうだ。そう思うと会場内なのに自然と笑い出しそうで、堪えるのに筋肉を総動員する必要があった。
今日は筆頭殿の御夫君がエスコートをされている。いつもならエスコートは隊長様なのだが、その隊長様が二人の後ろを歩いていた。国内の貴族はざわついている。そうだろう。護衛の任についていると知ってはいても、目の当たりにすると驚かざるを得ない。あの隊長様が後ろを歩いている、と言うざわめきを聞きながら、開催の挨拶が始まる。途中に姫様の挨拶があって驚いたが、予定されていたのだろう。他国の姫様に急にスピーチをお願いすることはないのだから。簡潔でありながら、すべての身分の人に配慮する挨拶は練られたものだった。隊長様たちと考えたのだろうか? 姫様の事だから、もしかしたらご自分で考えたのかもしれない。有り得そうだ。
そうして最初のダンスが始まる。ホールに進まれた姫様は緊張しているようだ。ニコニコしているが、頬がこわばっている。私は自分が踊るわけではないのに、周囲に見られながら踊る姫様が心配で仕方なかった。途中、何度か御夫君の足を踏んでいるようだったが、御夫君が表情を変えていないので気のせいかもしれない。無事に踊り終えたのを確認すると思わずホッと息をついていた。隣にいる姪から自分が踊っているわけでもないのにと、からかわれてしまった。
そうして初の大仕事を終えられた姫様の方へ近づく。それに気がついた姪は焦った様子だったが、直接話すわけはないだろうと思い至ったのか、近くで姫様を見られると考え直したようだ。紹介すると言うと逃げ出すかもしれないので、何も説明せず隊長様を見ると目が合った。私のことに気がついて姫様に許可をもらうのが聞こえてくる。どうやら姪を紹介する許可はいただけたようだ。横にいる姪にも当然聞こえるので、腰が引けるのがわかった。その姪の手を引き姫様に挨拶をする。公式の場なので、正式な挨拶が良いはずだ。この挨拶をするのは初めて挨拶をしたとき以来だろうか。
姪も言葉を噛みながらなんとか挨拶をしていた。母親から挨拶の仕方は習っているだろうに、挨拶もできないとは情けない気もするが、身分違いの姫様に会うなんて思ってもいないだろうから、そこは大目に見るしかないだろう。緊張している姪を見かねたのか、姫様から踊るように勧められてその場を辞することが出来た。
踊りながら先ほどの挨拶の件を注意をしようかと思ったが、予定もなく急に姫様に会わせた私も悪いので、今日のことに関してはいう事はやめておくことにしようと決めた。そう考えていると姪から謝られる。泣きそうな小さな声だ。
「叔父様。恥ずかしい思いをさせてしまってごめんなさい。姫様たちに挨拶もできない子、って思われたかな?」
「いや、私も何も言わずに連れて行ったから。驚いただろう? 緊張しただろうし。悪かったね」
「ううん。緊張したけど。嬉しかった。姫様って小さくて。すっごく可愛かった。優しいし。隣の隊長様は怖かったけど」
隊長様の事を思い出したのか姪の声は沈んでいく。姫様の事を話すときは明るかったから、隊長様の事は本当に怖かったのだろう。大人である私でも怖い時がある方だ。姪がそう思うのは仕方のないことかもしれない。自分だけがそう思うのではないのだと姪に教えておこう。
「確かに。隊長様は少し怖いかもしれないな。気持ちはわかるよ」
「叔父様もそう思うの?」
「前よりは話しやすくなったけど、初めの頃は怖かったかな」
私の言葉に姪は気持ちが浮上したようだ。笑顔を見せ始めていた。姫様も言われていたがせっかくの夜だ。楽しんでほしいと思う。
今夜の姫様は楽しむとは程遠い夜を過ごされるだろうから。